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光の雨降る街

目が覚めると、そこは牢獄の中のようだった。

手足は鎖で固定されて動かす事すらままならない。

手首に何かが差し込まれ、そこから伸びた管は背後へと繋がっていた。


それをうまく開けられない目で観察する。

おそらくは魔術封じの装置か何かだろう。


見えるのは鉄の格子と見るからに固そうな石の壁。


息を吐いた。


即座に殺されてもおかしくなかったのに、殺されなかったのは何故か?


そう考えて、金髪の女の顔が思い浮かぶ。


まるでそんな俺の考えを読んだかのように、格子の向こう側にその女が現れた。


「……ァリ」

「はぁい。悪いわね。今出してあげるわ」


メアリの服装は見慣れぬ軍服。

この国の物では無いそれを着て、堂々としていた。

格子の扉へと鍵を差し入れ、開ける。

周囲に人の気配は無い。

ここにいるのはメアリだけなのだろうか。


メアリは手慣れた手つきで鎖を外した。

手足に力が入らず、そのまま倒れ込む。

それをメアリが抱きとめた。


「まずはここから出るわよ。もう始まっているから」


何が?とは聞けなかった。

口が渇いていて、うまく声に出せない。


メアリは俺を抱えて歩き出した。


格子の外には誰もいなかった。

いや、ずっと誰もいない通路が続く。

牢獄の外へと出ると、声が響いた。

それに爆音。

それは争いの音。


戦争の音だった。


「……」


メアリに尋ねようとすると、開けた口をそっと手で塞がれた。


「あなたが言いたい事も、聞きたい事も分かるわ。でももうちょっと待って。ここもまだ危険よ」


メアリは俺を抱えたまま歩く。

途中、馬を拾ってその上へと俺を放り出し、一気に走りだした。


向かった先は巨大な壁だった。



渡された筒から水を飲み、ようやくひと心地付いた気になる。

そのまま顔にも掛けて、乱暴に目元をぬぐった。


眼下にはアルフェラスの街が広がっている。

そしてそこを蠢くアルフェラス軍と、彼らに襲いかかるレオニス軍の姿が見えた。

戦争が始まっていた。

それを街を覆う巨大な壁の上から眺めている。


傍らにはメアリが腕を組んで立っていた。

そして何のつもりか、その後ろにはマイアと俺の装備が置いてある。


「俺は一体、何日寝ていた?」

「勿論、20日ほどよ」


レオニスがアルフェラスへと攻め入る期限、その時まで眠っていたのか。

いや、眠らされていたというのが正確だろう。


例の大規模破壊魔術はどうなったのだろうか?

街の様子からは判断できない。

もう既に発動し、それをポラリスが防いで攻めこんできているのかもしれなかった。

メアリを見る。

気になる事はたくさんある。

その中でもメアリが簡単に答えてくれそうな質問を選んで口にした。


「その軍服は?」

「ああ、ペテルギウスの将軍の親衛隊だけが着られる物よ。なんてね。私がでっち上げた嘘なんだけどね。まあ、色々と手を尽くして潜入していたって訳」

「結局は、また俺はしてやられた訳か」

「ええそうね。助かったわ」


やがてメアリが街を指差した。


「見て、デッドアイ。始まる」


糸が地中から立ち上る。

街全体から。

光る糸。

それはやがて空の高い所でコードとなる。

コードはそのまま地からプツリと切り離され、そして無数の光の矢となって、それはさらに上空へと放たれた。


空へ。

真上へと。


大規模破壊魔術。

それが目の前で発動した。


俺はそれを声もなく見守った。

出来る事は何も無い。

手足は満足に動かず、そして壁の上は高く、大地からは遠い。


光は降る。

それを放ったアルフェラスへと。

レオニスに向かって飛んだのではなかった。

真上へと放たれた矢は、そのまま放ったアルフェラスへと降り注ぐ。


レオニス軍へと、アルフェラス軍へと、そして数多のアルフェラス国民へと降り注ぐ。

一切の例外無く。

今、街の中にいるすべての人に向けて。

家も道も、何もかもを打ち壊し、街の至る所が崩れ落ちていく。


それはもう魔術の域を超えている。

大災害。

災厄。


「これが目的だったのか?」

「ええそう。前回はちょっと失敗しちゃったから緊張してたんだけど、今回は上手くいって良かったわ」


メアリは晴れやかな笑顔で答える。


「ポラリスはこれを防げるだけの防御魔術を準備していた。そのまま発動しても、ただ防がれただけ。こうやって攻めて来るのを待って、ここに撃てば少なくともここにいるレオニス軍と混じっているポラリスのレギュラーに相当な損害が出せる。見て。ほら、あそこ。ほら、あそこでも血を吐いている」


強化された視線が階下の様子を克明に映す。

メアリが指差した先ではレオニスの兵、しかし見慣れぬ装備を手にしたおそらくはポラリスのレギュラーであろう男が倒れていた。

その姿は血にまみれている。


メアリは楽しそうに笑う。

その声は温かで、本当に楽しそうだ。


「なぜあんたは俺を始末しない?」


すぐそこには横たえられているマイアがいる。

しかし、手も、足も満足に動かせない俺を真っ先に狙われれば、何も出来ずに殺されるだろう。

それ以前に、捕まったあの時点で殺してしまうのが一番面倒が無かった。


「前にも言ったわ。あなたには期待しているの」

「何を?」

「色々と、よ。あなたなら英雄にだってなれるかも」


メアリはかつての自身の科白とは正反対の事を口にした。


「前に言っていなかったか?英雄なんてのは銅像で仰ぎ見るものだって」


いや、それを言ったのは俺自身か。

メアリは特に否定しなかった。


「本当に世界が平和ならそうね。でも、本当に世界は平和?本当にポラリスがやっている事は正しい?今こそ誰の目にも正しい本当の英雄の存在が必要じゃない?」

「あんたが今やった事を見て、正義を語られてもな」


光の矢はもう既に降ってはいない。

しかし、街はもう戦争どころでは無い。

血にまみれた者達があげるうめき声、それがここまで聞こえそうな気がした。


「そうね。私は悪よ。悪い女なの。ただのひとでなしよ。でもそんな私でも役に立てる事はあるわ。悪い事が世界の役に立つ事だってある。私はそれを知っている」

「そうか。確かに俺だって別に正義じゃないがな」


メアリは俺の言葉に一層笑みを強くした。

所詮は人殺し。

数の多寡の違いを論じるつもりもない。

メアリの口の端は狂気的なまでにつり上がっている。

そんなメアリを見つめた。


その顔にはじめて会ったのはペテルギウスだ。

それより前に会ったことは無いはず。

確認するように尋ねた。


「前にどこかで会ったか?」


問いかけた途端に笑みが消える。


「いいえ。あなたが私を知らないくらいには、私もあなたを知らない」


メアリはもう笑っていない。

ただ、俺を見つめていた。


やがて、胸の内からひとつの小さな何かを取り出し、俺へと放る。

それは俺のインカムだった。


「じゃあね、デッドアイ」


メアリは振り返る。

俺に無防備な背中を見せていた。

その背中を見ても、右腕ひとつ、持ち上げる気にもなれない。


ただ、疲れていた。


「また俺を見逃すんだな」

「ええ。そしてあなたも私を見逃すわ」


メアリは街の外側へ向かって、壁から飛び降りた。

自殺するつもりなんて無いだろう。


メアリは消え、後には身動きひとつとれない俺と、マイアが取り残された。



インカムを使って、状況をオペレーターへと告げた。

救出されるのには時間が掛かった。


何しろ、救出するべきなのは俺だけではない。

あまりにも数多くの消えようとしている命が目の前に並んでいたのだから。


俺は救出されるまでの間、そんな景色をただぼんやりと眺めていた。


救出された後は、あの最初に成瀬レイナと会った部屋でしばらく寝かされた。

俺は普通の人間ではないので、色々と検査を要するらしい。

何となく現れるんじゃないかと思っていた、研究者は結局は現れなかった。


俺の作戦は、あの水路の詳細な地図を持ち帰った事で、無事に終えた事になったようだ。

そう、俺に与えられた作戦は確かにそれだった。

エージェントの救出の方は侵入時点で死んでいたのだから、確かにそれだけが果たすべき作戦だった。


報告は極めて恣意的なそれになった。

プラントに侵入し、水路の魔術装置化の情報を入手。

水路の詳細を掴むために時を要し、レオニスの侵攻直前に再びプラントへと侵入、その時に拘束され、侵攻と同時に脱出。

後は逃げ惑っていたのだと。


そこにはメアリ・クリスティの名前は載っていない。

女に捕まっていました、とは書きたく無かった。

ただ、それだけの理由だと、そう言い聞かせて。


「あの状況下で無事に生き残り、作戦を遂行した事で、あなたの評価はまた高まりました」

「そうか」


特にやる事もない部屋の中で、インカムから声が響く。

相手はいつものオペレーターだ。

褒めているというよりも、淡々と事実を告げる口調だった。


「今回、相当数のレギュラーに被害が出ております。多くのレギュラーが命を落とした中で生き残る事が出来た。それだけでも評価されてしかるべきです」


事前に侵入していて、情報を掴んでいたからだとは思われなかったようだ。

俺には助けられたんじゃないのか?

そう問いつめる声はどこからも湧いて来ない。


まるで、死んだ奴が間抜けだったのさ、そう言わんばかりに。

俺自身も間抜けだった。

ただ死ななかったのは、そうあるべしと望んだ人間がたまたま近くにいたからだ。


「数が減った。この事は必然的に、あなたの重要度が相対的に高まった事を示しています。気をつけて、ディー」


オペレーターはそう言って、通信を切った。

具体的に何に気をつけて、とは言わずに。



今回の事でレオニスの力は弱まった。

ポラリス内において、必然それは世界において最も大きな力を有していた国の力が弱まった事を指し示していた。


この時、確かに世界は変わりつつあった。


もうすぐ世界は英雄を必要とする。


メアリ・クリスティの言葉の通りに世界は進んでいた。


そんな中で評価を上げる事、それは力を上げる事へと直結する。

ただの掃除屋から、別の役割が期待され始めるかもしれなかった。

そう考えて、気が重くなる。


かつての俺の願いは既に遠い。


世界よ、変わるな。

そう願っても、既にその願いは世界の誰にも届かない。


新たな役割の中で、踊り続けるしか無いのだ。


自らを操るコードのままに。


せめて、そのコードを操るのが、自分自身であれと、そうあるように願いながら。

自らの胸の内に、希望を抱き、それを正しく光に変えられるようにと、願い続けながら。


第2部完でしょうか。

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