表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

隣りに君が

本編「華は歌い続ける」四話まで見ていただけると内容が分かり易いかと思います。


「よし、旅の前に腹ごしらえだな! 待ってろ食糧を持ってきてやるから」

 そう言うとギルドラは外に向かって歩きだしていた。俺は一人この寂れた建物のなかで待っている気にはなれず、ギルドラの上着の裾を掴む。

「俺もついて行く」

「すぐ帰ってくるから大丈夫だぞ?」

「でも、行く」

 多分ギルドラは外の方が危険だと考えているのだろう。だが今のこの国で安全な場所など何処にもない。俺はどうしても一人で居たくなく、上着を掴み続けた。俺の根気勝ちかギルドラは頭をばりばりと掻き仕方ないというように口を開く。

「しょうがねぇ、ついて来いよ」

 その言葉に俺が頷くと、ギルドラはその大きな手のひらで俺の頭を撫で回した。

 雲の切れ間から青空が覗く。先程はもっと晴れていたがいつの間にか雲が多くなってきた。

「ギル、食糧をとってくるって……商人からか?」

「ああ、交換するものもあるからな」

 この国に今となっては金など使い物にならない、ただの紙屑同然だ。食糧や水などの欲しい物は、商人と呼ばれる人物から物々交換で手に入れるらしい、以前聞いた事を思い出しながら歩く。物ではなく商人に取って価値のある行動でも良いようだが、俺はまだ実際に商人を見たことはない。

 ギルドラは上着のポケットから小さな小瓶を三つほど取り出すと俺の手のひらに一つ乗せた。緑色のどろりとした液体が入っている。

「これは?」

「薬草を使って簡単に作れる傷薬さ、これと食糧を交換してもらう」

 こんな物が効くのだろうかと、小瓶をまじまじ見ていたら軽く頭を突っつかれた。

「馬鹿にすんなよ、これはかなり効くんだからな」

「そうなのか」

 そういう事にしておく事にして、俺はギルドラに小瓶を返す。相変わらず崩れかけた建物等しか見当たらない街を歩きながらふと、俺は疑問に気付く。

「商人はそうそう会えないものじゃないのか?」

 以前ギルドラは商人について俺に色々教えてくれた、その際に商人は神出鬼没でなかなか見つからないとも話していたが、こうしてあてもなく歩き回って果たして会えるのか。

「大丈夫だ、馴染みの商人がこの辺りに居るからな、噂をすれば」

 そう言うと、ギルドラはにやりと笑い瓦礫に座っている、灰色のローブと呼ばれる大きな布を体に纏った男に近寄っていく。

「よう、久しぶりだな」

「ああ、ギルドラも元気そうだな……それで今日は何のようだ」

「これと食糧を交換してくれ」

 そう言ってギルドラは先程の薬の入った小瓶を二つ差し出した。一つは予備に取っておくのだろうか。

 商人はそれを受け取ると、灰色のローブから食糧と水を取り出した。

「ありがとな、じゃあまた」

「ああ、元気でな」

 黙って様子を見てた俺にギルドラは食糧と水を差し出してきた。

「お前が持ってろ、いいな」

「わかった」

 俺ははっとして食糧と水を抱える。これは俺達の命を繋ぐ大切なものだと思うと、自然と力が入ってしまう。

「おいおい、潰すなよ?」

 ギルドラは空いた手で、俺の頭を滅茶苦茶に撫で回してきた。髪が滅茶苦茶にかき乱されてやっぱり頼みを断りギルドラに持たせれば良かったと後悔する。

 用を終えた俺達は来た道を言葉もなくただ歩くだけだった、俺はふとギルドラを見て口を開く。

「ギル、これから長い旅をするなら俺も……」

 続きを言おうとした時、不意に聞こえた足音が気になり振り返ってみる。すっかり分厚い雲に遮られた空の下、銀色の髪に黒い衣服を着て不気味な笑みを浮かべる男が立っていた。

 狂った他の男とは何かが違うが、正常な人間とは思えない。俺は警戒した。ギルドラも異変に気付いたのか、振り返ると小さく息を呑んだ。

 張り詰めた空気がギルドラと男の間に流れる。

「お前、生きてたのか」

「まァな、お前も未だ生きてたのか、てっきり愛しい奴の後でも追ったかと思ったんだがな」

「……っ」

 ぐっとギルドラが震えるほど強く手を握りしめ、何かを堪えるように男を睨む。

「また新しいのを連れてんのか、前の奴に似てんじゃねぇのか? 未練たらたらだな」

 あきらかに男はギルドラを挑発している。俺でも分かるくらいの幼稚な挑発だ。だがギルドラは堪えきれないというようにダガーを引き抜いた。

「ギル! だめだ」

 俺の言葉も耳に入っていない様子で、男に向かって走って行く。

 以前見たギルドラの戦い方は無駄のない美しい戦い方だった。だが今は、ただがむしゃらにダガーを振るっている。まるで体に纏わりつくものを振り払うように体を動かしていた。男が憎くて憎くてたまらないというのがにじみ出ている。

 だが、男はギルドラが熱くなればなるほど笑みを深め、ギルドラの攻撃を避け不気味に笑ったまま男がダガーを握るギルドラの手首を掴み、捻りあげる。

「あがっ」

 小さな悲鳴と共にギルドラの手からダガーが滑り落ちていく。男はすかさずそれを掴み振り上げた。

 それは一瞬の出来事。

 振り上げたダガーの刃が次の瞬間には深くギルドラの腕に突き刺さっていた。

「結局お前はあの時のまま変わってないな、また大切なモノを失うんだ。自分の手で」

 男の言葉に、ギルドラは目を見開き動きを止めた。男はそんなギルドラの変化を気にもせず笑ったまま、またダガーを引き抜き振り上げる。俺は思わず走り出していた。

「止めろ!」

 ギルドラを庇うように二人の間に立つ。男の手がぴたりと止まった。

「お前……」

「止めろ……、もう止めてくれ」

 俺の声は自分でも分かるくらい震えている。男は少し驚いたような表情をするがすぐに口元を歪めて。

「上手い具合に調教されてるみたいだなァ」

 そう言うと男はダガーを捨て、興味を失ったように俺達に背を向ける。そのまま一度も振り返らず、まるで全て悪夢だったかのように男が消えていくのと、ギルドラが力無くその場に崩れていくのは同じだった。

「ギルっ」

 ギルドラは荒い呼吸を繰り返している。傷口からは止めどなく血が溢れ、俺は額に嫌な汗を滲ませる。

「……俺は、どうしたらいい?」

「薬、を……」

 掠れたギルドラの声。俺はハッとして先程ギルドラが見せてくれた「傷薬」の瓶をギルドラの上着から探しそれを取り出す。

「傷薬、あったぞ」

「……っ」

 俺が傷薬を見せると、ギルドラは小さく息を呑み、安堵したような、何かを諦めたような目をした。

 俺は知らなかっのだ。ギルドラが言った薬の本当の意味を。

 薬を塗り終えた頃、遠くで微かな物音が聞こえ俺は引きずるように、ギルドラを俺達が居た廃墟ビルまで連れ帰る。その時は無我夢中で、どうやって辿り着いたのか自分でも分からなかった。

 無事に廃墟ビルまで辿り着いた俺は、ギルドラを横たえさせる。傷口を見れば、薬のおかげか血が止まっていた。

 俺はほっと胸をなで下ろす。 いつの間にか空はどんよりと曇り、青空は灰色の分厚い雲によって隠されてしまっていた。辺りは薄暗い。間もなく街は夜の闇に溶けていく事だろう。

 ギルドラは目を瞑り、肩で息をしながらも微睡みかけている。

 果たして寝かせても良いものか、俺は悩むもそのままにしておく事にした。

 やがてギルドラは微かな寝息をたて始め、俺はギルドラの傍らに寄り添う。その額は汗で濡れている。俺は何か拭ける物がないか探すも、生憎見つけられず、袖で汗を拭った。黒い袖が微かに濡れる。

 疲れから、瞼が重たい。少しだけ俺もギルドラの傍で眠る事にした。



「ん、ん……」

 軋む体を起こし、目を擦る。どうやら朝が来たようだ、建物がぼんやりと明るい。

「ギル……っ!」

 はっきりと覚醒した俺の視界に見えたのは、ダガーを己の首に突き付けるギルドラの姿だった。

「……シラン」

「な、なにやってるんだ……早くダガーをおろしてくれ」

 ギルドラの瞳には闇しか見えない。思わず声が震え、視界が潤んでしまう。

「俺はやっぱり駄目みたいだ」

 そんな俺を見たギルドラは苦笑いを浮かべダガーを下ろすも、その柄を握りしめたままだ。

「俺は無意識のうちに薬って呟いた。あれはな、傷薬を求めてた訳じゃねぇ」

「…………」

「フェリチタ、知ってるだろ? 人を惑わせ破滅させる麻薬」

「あ、ああ」

 何故ギルドラはそんな薬の名を口にするのだろうか。理解しつつも俺はそれを拒みたかった。

「あれはな、飲んですぐ狂っちまうやつと、徐々に狂うやつ、狂わずとも、一時的に自我を失う奴と効果は人それぞれなんだ」

 遠くで、獣のような男の声が聞こえる。

 薬によってもたらされた快楽の代償として全てを失った男の末路。

「ギルは狂ってなんかない」

「一時的に自我を失う。やがては全て失って狂った獣に成り果てるさ」

「狂わない! 狂わせたりしない」

 自分でも驚くくらい、大きな声が出た。ギルドラは少し驚いたように俺を見ている。

「俺は、アイツを失った悲しみから薬の誘惑に負けるような弱い男だ。きっと狂う、そしたらお前を殺してしまうかも知れない。それが……怖い、それならいっそ」

 ダガーを握るギルドラの手が震えている。俺は、どうしたらギルドラを救えるのか、ただそれだけを考え気付けばギルドラの体に抱きついていた。

「俺がギルを狂わせない。ギルを置いて死んだりしない。だから、傍に……居て、欲しい」

「シラン……」

 からんと、刃が固い床に落ちた音がする。そうかと思ったら、ギルドラに強く抱き締められていた。

 ギルドラは死を選ばず、俺と生きることを選んでくれたのだ。俺は必死にギルドラに抱きつき、その厚い胸板に顔を押し付ける。

 確かな心音が聞こえる。ギルドラも俺も今を確かに生きているのだ、それがとても嬉しくて俺は、主人にじゃれつく犬のように頭をギルドラの胸に押し付けた。そんな俺の頭をギルドラの大きな手が優しく撫でる。

「シラン、もしも俺が少しでも狂ったらその時は、俺が人であるうちに殺してくれ」

「そんな事……言うな」

「あ、ああ、そうだな悪かった」

 顔を上げると、ギルドラは少しだけ目を逸らして何かを考えるような仕草をしていた。いや、何かを堪えているのかも知れない。

「傷口が痛むのか?」

「いや、そうじゃない」

 そう言ったギルドラが、少しだけ顔を寄せてくる。何事かと思いジッと見てたら、額に微かに唇が触れた。

「流石に駄目だろ」

「さっきから何なんだ?」

「もうちょっと我慢する」

 何のことか分からず首を傾げるが、ギルドラは答えてくれなかった。




 それから暫くして、ギルドラの怪我は大分良くなった。ギルドラが作った傷薬を毎日丹念に塗り込んだおかげか、ギルドラの体質なのか、今となっては傷口は塞がり痛々しい痕だけが残っている。

「ほら、そろそろ休むぞ」

 ギルドラが手を差し出してくる。俺はその手を握りしめた。

 あの日以来俺は、ギルドラからなるべく離れないようにしている。寝るときも傍で眠り、何処にも行かないように手を握り締めて寝るようにしていた。こうでもしていないと、不安だったからだ。それにギルドラの手は暖かくて、握っていると安心する。だからすっかりこれが習慣となってしまったのだ。

 それほどに俺にとってギルドラは大切な存在となっていた。

 やがてギルドラの怪我は完治して、俺達は再び歩き始めた。だが俺が探し求める歌はなかなか見つからず、悪戯に月日が流れるばかりだ。

 そして時の流れはしっかりと俺の体に現れていた。

「どうだ?」

「ぴったりだな、動きやすい」

 俺は商人から受け取った、黒地に金色の刺繍の入った衣服と服と同じ色のズボンとブーツを身に着け、ギルドラに見せる。もう以前の服は長袖だった筈の服が肘まで出てしまうくらいに小さくなってしまっていたのだ。

「ならそれにするぞ、代価はこれでどうだ」

「ええ、ええ有り難う御座います」

 薄汚れた白い布を体に纏い、それで顔を覆い隠した商人は僅かに見える口元を歪に歪めながら、ギルドラから代価として武器を譲り受ける。

 俺はチラリとギルドラの様子を窺う。あれからギルドラが自我を失う事は一度も無かった。だが、全く心配事がなくなったわけではない。声を潜め商人に問い掛ける。

「アンタは、麻薬の中和剤を持ってるか」

「え、ええ、お兄さんでしたか、麻薬の中和剤を探してまわってる旅人さんってのは」

「それで、あるのか?」

「ええ、勿論ありますよ。貴重なものですからね相当の代価をいただきますけど」

 俺はギルドラに気付かれないように、噂で聞いていた麻薬の中和剤を探してこうして出会った商人に聞いている。だが、今まで一度も持ってる奴は居なかった。ある商人は、もう何処にも無いかも知れないと言っていたくらいだ。

 だから、この商人が本物を持っているとは限らない。それでも俺は、賭けに出た。

「あまり長くは待てませんよ?」

「なら、今夜」

 そう言うと、商人はまた口元を歪める。

「そろそろ行くぞ」

「ああ」

 俺達は商人から離れ、一日身を隠せる建物を探した。何の建物だったのかは分からないが、あまり広くない建物に入る。入り口が広く、ドアなどは無いため民家ではない。似たような建物を今まで幾つか見てきたが、元は何の建物だったのだろうか。

 ギルドラは中に入ると、散らばった窓ガラスの破片等を足でどかしどっかりと座る。

「ほら、飯食えよ」

 先程受け取った携帯食を俺に差し出しながら、ギルドラも食べ始める。

 この味だけは月日が経っても変わらない。

 相変わらず何の味もしないそれを、味わう気にもなれずただ、水と共に流し込んだ。

「もう手は握らねえのか?」

 不意にギルドラが悪戯な笑みを浮かべながら言う。

 以前は手を握りしめ眠っていたが、なんだかそれが気恥ずかしくなり今ではただ隣りで眠るだけとなっていた。

「……握らない」

「握ったっていいんだぞ? ほら」

 そう言ってギルドラが手を差し出してくる。俺はそれを無視できず手を重ねた。瞬間体を引き寄せられる。

「もう、我慢しなくてもいいよな」

「…………」

「目、逸らすなよ。俺はずっと我慢してきたんだ」

 ギルドラは少し荒々しく俺の唇を塞いだ。重なり合った唇から、ギルドラの熱を感じる。

 体がほのかに熱くなり始めた頃、唇がゆっくり離れた。ゆっくりとギルドラが服を脱がそうとする。俺は身を捩り、それを拒んだ。

「今は……駄目だ」

「……お前がそう言うなら、仕方ないな」

 俺の言葉にギルドラはあっさりと引き下がるも、手だけは強く握り締めていた。

「おやすみ、シラン」

「ああ、おやすみ」

 本当は、一つになりたかった。だが、それは出来ない。

 昼間の商人は去り際にこう呟いた、

「代価は、そうですね貴方の初めてをいただきましょうか」

 ギルドラが寝ている事を確認して繋がれた手をゆっくり解く。

 この事を知ったらギルドラはもう俺には触れてこないかも知れない、いくらギルドラの為とは言え、ギルドラは俺を拒むようになるかも知れない。それでもギルドラが薬の苦しみから解放されるならそれで構わないと思った。

 例え、俺が必要とされなくなってもギルドラが生きていてくれるなら。

 ギルドラの頬に唇を寄せ、すぐに離れる。俺は一人建物をあとにした。

 暫く歩くと、薄汚い白い布の商人が物陰から現れる。

「薬は此方にあります」

 商人は小さな小瓶を取り出しちらつかせた。俺はそれを受け取ろうと手を伸ばすが、商人は笑うだけでどうやら渡すつもりはないようだ。

「代価が先ですよ、さあ楽しませて下さい」

「……必ずくれるんだろうな」

「ひひ、勿論ですよ。愚かなアナタにちゃんと薬というご褒美をあげます。だから、精々暇つぶしくらいにはなって下さいね」

 そう言うと商人は白い布のなかから、歪な物を取り出す。

「声が枯れて事切れるまで、可愛がってあげますよ。さあ手始めに服を脱いで、跪いて下さい」

 この男にとって俺はただの玩具にしか見えていないのだろう。覚悟は決めてきた筈だが、心が悲鳴をあげていた。 それでも俺は感情を殺して、服を脱いだ。夜風が冷たく素肌に突き刺さる。

 男の厭らしい視線が体を這い、吐き気すら込み上げてきた。

 ベルトに手をかけた時、不意に背後から腕が伸びてきて俺の手を強く掴む。

「昼間からなんかそわそわしてると思ったらこんなことしてたのかよ、バレてないとか本当に思ってたのか? 大人舐めんなよ馬鹿」

「どうして」

「お前が中和剤を探してるってのはな、とっくに知ってたさ」

 ギルドラは俺を抱き締め、耳元で囁く。

「俺の為に、お前が傷付いてたら意味ないだろ」

「俺は別に」

 平気とは言えなかった。平気な筈、無かったのだ。

「あ~、じゃあ交渉決裂ですかね」

 俺達をただ眺めてた商人がつまらなさそうな声音を出す。

「ああ、俺には中和剤なんて必要ねぇさ! 俺にとっての中和剤はこいつなんだからな」

 ギルドラはとんでもなく恥ずかしい言葉をさらりと商人に投げる。商人は呆れたように首を振ると、手にしていた小瓶を投げた。

 気付かなかった。今夜は――。

 今夜はあの日のような月夜だったと言うことに。

 月明かりにキラキラと光る小瓶を受け止める。

「貴方達がどんな運命を辿るか、少し興味が沸きました。今後もご贔屓に」

 そう言うと商人は、くるりと俺達に背を向けたかと思うとあっという間に闇に溶けていった。

「それ、本物か?」

「さあな、だが試してみる価値はある筈だ」

「毒かもしれねぇぞ」

「怖いか? 大丈夫だ俺はギルを一人にしない」

 小瓶の蓋を開ける。ギルドラと向かい合わせになるとギルドラは小さく頷く。遅かれ早かれいずれは麻薬の効果は出るだろう。その時はギルドラを殺し俺も果てようと考えていた。いずれ死ぬ運命にあるならそれが早まっても俺は構わない。共にあれば、なんだって構わないと思っていた。

「ギル、どうする?」

「ああ、飲んでみるさ」

 月明かりが、ギルドラの艶やかな黒髪を照らしだす、それが幻想的な美しさとなり、迷いは消えた。俺は小瓶に口を付ける。

「シラン!」

 ギルドラの唇に唇を重ね、液体を送り込む。毒ならば、少しだが飲み込んだ俺にも効果がある筈だ。ギルドラの喉が上下する。

「……どうだ?」

「苦いな、でも平気だ今んとこは」

 そう言って笑ったギルドラがそっと俺を抱きしめる。頭を撫でられ、心地良くなった。ギルドラと目が合いそのまま何度も口付けをかわす。やがて曝されたままの素肌をギルドラの指がなで上げ、俺はその手に身を委ねた。

 互いの熱が一つに混ざり合う。




「…………」

 翌朝、俺もギルドラも廃墟の建物内で目を覚ました。どことなく艶々したギルドラを俺は軽く睨む。

 雰囲気に流されたとはいえ、外で行った行為の結果、俺はどこか嫌な寒気を感じていた。

「まあ、風邪引いても俺が面倒見てやるさ」

「……ばか」

 こんなご時世だ、風邪なんか引いたら厄介だろう、俺はもう一度ギルドラを睨みつけた。だがギルドラは気にしてない様子だ。立ち上がると伸びを一回して手を差し出してくる。

 外は相変わらずどんよりと曇っている。

 探し求めている歌は未だ手掛かりすら掴めていない。俺達はまるであてのない明けない長い夜をさまよい歩いているようだった。

 俺はギルドラの手を握りしめる。

 例え、夜が明けなくても構わない。生きる理由はもうとっくに出来ている。

「ギル、……」

「なんだよ」

 言わなくても分かっているだろうが、あえて口にしたい。だが、いざ口にしようとすると躊躇われる。

 ギルドラはそんな俺に助け舟を出すように、そっと口付けた。

「分かってるさ、シラン。愛してる」

 夜が明けなくても構わない、隣りにいとしいひとが居てくれるのなら。それだけで俺は、俺達は、強く生きていける。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ