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厄病女神寄生する理由

 そもそも、厄病女神は何故にここに寄生しておるのか? その疑問について長らく触れていなかったのは、俺がうっかりしていたわけでも作者が忘れていたわけでもない。

 最初、俺の体調は最悪で、こいつがここにいる理由よりも、こいつを追い出すことに重点が置かれていた為である。

 次に、昼食時だが、あの時は、過去の「弁当不味い事件」が俺の脳裏をよぎり、そんなことを気にする暇がなかった為である。

 しかし、昼食を食べ終え、お昼の定番バラエティーを見終え、京島が配達してくれた新聞も読み終えた今、厄病女神が我が部屋に押し掛け、かつ寄生に至った理由を聞くことに俺は何の躊躇いも抱かない。

 てなわけで、

「何で、お前、ここにいるんだ?」

 俺は腕を組んで不機嫌そうな顔で尋ねた。事実、不機嫌なのだ。我が能天気一人暮らし自由生活にいきなり押し掛けてきた奴をご機嫌な顔で迎えることができようか? いや、できない。俺はそーいう奴なのだ。

「何でって? 先輩に会いに来たんですけど?」

 あー、そう。で済む問題ではない。

「それだけか? それだけの理由か? んなわけあるまい」

「いやー、それだけですけどー?」

 絹坂はきょとんとした顔で俺を見つめる。そんな純真そうな瞳で俺を見るな。

「俺に会ってどうしようというのだ?」

「……先輩がどうかしたいんなら、どうかしてもいいですけど?」

 何を思ったか絹坂は上目遣いで俺を見つめながら言ってきた。

 どうかしたいって、俺はお前を追い出したいよ。しかし、そう言ってもこいつは出て行かないだろうことは既に学習済みだ。

「話にならんな。じゃあ、何で俺に会いに来たんだ?」

 質問を変えてみた。

「先輩に会いたいってことに理由がいるんですかー?」

「うむ、いる」

 絹坂は難しそうな顔で考え込む。暫くして答えた。

「理由なんてありませんよー。ただ、会いたいって気持ちは真実です」

 無言でチョップ。

「あいたー。何するんですかー?」

「こっちは真面目に聞いてるんだ。ふざけるな」

「ふざけてませんよー」

 頭を摩りながら絹坂は頬を膨らませた。ハムスターか?

 これ以上、ここに来た理由を問いただすことは無意味に思えてきた。よし、質問を変えよう。

「お前がここに来ていることを、お前の両親は知ってるんだろうな?」

 そう尋ねると、絹坂はニヤニヤと笑った。その笑いは嬉しい笑いではなく、困ったような、悪戯がバレたような感じの笑いだ。苦笑いに近い。

「お前、まさか……」

「えへへ、うちの親は知りません。先輩の部屋にお邪魔してるってこと」

 何が、えへへ、だ。

「おいおい。それは問題だろ」

「大丈夫ですよー」

 絹坂は手をひらひらと振って能天気なことをぬかした。

「大丈夫なわけがあるか!?」

 俺は怒鳴りつけた。ここは怒ってもいい場面のはずだ。そうだろ? そうじゃない、と諸君が言っても俺は怒鳴るがな。

「貴様! 地元じゃ事件になってるかもしらんぞ! 行方不明とかで警察が動いてるかもしらん! 失踪届けが出されているかもしれんぞ!」

「大丈夫ですよー」

 絹坂はへらへらと笑って同じ台詞を繰り返す。

「このど阿呆! 親に迷惑はかけるな!」

「えー? 先輩だってお父さんと大喧嘩して地元出てきたんじゃないですかー? それは親に迷惑かけてるのと違うんですかー?」

 くっ! 屁理屈をぬかしやがる。

「先輩には迷惑かけませんからー」

「今の現状で十分に迷惑じゃ」

 そう言ってから、俺の脳味噌は極めて早く回転し、ある想定を生み出した。

「待て! 待てよ! もしもだ! もし、貴様が行方不明だってことがニュースになって、全国で手配されたりしたら、どーする? そして、俺の部屋で発見されたら、俺は誘拐か!?」

 高校時代、俺は色々と校則破りをやってきたが、未だ国の法律を破ったことはないし、警察の御厄介になったこともない。それが、今、遂に警察の仕事のうちに入りかけている!

「大丈夫ですよー」

「お前はさっきからそればっかりだな!」

 ムカつくので両ほっぺをぐにぐに引っ張ってやる。

「うややーいひゃいー」

「おいおい、俺は貴様の気紛れな旅行の為に犯罪者になる気はないぞ!」

「私だって先輩を犯罪者にするつもりはないですよー」

 絹坂は少し赤くなったほっぺを撫でながら言った。

「大丈夫なものは大丈夫なんです。信用してくださいよー」

「信用できるものか!? 信用して欲しかったら信用に足る証拠を見せよ!」

「うーむーむー」

 絹坂は眉間に可愛らしい小さな皺を寄せて唸る。

「物証はないです」

「ないんじゃん!」

「でも、大丈夫です」

「その根拠が分からんって言っとるんじゃ!」

 俺が怒鳴りつけると、絹坂はむんむん言っていたが、更に問い詰めたところ、遂に絹坂は吐いた。吐いたのはゲロではない。

「家出してきたんです」

 自白したのだ。

「家出だとぉ?」

 俺は首を限界まで傾げた。はて? 絹坂はそんなことをする奴であっただろうか? 絹坂の家族には会ったことはないが、こいつが自分の家族について愚痴を言ったり、文句を言ったりしているのを聞いた覚えはない。

 そもそも、絹坂自体、親と喧嘩して家出するような奴には思えないのだ。基本的に大人しいし、俺がこき使っても文句を言わんし、怒らんしな。

「何が原因で家出したのだ?」

「喧嘩したんです」

「何の喧嘩だ?」

「口喧嘩です」

 そりゃそうだろ。親子で殴り合いの喧嘩はせんじゃろう。いや、するところもあるかもしれんが、こいつは女だし、そんな暴力的にも見えない。

「俺が聞きたいのは喧嘩の種類じゃなくて、何故に喧嘩したかだ」

「えっと、進路についてです」

 まー、確かに、進路ってのは高校生が親と喧嘩する理由の一位か二位ぐらいのもんだろな。

 現に、俺は親と進路について大喧嘩している。お陰で俺は仕送り無しの一人暮らしだ。

「ほうほう。進路についてか? 具体的に言ってみろ?」

 俺は渋い顔で話を促す。

「私はこっちの大学に行こうと思ってるんですけどー。親は違う大学行けっていうんです」

「お前、大学行くつもりなのか?」

 少し意外に思って聞き返した。高校時代、こいつが真面目に勉強している姿を見た覚えがない。テスト直前だろうが何だろうが、いつも俺の周りをうろちょろしていたはずだ。

「はい。ダメですか?」

「ダメってわけじゃあないが…。どこの大学を目指してるんだ?」

「先輩と同じとこです」

「うちか?」

「はい」

「まあ、うちは、悪い大学ではないがなー。目が飛び出るほど難しくもないし、奨学金制度もあるしな」

 ふむ、まあ、うちの大学は行き易いところだとは思うな。だから、俺もそこに通ってるんだが。しかし、その分、倍率も高いのだがね。

「それほど簡単には入れんぞ?」

「知ってますよー」

 ふむ、受験生だもんな。それぐらい分かってるよな?

「じゃあ、何でここにいる?」

 尚更、ここにいる意味が分からなくなったぞ。

「大学目指してるんなら、予備校通うなり家で勉強するなりせんとならんではないか。ほら、あれ、言うだろ? 受験用語で。夏休みはーえー」

 まずいな。出てこない。頭の後ろの方に転がっている感じはするんだが、いまいち、出てこない。

「天王山?」

「そう。天王山」

 そうだそうだ。天王山。山崎の合戦で秀吉が勝利を収めた勝負の分かれ目ってやつな。

 しかし、山崎の合戦では羽柴秀吉軍4万に対して明智光秀軍は1万6000だったという。それじゃあ、光秀が天王山を取ってても、結局は負けていた可能性が高い。夏休みになって、いきなり必死こいて勉強しても無駄ってことだな。

 とはいえ、天王山を取らないよりは取った方がいいってことは言うまでもない。

「その天王山たる夏休みに、ここにいていいのか?」

「大丈夫ですよ。勉強道具持って来ましたから」

 絹坂は鞄から参考書やらノートやら筆記用具やらを取り出して俺に見せた。

「ね?」

 ね? じゃねえ。

「いや、わざわざ、ここで勉強する意味が分からん。家帰って勉強しろよ」

 俺は極めて正論たる意見を述べたつもりだ。これが正しくなければ、何が正義だというか?

「……先輩は、そんなに、私のことを追い出したいんですか?」

 俺の正義に対して絹坂はそんなことを言い出した。上目遣いで。しかも、少し泣きそう顔。

「む、むー」

 女の涙に弱いというのは古今東西ほとんどの男に共通することだろう。女の涙を屁ほども気にせんという奴は鬼畜にも劣る冷血漢に違いない。知人友人に冷たいと称される俺だが、さすがに、それほど酷い奴ではない。絹坂に潤んだ目で見上げられて困り果てる程度には血の通った心ある人間なのだ。

「先輩は本当に分からないんですか?」

 絹坂は不満そうな悲しそうな顔で言った。そんな表情だが、妙な迫力がある。微妙ににじり寄って来ている。すすすっと体を下げながら聞き返す。

「何がだ?」

「私がここに来た理由です」

「分からん」

 即答してやった。

 絹坂は一瞬泣きそうな顔をしたが、すぐにぶんむくれた顔に変化した。

「先輩は意地悪です。性悪です」

 絹坂は頬をぷくぷく膨らませながら不機嫌そうに言った。

「そんなん元からだ。今更、気付いたのか?」

「知ってますよー!」

 絹坂は珍しく大きな声で叫ぶと、唐突に俺の腹めがけて頭突きを繰り出してきた。

 そろそろ、諸君も気付いているだろうか俺は運動が苦手だ。筋力もなければ反射神経も欠けている。その俺に急な攻撃を咄嗟に避ける能力などあるはずがない。脊髄が錆び付いているに違いない。

「ふぐぅっ!」

 見事絹坂の頭は俺の鳩尾にめり込んだ。

「先輩の馬鹿馬鹿ー」

 絹坂はぶーぶー騒ぎながら頭をぐりぐりとめり込ませていく。止めれ。苦しい。さっき、お前が作った昼食を不快な形で返す羽目になるぞ。

 絹坂の頭を掴んで押し戻しながら思った。

 この夏休みで俺の心身を休養させることは叶いそうもないことだな。


読者数1000名を突破いたしました。これも、皆様方のお陰でございます。これからも私の拙い雑文を読んで頂ければ幸いです。

次は酒豪の先輩が出ます。

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