三重ショックだ厄病女神
「えっとー……、そりゃどーいった意味でー?」
「そのままです」
宮崎県知事になった……それは全く関係ないですね。すいません。ちょっと吃驚してしまって頭の回路が混線してしまったようです。
「つまりー、先輩とラブラブカップルだった彼女さんが亡くなったとー?」
「ええ、そうです。何かどこぞの臭い恋愛ドラマとかベタな恋愛小説みたいですけど、そーなんです」
うすむらさきさんは相変わらずの無表情で言い、そのまま言葉を続けます。
「彼女が亡くなっても、一見、彼は変わらない様に振舞っていました。しかし、かなりの活力及び気力その他諸々を失い、成績は落ち、やる気はなくなり、無駄な行動力も、尊大さも大きく減退したのは少し注視すれば明らかでした」
え? あれで大きく減退してたんですか? あれだけ偉そうな先輩が、まだまだ序の口だったなんて……。正直、あれ以上尊大な先輩には付いていく自信がありません。
「あ、そーいえば、尊大さだけは変わりませんでしたね」
それなら安心です。てか、先輩は心身ともに大きな影響を与える事態に至っても尊大な態度だけは変わらないんですね。それもちょっと微妙です。
「まあ、とにかく、その彼女が亡くなったことで彼は恋愛やら幸福やらを極端に避けるようになったのです。おそらく、天国の彼女に遠慮しているのでしょう」
死んだ人に遠慮ですか? そんなことに何の意味があるのでしょう? いえ、私は死者を冒涜しているわけではありません。死者に思いを馳せることは供養にもなり良いことだと思います。しかし、既に亡くなった人に遠慮して恋愛や幸福を忌避するとはおかしなことだと言わざるを得ません。
「そんなことをしても天国の彼女さんが喜ぶとは思えません」
「ええ、そうね。そうでしょうね」
何々堂さんが醤油煎餅の入った器を持ってやって来ました。
彼女は目を細めて言います。相変わらずの微笑を浮かべていますが、しかし、どこか哀しげな微笑です。
「でも、それでも、彼は、恋愛や幸福と決別してしまったのよ。彼にとっては恋愛や幸福っていうものは彼女と共有するものであって、それ以外の何ものでもないの。そして、彼女なしにそれらを手にすることは彼女に対する裏切りと彼は感じているのよ」
何々堂さんは妙に自信ありげに言います。彼女の言うことが全て、いえ、何一つあっているという証拠も理屈もありません。しかし、私はたぶんそれが真実なのだろうなと思いました。何々堂さんは全てを知っているような気がするのです。彼女に聞けば何かしらの答えを出してくれそうな気がします。
「私は、どーしたら良いんでしょう?」
何々堂さんは煎餅をばりっと噛み砕いてぼりぼりやりながら首を傾げました。
「さぁ?」
さっき、褒めた言葉を全て撤回します。
「まあ、それにしても3年以上前のことを未だに覚えていて、まだ二十歳なのに、一生、恋もしないし幸せにもならないなんて、最近の若者にしては極めて珍しい人よね」
何々堂さんはそう言って紅茶(だーじりんってやつらしいです)をずずずーっと飲みます。黙って座ってりゃ良家の若奥様って感じなのに、動くと色々と台無しです。この人、絶対、生き方間違ってます。
そして、先輩も生き方を間違ってます。そんなことは絶対に無意味で無生産的で非合理です。
私はそんなことを考えながら白磁のティーカップに口を付けます。何だか紅茶のええ感じの匂いがして、茶色いそれを飲むと、美味しい紅茶の味がしました。何がどんな匂いで味だかは細かくは分かりません。何となく、良い匂いで良い味です。私、料理研究家とかじゃないですし。
「そーいえば、先輩は来ませんでしたかー?」
「いいえ、今日は来てないわ」
「さっきまで大学にいたのですが、そこでも見ていませんね」
何々堂さんが首を横に振り、うすむらさきさんが言います。
と、すれば、いるのは九本壮か。バイト先である善太郎書店である可能性が最も高いといえるでしょう。
「先輩を探してきますー。お茶、ありがとうございましたー」
私が席を立つと、2人は私を見上げます。
「彼を探すのですか? フラれたのに?」
何々堂さんが試すように尋ねます。私はしっかと頷きました。
「ええ」
「何で? まだ、彼を気にしているの? もう明確に完璧にフラれたんでしょう?」
「ええ。しかし、それは間違いなのですー」
「ま、間違い?」
2人はきょとんとした顔で私を見つめます。無表情と微笑がデフォルトの2人のこんな顔を見れたのは、何だか少し嬉しい気分です。
「ええ、そうです。先輩は間違っているのです。天国に行ってしまった恋人を気遣って恋をしない? 幸せにならない? そんなことは先輩のエゴです。きっと、亡くなった彼女も望んではいないことに違いありません。先輩はそう望むような女性と付き合うほどの阿呆じゃありません」
2人は徐々に元の表情に戻っていきます。うすむらさきさんは涼しげな無表情に。何々堂さんは楽しげな微笑に。
「間違いは訂正しなければなりません。そうでなけれな道理が通りません。時に、無理が通れば道理が引っ込むとも言います。それならば、私が今から無理に道理を通します。道理を無理に突っ込めば引っ込みようがないというものです」
ああ、何だか、この無理矢理な屁理屈。先輩のが私にうつったみたいです。でも、そんなに嫌じゃありません。愛する人のものは何をも許せるものですよ?
「文句ありますか?」
「「いいえ」」
私の問いに2人は首を横に振りました。
私は小降りの雨の中を駆け出します。傘なんて差してる場合じゃないですよ!
部屋にいない。何々堂にもいない。大学にもいない。と、なると、先輩がいる場所候補は九本壮かバイト先だということは先ほども述べました。
その二箇所のうち、今いる何々堂から近いのは善太郎書店です。まずはそこに行ってから九本壮に乱入するというのが順当にして効率的な行動といえるでしょう。
そんなわけで善太郎書店に押し入ります。
「御免!!」
気分は江戸町奉行所の与力です。
「ア、イラッシャイマセー」
背の高いセネガル人のフィリップさんが丁寧に言ってくれました。そんなに頭を下げなくても良いと思います。いちいち45度の角度で礼って……。
「先輩ありませんか!?」
私はレジにいた相変わらず眠そうな三宅さんに尋ねます。その眠そうな顔が可愛いですね。
三宅さんはがさがさと何かを漁ってから答えます。
「……先輩って単語が含まれる書籍は24冊ある」
「あ、本じゃないんです」
私はぶんぶんと手と首を横に振ります。
「あら、絹坂さん、どーしたの?」
そう言ったのは隣のレジから仙太郎書店店主の娘の文絵さんです。いつものようにツインテールが可愛らしいですね。
「先輩来てませんか?」
「30分くらい前に帰ったわよ?」
NO! 何か、私と先輩ってすれ違い多くないですか!? 運命の女神の悪戯!? 作者の都合!? 運命の女神の馬鹿ー! 作者死ね!
「あー、でも、彼、隣のCD屋に寄るって言っていたよ? 何でも、トルコの伝統音楽が聞きたいらしいんだけど」
善太郎書店の人の良い店主さんがのっそりやって来て言いました。ナイス情報です。そーいえば、最近、先輩は伝統民族音楽にはまっているようなのです。この前はブルガリア民謡みたいなのを聴いてました。たぶん、ブルガリアにおける阿波踊りみたいな踊りをするときにかける音楽です。
「ありがとーございます!」
私は脱兎の如く店を飛び出し、隣のCDショップに駆け込みます。善太郎書店の左隣は私も良く利用する雰囲気の良い喫茶店で。CDショップは右隣になります。
CDショップの中には主に若年層のお客さんがいて、何やら用もなさそうにうろうろしています。私は目を皿のようにする気分でそこら中を歩き回ってみたのですが、生憎と先輩はいませんでした。もう30分前ですしね。もう出て行ってしまったのでしょう。
「あ、あー、えっと……」
しかし、他に先輩は何処にいるというのでしょうか?
「えっと、こ、こんちは……」
やっぱり、九本壮でしょうか? しかし、雨の中、わざわざ歩いていくでしょうか?
「お、おい、ちょっと……」
ここからなら、九本壮より部屋のある木暮壮の方が近いのです。部屋に帰っている可能性も高いといえるでしょう。
「お、おーい!」
「何ですかーっ!? さっきから、煩いですよ! 今、私は忙しいんです! 思考の邪魔になるから失せて下さい!」
さっきからちょろちょろと話し掛けてきていた人に怒鳴ります。私は、今、気が立っているのです。気軽に触れると火傷するぜ。
「ご、ごめん……」
しょんぼりと項垂れるのは、誰あろう彼あろう誰だっけ? どっかで見た気がします。茶色いツンツン髪で目つきのあんまり良くないチンピラ風の若い男です。
「あなた、何処かで会いませんでしたかー? 10年くらい前とかに?」
チンピラは更に落ち込んだ傷付いた顔をしました。何ですか? 私、何か悪いことしました?
「えっと、前さ。あのー、こくはくしたりとか、しょぶしたりとか、ぷーるいったりとか……」
「うーん? あー、いたよーなー? いないよーなー?」
そうそう。いましたいました。私の脳内画像はそのかなりの割合が先輩を映しているのですが、その端っこの方に入ってます。そうだ。京島さんの弟なんですよ。確か名前はー……。
「あくまさんでしたっけ?」
「東」
ああ、そうだった。ちょっとだけ間違えました。まあ、人間に失敗はつきものです。
「それで? 東さん、私に何か用ですかー? 私は、今、先輩を探すのに忙しいのです」
「先輩? ああ、あいつか……」
チンピラさんは何だか苛立たしげな顔で呟きます。先輩をあいつ呼ばわりとは失礼です。
「あいつなら、少し前に姉貴と一緒に帰ったみたいだぞ?」
「は?」
姉貴って、京島さんですよね? 京島さんと一緒に帰った?
「帰ったって、うちにってか先輩の部屋にですか?」
「ああ、姉貴が用があるってそいつに言って、そっちの部屋に行って話すってことで行ったぞ」
マジですか? 先輩が、あの京島さんと部屋で二人きり。お邪魔虫であるはずの私はここ。
「ぎゃきゃー!」
「うわぁっ!?」
思わず叫んじゃいます。だって、これはピンチですよ! 先輩のピンチです! 先輩にはどーこーする気がないとは思いますけれど、京島さんにはどーこーする気満載に違いありません! それに京島さんはスポーツをやっているようですから、下手したら先輩より力が上です。もしかしたら先輩がヤられてしまうかも!? 何をヤられるかってことは推して量るべし!
私はCDショップを飛び出しました。まだ降る雨の中を全速力で駆け抜けます。ジャンプしたら飛べそうな気がするくらいに走ります。何で、自分、こんな急いで走って、意味あるの? とか、そんなことは考えずひたすら走り、自分でも驚くくらいのタイムで木暮壮に到達。階段を数秒で駆け上がり、ドアを開いた私は、
「な! な! なぁぁーっっ!?」
絶叫しました。
先輩にフラれた上に、先輩の恋人の死と先輩のトラウマを聞いただけでもショックなのに、これじゃあ、私三重ショックです。
何とか5月中に更新しようと急いだので、少々、乱筆ですがご容赦下さい。少ししたらちょっと修正するかもしれません。
さて、長らくお付き合い頂いた厄病女神寄生中ですが、ストーリーを見て分かる方もおられるかもしれませんが、最終話に近づいております。
予定と致しましてはあと5話にて終結の予定です。