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厄病女神と昼食の決闘

 次に俺が目覚めたのはテレビ画面から高らかにウキウキウォッチングが鳴り響く少し前くらいだっただろう。

 脳が覚醒し、徐々に諸感覚が起動体制に入り始めた。

 そこで俺は妙なことに気付いた。

 何か匂う。何か聞こえる。

 火事か!? とは思わなかった。匂いは味噌汁っぽかったし、音はぐつぐつとかとんとんとか控えめな音だったからだ。それらは台所からやってきている。

 首を台所に向けると、そこには見慣れぬ奴が立っている。

 安っぽそうなTシャツにジーンズ。その上に黄色いエプロンをしてやがる。

 誰とは聞くな。絹坂以外にいようか? いや、いない。

「あー、先輩ー。起きましたー?」

 振り返った絹坂はのんきに笑って言った。

 味噌汁っぽい匂いは味噌汁の匂いだった。

 絹坂はうろうろと台所とテーブルの間を行ったり来たりして味噌汁、白飯、里芋の煮っ転がし、鮭の照り焼き、ほうれん草のおひたし、刻みネギ付きの納豆を持ってきてテーブルに並べた。

「先輩先輩。いつまで転がってるんですか? お昼ごはんが冷めますよー」

「む。むー、うむ」

 俺は馬鹿みたいにむーむー言いながらテーブルの側に座った。本来ならば寝起きにはまず顔を洗って歯を磨くべきであるが、今は良いとする。後回しだ。それより先にしなければならないことがある。

「絹坂や」

「何ですかー?」

「これは何だ?」

「お昼ご飯ですけどー? 先輩和食好きですよねー?」

「うむ、まあ……」

「いただきまーす」

 俺の聞きたいことの一割も答えぬまま絹坂は昼食を食べ始めた。

「これは貴様が作ったのか?」

「当たり前じゃないですかー。他に誰が作るんですかー?」

 まあ、確かに、当たり前だな。

 しかし、こーして絹坂の作った飯を眺めていると、思い出すことがある。


 昔、俺がまだ高校生をやっていた時、絹坂が弁当を作って持ってきたことがあった。

 絹坂がどーいう意図を持って手作り弁当なるものを俺に持ってきたのかは未だもって理解しかねる。

 当時、俺は絹坂にとってはちょっと口煩く気難しく扱いが面倒臭い一介の先輩に過ぎなかったはずである。俺が弁当を要求するようなこともなかったし、絹坂が持って来るなどという意思を示した覚えもなかった。ただ、いきなり、弁当を持って来て食えと差し出してきたのだ。

 まあ、高校時代の俺の昼食は主に学食であった為、飯が弁当に代わったところでさしたる問題は無かった。どころか、飯代が浮いて助かったとも思った。

 俺は何も考えずに弁当を食った。

 はっきり言って不味かった。

 吐き出すとか悶絶するとか泡を吹くほどに不味かったわけではない。ただ単純に普通に眉をしかめる程度に不味かった。それだけである。

 ところで、俺は正直者である。と、言えば聞こえはいいが、俺には物事をはっきりと言い過ぎる悪癖があるのだ。

 この時も、俺は弁当が不味いことと諸所に見受けられる調理の間違いを指摘した。

 俺にそう言われた絹坂が大変しょんぼりしていたのを覚えている。もしかしたら、泣いてたかもしれない。

 それ以来、絹坂が俺に何か飯を作ることは一切無く、俺にしては珍しく、少し罪悪感めいたものを心の隅っこに感じていた。

 しかし、不味い弁当を美味いと嘘を吐くことに何の意味があるのか? それは弁当に対しても作った相手に対しても失礼ではないか。と、俺は思うわけだよ。

 友人にそのことを話すと、彼は言った。

「お前は馬鹿か? それとも鬼か?」


 そんなことを思い出しながら、俺はただ黙ってじーっとテーブルの上に並ぶ飯どもを睨みつける。別に、飯が憎いわけじゃあないが……。

「先輩。食べないんですか?」

 絹坂が不審そうな顔で俺を見る。飯の席で飯をじろじろ睨んでいる男が不審でなければなんだというのだ。

 しかし、以前、作った弁当をぼろ糞に批判した男に再び飯を作るとは度胸があるのか懲りないのか馬鹿なのか。

 今回も不味ければ不味いと俺は絶対に言うであろう。これは間違いない。自分にとって利益とならぬ嘘は吐かぬ主義だ。

「いただきます」

 俺は箸を取った。とりあえず、納豆をかき混ぜる。

 一心不乱に納豆を混ぜていると絹坂の視線がこちらに向いているような気がした。

 なるほど、分かった。これは決闘だ。

 弁当を不味いと言った俺と、不味いと言われた絹坂の決闘なのだ。絹坂のリベンジマッチということか。

 この勝負受けて立とう。

 まずは、味噌汁を啜ってみる。次に納豆をかけた白飯を食べる。次に里芋の煮っ転がしを口に放り込む。ほうれん草のおひたしを食べてみる。鮭の照り焼きを食べてみた。

「……どーですかー?」

 絹坂はどこか勝ち誇ったような顔で聞いてきた。

 ここで正直に感想評価を言ってやるのが男である。

「何がだ?」

 しかし、俺はここで敢えてしらばっくれる。俺は男である前に意地っ張りなのだ。

「お昼ご飯の味です。お口に合いませんでしたかー?」

 絹坂はにこにこと笑いながら俺を見つめる。

 俺は意地っ張りであるが正直者でもあるのだ。

「……お口に合わんことはない」

 それでも、やはり、意地っ張りなのだ。ツンデレと呼んでくれても構わない。デレたことないがな。

「じゃあ? 美味しかったですかー?」

 絹坂は追及の手を緩める気はないらしい。彼女にとってしてみれば過去の復讐なのだろう。弁当の仇討ちか。仇討ちには正々堂々と対決せねばなるまい。それが侍だ。俺の先祖は神主だがね。

「うぅむ。まあ、俺が普段食っている飯よりは幾分かマシだな」

 それでも、やはり、意地っ張りなのだ。ツンデレと呼んでくれても構わない。男をツンデレなどと呼びたくもないだろうがな。

「そーですかー。気に入ってくれて何よりです」

 絹坂は満足そうにニコニコと笑った。

 何だかムカつくので絹坂のほっぺを引っ張ってやった。

「うわわー。ご飯が食べれませんよー」


「しかし、上達したものだな」

 俺は素直に感心して見せた。これくらいのデレはできるのだ。

「練習しましたからー」

 何故練習したのか聞きたくなったが止めた。俺のせいに決まっておろうが。

 きっと、絹坂は俺に弁当が不味いと言われたことがトラウマになって、男に飯を作ってあげられなくなったに違いない。それで、幾多もの恋を諦めてきたのだろう。そして、彼女は思ったのだ。

「このトラウマを克服するにはあの憎き男に私の作った飯を美味いと言わせる他なし」

 と、このように。

 ふむふむ、納得だ。まるっと全て理解した。もしかしたら「絹坂突撃事件」も、このことに端を発する暗殺未遂だったのかもしれないな。

 しかし、これで彼女の弁当トラウマは解消され、恋に愛に縦横無尽に弁当戦術が繰り広げられるというものだ。

 絹坂がここにおる必要性もあるまい。きっと何日か観光したら帰ることだろう。

「絹坂。お前はいつごろ帰るのだ? 二、三日遊んでからか?」

 最後の里芋を飲み込んでから尋ねると、絹坂は不思議そうな顔をして俺を見た。

「夏休み中って言ったじゃないですかー」

 あれれー?


読者数が1000を超えそうです。まだ40弱ほど足りませんけどね。

このような雑文にお付き合い頂き、ありがたいことです。

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