ずぶ濡れ先輩と厄病女神
途中で雨降ってきました。
「ほら見ろ! だから、こんな天気でピクニックするなんてことは狂ってるって言ったのだ! 貴様だって天気が悪いことくらい分かっておっただろう? 分かってたに決まってるだろ!」
先輩はここぞとばかりに怒ります。何で、そんなに怒るんでしょうねー?
「まあ、これはしょうがないことですー」
「なーにがしょうがないだ!?」
「だってー。降っている雨や降らせている雲に文句を言ったってしょうがないでしょう?」
文句言って晴れたり雨になったりすれば、人は苦労しないのです。
「そーいうこっじゃねぇー!!!」
先輩は絶叫します。そんな大声出さなくてもー。
「雨が降ることは出かける前どころか昨日から分かっとっただろーが! それを無理矢理出かけることにしたのは何処のどいつだ!?」
「えっとー……」
「貴様だ! このすっとこどっこい!!」
私が答える前に先輩が怒鳴ります。じゃあ、聞かないで下さいよ。言葉尻に?付けないで下さいよ。紛らわしいなぁ。
「こりゃただの災難じゃねー! 人災じゃ人災!」
そんな災いって言うほど大したことじゃないと思うんですけどー。
何だって、先輩はこんなに文句ばっかり言っているかというと、それは、途中で雨が降り出したってことなんですけど。その降り出した雨っていうのが、これがもう凄いの何のってバケツをひっくり返したようなとか色々と形容の仕方はありますが、とにかく、凄い雨なんです。雨粒が地面にばたたたたって機関銃の銃弾のように降り注いでいるのです。
そして、先輩びしょ濡れ。もう髪の毛先っから指先、爪先、パンツの中までぐっしょぐしょ。あ、私は折り畳み傘を持ってたんでまだ少しマシですよ?
雨に降られた私たちは前に見つけた二階建て東屋に雨宿りをしていました。そこには屋根があって、椅子もあるので、ちょうど良いのです。
しかし、まだまだ雨は降っているので、私たちはここに孤立しているのでした。
「くそ……。たまに絹坂を甘やかせて言うとおりにしたら、これだ。まったくもって、本当に貴様は災厄を呼び込む厄病女神だな……」
先輩は恨みがましそうな目で私を睨みながらぶちぶち呟きます。怒鳴り疲れたのでしょう。ぜーぜーと息も絶え絶えです。
「まあまあ、過ぎたことや失敗を後から悔やんでもしょうがないですよー? 大事なのは失敗した後、どーするかですー」
「……貴様、よくもそんな偉そうなことが言えるな?」
先輩は額の青筋と口端をひくひくさせながら言います。そんな怒らないで下さいよー。たぶん、先輩がこんなにイライラしているのはカルシウムとかそーいうのが不足しているからです。
「と、いうわけで、先輩。お昼ごはんにしましょうか?」
「こんの糞馬鹿め! 何をトチ狂ったことをほざいてやがる!?」
「いえ、しかし、もう11時過ぎてますしー」
家を出てからだらだら歩いて公園内をうろうろして雨に降られて大騒ぎしていたら、結構な時間が過ぎていたのです。
「お昼時には良いと思いますけどー? それとも、まだお腹減ってませんかー?」
「だー!! 俺はそんなことを言っているわけじゃねー!!」
先輩は手をぶんぶん振ります。
「人が他人の本当の意思を汲み取ることっていうのは、中々に難しいことだ。それは知っているし、理解している。しかし! しかしだ! ここまで言いたいことが伝わらんのも珍しいことじゃないか!? てか、貴様、わざとやってないか!?」
私は素直に思ったことをそのまま言ってるだけなんですけどねー。
「まあまあ、先輩。そんなにイライラするのはお腹が減っている証拠ですよー」
「いや、それは違うだろ。そこら辺で怒ってる奴の口におにぎり詰め込んでみろ。絶対逆効果だ。余計に激怒するぞ」
そりゃあ、とことこ街中歩いているときに、いきなり見ず知らずの人におにぎり口に詰め込られたら私だって怒りますよ。怒る前に気味悪いというか恐いですけど。
「とにかくー。ここでうだうだ文句言ったり怒鳴ったりしても意味ないですよー。結局、雨が休まるまではここでじっと大人しくているしかないのですー。だから、お弁当でも食べてましょー?」
ただここで呆然としているよりは幾分も有意義な時間の使い方です。
私は椅子の上にお弁当を広げていきます。
「ほらほら食べましょう? 先輩の大好きなお刺身はありませんけど、頑張って作ったんですよー?」
「弁当に刺身なんて入ってて堪るか」
先輩は嫌そうな顔で椅子に座りました。髪の毛からは相変わらず雨水が滴り落ちています。水も滴る良い男ですね。
先輩は心底不味そうな顔で卵焼き、タコさんウインナー、煮物、ちくわ、ミニトマトなんかを食べていきます。もうちょい美味しそうな顔で食べて欲しいんですけどー。
「あ、そだ。恋人ごっこやりましょー? はい、あーん」
「嫌だ。何でそんな馬鹿な真似をせんとならんのだ?」
先輩は心底嫌そうな顔で私を見て言います。私が箸で摘んだ枝豆なんて無視です。酷い。
「恋人になったときの為の予行練習です」
「ぶっ」
先輩の口からウインナーが飛び出しました。あーららー。床に転がってしまいました。
「「……………」」
私たちは沈黙して床に転がるウインナーを見つめます。
先輩がおもむろに立ち上がって、無言でウインナーを蹴飛ばしました。哀れウインナーは豪雨の中を飛んでいきました。
先輩は振り返って私を睨みます。
「そーいう冗談はやめろ。俺がそーいうの苦手だって知っているだろう?」
先輩は機嫌悪そうに言います。まあ、いっつも機嫌悪いんですけどって、こんなことはもう言わなくても分かってますよね?
「じゃあ、どーしろっていうんですか?」
「どーしろって……」
先輩が困惑した表情を浮かべます。
「好きって言うのもダメ。付き合うのもダメ。過去の恋愛のことを聞くのもダメ。触れることもダメ……」
全て私はやってきたはずです。好きですって言いました。付き合って欲しいと言いました。過去の恋愛も聞きました。触れたいと思い、触れもしました。
全部、先輩が好きだからです。
しかし、それは全て先輩に拒絶されてきました。
「じゃあ、私はどーすれば良いんですか? もう夏休みも残りがなくて、一緒にいられなくて、その間に先輩は誰かと付き合ってしまうかもしれないのに……」
「俺は誰とも付き合わん」
「先輩がその気じゃなくても、誰か、他に、先輩のことが好きな人に奪われちゃうかもしれませんし」
そうです。人の気持ちなんてすぐに変わってしまうんです。早ければ数日でも数時間でも。また、冬休みに行くとしても、その次に会う日までは数ヶ月もの時間があります。
「私は、先輩と、付き合いたいんです。恋人として、一緒に、いたいんです! 先輩は、私が側にいるのは許すのに、それなのに、突き放すようなこと言ってばかりで……! 近付かせも遠ざけずもせず、先輩が、そんな曖昧な態度でいるから……!」
いつのまにか私は叫んでいました。その間、先輩はただ黙って私と向き合っていました。その目にはいつもある怒りや不機嫌さはありませんでした。何故だか、先輩はとても悲しそうで、そして、迷っているようでした。私を見ようとして、しかし、何か他のことを考えているようで。
「先輩はいつも何を見ているんですか? 先輩は私や京島さんを見るとき、何か違うものを見ていませんか? 一体、先輩は何を見てるんですか? 何で、私を遠ざけるんですか? まるでそれが義務のように……」
私は問い詰めるように先輩に言います。
先輩は戸惑うように困惑するように視線を泳がせます。いつもの尊大な人じゃあありません。弱弱しく辛そうです。こんな先輩を見るのは嫌です。でも、このままでいるのは嫌なのです。例え、先輩の傷を抉ることになろうとも、私は前に、次に進みたいのです。突き進むのです。
「お、俺は……俺は、恋なんかはしないと決めたのだ。恋も結婚も、しない。永遠に。だから、絹坂、お前と付き合うことは、できない」
ずぶ濡れの先輩は弱弱しくもはっきりと言いました。しかし、ここで退くような私ではありません。一回、断られたくらい何だっていうんです? 私の精神力はうどん並みに太いのです。
「何でですか!? 何で、恋を、結婚をしないんですか!? 意味もなくじゃないですよね?」
私が詰め寄ると、先輩は後退ります。
「……とにかく……ダメなのだ……。俺は恋をしてはいかんし、幸せになることも、ましてや、結婚なんてことは許されん。いや、誰が許そうとも、俺が許さん。そんなことは俺が断固として許すまい」
そう言った先輩の目にはいつもの強さが戻っていました。
「俺はお前と付き合うことはできない。永久に誰ともそーいう関係にはならない」
先輩ははっきりとそう言ったのでした。
まさか、これって、明確に、はっきり、くっきり、完璧に、フラれた
結構、長くなりました。
そして、後半笑えませんね。
コメディなのに!
どーすんのこれ!?