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曇天ピクニックする厄病女神

「あ、先輩。おはよーございますー」

「ああ、おはよ気持ち悪ぅっ!?」

 朝、私が爽やかに挨拶をすると、寝室から出てきた先輩は、いきなりそんなことを叫びました。

「何ですかー。私はただ朝の挨拶をー」

「違う違う」

 私がちょっとむっとして抗議すると先輩は片手をぶんぶん振って否定しました。どうやら、私は気持ち悪くないようです。

「じゃあ、朝ごはんですかー? 今日の朝ごはんはー白飯、きのこと大根のお味噌汁、納豆、ほっけの開き、冷奴ー」

「それも違う! ついでに言えば二日酔いでもない! 昨日は日本酒を軽く冷で飲んだだけだからな」

 その代わり昨日の午前中は二日酔いでしたけどね。先輩は2日に1回くらいの頻度で二日酔いになっているんです。それでも飽きずにお酒を飲むんですから、やっぱり好きなんでしょーねー。

「俺が言いたいのはそこにある白い奴らだ!」

 そう怒鳴る先輩が指差したのは窓の辺りです。

 窓には、私が、昨夜3時までかけて作った照る照る坊主全50体が仲良くぶらんぶらんと吊られています。照る照る坊主も50体も並ぶと壮観です。

「気持ち悪い! 外せ! 捨てろ! 貴様はよつばかっ!?」

 それはある特定の漫画を読んでいない人には意味不明な言葉ですよ?

「せっかく作ったのにー……」

 私は大変残念に思いながら照る照る坊主を取り外しました。先輩が望まぬこととなれば致し方ありません。

「気味が悪い! まるで集団絞首刑のようだ!」

 先輩は照る照る坊主たちを睨みながら怒鳴りました。

「しかし、先輩? 彼らは勇者なのですー」

「何? 勇者? 何だそれは? 貴様、ついに電波になったのか? それとも怪しい宗教に洗脳されたか?」

 酷いことを言う先輩です。電波になったのかという台詞の前に、ついにという単語が付いていることが余計に納得できません。

「彼らは勇敢に戦ったんですー」

「何とだよ?」

 先輩は呆れた顔で言いながら私の向かいに座りました。

「台風とです」

 そう。彼らは台風と戦ったんです。そして、それなりの戦果を上げてきたのです。あくまでそれなりですけど。

 テレビアナウンサーは言います。

「東に進んでいた台風11号は紀伊半島上に停滞し、速度を鈍らせています。この為、東海・関東への上陸はやや遅れ明日明後日となる予定です」

 照る照る坊主たちは台風の移動速度を緩め私に貴重な一日を用意してくれたのです。よく頑張ってくれました。

「ぐっじょぶ」

「いやいやいや」

 先輩はぶんぶん手を振ります。

「貴様、まさか、あの天気を見ても、まだピクニックだかに行く気なのか? 正気か?」

 私は頷きます。ピクニックに行かないのならば、今日という日に価値などありましょうか? 私的には殆どありません。

「狂ってる」

 先輩は心底呆れたといったふうの顔で呟き、窓から外を見ました。

 窓の外では寒そうな風が弱くはない力で吹きすさび、空は暗く灰黒い雲が覆い尽くし、いつ雨が降ってきても、いつ風が暴風と化してもおかしくはない天気です。つまり、かなりの悪天候。どんより嫌ーな天気。絶対に洗濯物は出せません。

「あんな天気で、しかも、台風が近付いてるっていうのに、ピクニックなんぞに出かける糞阿呆は貴様くらいのものだ」

 先輩はぶちぶちと文句を言いながら朝食を食べ始めました。

 不断の先輩なら眉尻を吊り上げ、目を怒らせ、よく回る口でベラベラと文句を10も20も立て並べるものです。

 しかし、今日の先輩は平素と比べれば少し大人しい気がします。こーいうチャンスは逃がしちゃいけません。

「先輩先輩?」

「ん? 何だ?」

「ちゅーしていいですか?」

「……殺すぞ?」

 先輩。酷いです。


「良い天気ですねー?」

「良い天気なわけないだろ。どこをどーやって何を見れば良い天気だって言えるんだ? 貴様の目は節穴か? その役に立たたずの目をえぐり取ってやるぞ」

 先輩はヤクザさんですか? ほら、あるじゃないですか。脅し文句で目玉売れとか。

「でも、やっぱりピクニックにはこの台詞じゃないですかー?」

「そりゃ普通ピクニックは良い天気の時しか、しねーからな。こんな曇天にピクニックをやるのは余程の変人か気違いだけだ」

 先輩は呆れ顔で私を睨みながら言います。本当に文句が多い人ですねー。

 しかし、普段の先輩ならば例えピクニック日和な晴天だとしても、部屋から出もしなかったことでしょう。それが、ぶちぶちぶちぶちと文句を呟きつつもピクニックというアウトドア的な行動に脅しとか交換条件とか無しの無条件で付き合ってくれるのは異例なことです。

 これは多分、あれです。私の夏休みも終わりが近いから、あまり私が騒いだり不満を溜め込んで暴走したりしないように、ガス抜きの目的で嫌々ながらまだ妥協できる段階で付き合ってくれているのでしょう。先輩は策士ですからねー。卑怯者とも言います。

 とにかく、ピクニックに付き合ってくれていることは素直に嬉しいので、今はそのピクニックを楽しむことにします。

 ピクニックというのはハイキングとは違って(ハイキングは正式な意味では山登りの軽いバージョンみたいなもんできちんとした装備と準備で行うものだそうです)、ちょっとした弁当を持って近場の自然溢れる場所まで散歩してお昼ご飯でも自然の中で頂く行為のことです。

 この辺りで歩いていける自然溢れる場所というのは限られています。

「で。ここか?」

「ええ、ここです」

 私にとってはかなり来慣れた場所。先輩にとってもまあまあ来たことのある場所。

「春日台公園か……。まあ、ここくらいしか適当な場所はないからな」

 先輩は呆れ顔で呟きます。先輩はさっきから呆れた顔ばかりしています。まるで私が呆れた人間みたいじゃないですか。失礼しちゃいます。

 私たちは曇り空の下、春日台公園を歩きます。先輩が若干強めの風を切って進み、その後をお弁当と飲み物を持った私がぽてぽて付いてゆきます。

「まったく、なして、こんな悪天候の中でピクニックなんぞという酔狂な真似をせんとならんのだ? 皆目意味不明だ」

 先輩はまだぶちぶち文句を言います。それでも、先輩が外に出て来ているのは昨日に交わした「雨天でなければ決行」という条文を守ってのことです。こーいうことがあるから、外交とか政治では条約や協定、法律の文言に拘るんですねー? うわー。勉強になちゃったー。文章とか言葉って大事ですねー?

 まあ、どうせ部屋の中にいても何かしらの文句を言っているでしょうから、文句を言うのは同じなんですけどね。

「ところで、俺は分からんのだが」

 ふと先輩が私を見て言いました。無駄に物知りな先輩にも分からないことはあったようです。

「ピクニックって何をするもんなのだ?」

「そりは盲点でしたー」

 私が答えると先輩は立ち止まりました。私も立ち止まります。

 先輩は眉間に指を当ててぐりぐりしながら、

「よし。分かった。つまり、貴様は、ピクニックとは何たるかも分からんままに思いつきでこの曇天の中、俺を外に連れ出したってわけだな?」

「ええっとー、大まかにはそーなりますねー?」

 私が答えると先輩はニッコリ笑いました。こーいうときに笑った先輩は必ず酷いことを言います。

「殴って良いかね?」

 やっぱり。


 結局、殴られました。


久し振りの更新です。

何だか、週末更新が定例化してきていますねー。

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