逃げ場を失った先輩と厄病女神
「「何でぇっ!?」」
私たちはやっぱり絶叫します。吃驚です。驚愕です。
2人は暫くの間、ただひたすら見つめ合っていました。
店内にいる何人かのお客さんと店員の人たちは、私たちがいきなり叫び出したので驚いてこっちを見ています。
場を妙な沈黙が支配しました。
「あ、あのー……」
少し経った頃、レジから店主さんが遠慮がちに声を掛けられ、私ははっとしました。
同時に先輩も茫然自失の混乱状態から復帰したらしく、動き始めました。
先輩は抱えていたダンボールを黒人の店員さんに押し付けると、踵を返して店の奥に向かいました。
当然、私は逃がしません。追わなければと意識するよりも早くに本能が足に命令を下し、一気にダッシュして先輩を追います。
「こらー! 店内を走るなー!」
ツインテールの女の子が怒鳴りました。
しかし、それを無視して私と先輩は少しの間、追いかけっこを繰り広げました。
「先輩ー! 何で逃げるんですかー!?」
「貴様が追いかけてくるからだ!?」
「じゃあ、私が止まれば止まってくれますかー!?」
私が呼びかけると先輩は暫し考えるように沈黙してから、
「うむ」
と、頷きました。
私はその言葉を信じて立ち止まりました。
先輩は走っていって、本屋さんから飛び出していってしまいました。
「騙されたぁぁっー!!!」
酷いです。先輩。
善太郎書店の自動ドアが開きます。
「あなた! 何処行ってたんですか!? バイト中でしょう!?」
ドアが開くと同時に店主の娘さんである大木文絵さんが怒鳴りました。
「いや、あー、うー、えっとだなー」
さすがに仕事中に職場放棄したことに責任というか負い目を感じているのか先輩は歯切れ悪くあーあー言っていましたが、文絵さんに恐い顔で睨まれて、珍しくも素直に、
「すまん」
と、珍しく素直に謝罪の言葉を口にしました。
「バイト代から差し引いてもらって構わん。なんなら、これからサボった分延長して働いても」
先輩が代替案を口にします。しかし、彼女は横に振り振り。
「必要ないです」
「……クビか? それはちょっと困るぞ」
文絵さんの言葉に先輩はあんまり困ってなさそうないつも通りの不機嫌顔で言いました。しかし、その言葉にも彼女は首を振り……ちょっと迷うような顔で振ります。何ですか。先輩をクビにしたいんですか? まあ、確かに先輩はいっつも恐い顔で不機嫌だし、無愛想だし、サービス精神なんて欠片もないから接客業なんて仕事は不向きも不向き。相性最悪なんです。
先輩を愛する者として、愛する先輩が蔑ろにされている事態に怒らなければいけない状況なのですが、どーにも反論や弁護ができません。無念です。先輩。ごめんなさい。
先輩は何となく釈然としない顔で首を傾げていました。
「あの子があなたの代わりの分を働いてくれましたから」
文絵さんはそう言って振り向きました。
同時に私は隠れていた本棚から立ち上がり良い笑顔で先輩に手を振ります。
「ぬぁっ!? 何故、絹坂が!?」
先輩は反射っぽい感じで瞬時に後退りました。反射でそんな反応されるようになるなんて何だかかなり寂しいです。
先輩は咄嗟に逃げようと体を少し捻りましたが、ちょっと斜め後ろを見ながらじっとしていました。何か考えてるみたいです。
「はぁ……」
少しして先輩は憂鬱そうに溜息を吐きながら姿勢と体の向きを元に戻しました。
「貴様。何でここにいる?」
そして、不機嫌そうな顔で私を睨みながら言うんです。何でって……。
「本買いに来たんですー。本屋に来る理由なんてそれだけでしょー?」
本屋に日光浴しに来る人とかダンスしに来る人なんて聞いたことも見たこともありません。
「くそ。本を買うなら別の店で買え! ここで買うな!」
先輩はそんなことを怒鳴りだしました。そんなこと言ったらお店の人に怒られちゃいますよ? てか、先輩、バイトとはいえここで働いてるんですよね?
「ちょっとぉっ!? あなた、何言ってんですかっ!」
案の定というか当たり前の如く文絵さんに怒られます。
「あー。失敬」
先輩は気まずそうな顔で言います。何だか今日の先輩弱い。これが使用者と労働者の立場の違いってやつですかー。
「失敬とかじゃないでしょ!? 大体、あなたはうちの店員としての自覚とかそーいったものが!」
「まあまあ、いいじゃないか。文絵。そんな怒らなくてもー」
「お父さんがそーやっていっつも甘いから!!」
文絵さんの怒りは店主さんに飛び火します。黒人の店員さんは慌てたようにおろおろし、もう一人の目の細い女の子は、
「静! 寝ない!」
レジでうつらうつらして眠りそうになっていたところを文絵さんに怒鳴られました。
三宅さんはむくっと顔を上げてきょろきょろと周りを見回しました。
「寝てないよ?」
「「「いや、寝てたから」」」
何人かが同時にツッコミました。
三宅さんはぼんやり無反応。
「てか、貴様。本は買ったのだろう? なら、さっさと帰るがいい。本を買った後、本屋に半刻もいる奴がいるか? おるまい」
先輩は不機嫌そうに言います。全身からさっさと帰れオーラを発散させています。
しかし、今の私は結構有利な状況にあるのです。
「ちょっと、あなた。何言ってるの」
文絵さんが怒った顔で言います。
「さっき言ったでしょ? この子があなたの代わりに働いてくれたっていうのに」
そうなのです。私は先輩が外に逃走した後、その後を追うことはせず、この善太郎書店で先輩の身代わりとして働いてあげていたのです。
「先輩? 貸し一つです」
私はニッコリ笑って言ってあげました。先輩は青い顔でむっつりしていました。
これで、先輩の逃げ場は失われました。へっへっへー。また一つ外堀を埋めれましたー。
あと5話くらいで厄病女神の夏休みは終わる予定です。
上手く予定通りになれば良いのですがー。