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善太郎書店員と厄病女神

 私は本をまあまあ読む人間です。

 大体は漫画とかライトノベルですけど、本には変わりありませんよね? だって、本屋さんで売ってますし。

 そんなわけですから、私はたまに本を買うべく外出することがあります。受験生なんだから本なんざ参考書と教科書以外読むなとか思うかもしれませんけど、まあ、受験生にだって息抜きは必要ですよね?

「貴様に抜く息があるのか?」

 以前、私が言うと、先輩にそう返されました。あるのかなー?

 とにかく、あるかないか分かんない息を抜くべく私は本を読もうと思いました。しかし、粗方の本は既に読んでしまっているのです。それじゃあ、買いに行かないといけません。

「と、いうわけで、私は本屋に行きます」

 私は宣言しました。

 しかし、返事はありません。それもそのはず。当然なのです。

 この時、先輩はバイトに出掛けていたのです。確か大学の側にある本屋だそうです。でも、詳しい場所は分かりません。何故だか、先輩が過剰とも言えるほどに執拗に隠すので未だに分からないのです。残念無念。

 まったく、何故に、そこまでバイト先を隠す必要があるのでしょうか? そんなにも私から身を隠したいのでしょうか? おかしな先輩です。

 親しき仲にも礼儀あり。とは、よく言われる言葉です。昨今は友人同士でも恋人同士でも家族間でも酸っぱいくらいにプライバシープライバシーといわれる時代です。世の中の人にはそんなに隠したいほどやましいものがあるのでしょうか?

 とにかく、そんな風潮な最近ですけど、私には関係ありません。

 ずんばり! 私と先輩の間にプライバシーなんかいらないんです! ノープライバシーです! プライバシー邪魔ー!

 でも、先輩は生粋のプライバシー主義者らしいのです。私が寝室に入るのを良く思っていないみたいですし、着替えもお風呂も見させてくれませんしー。私は見られても大いに結構なのにー。

 とにかく残念なことだと思いつつ部屋を出ました。


 今日の天気は曇りでした。それでもやっぱり夏なので暑いのは暑いのですが、太陽光が遮られ、まま風もあり、暑さもまだマシになったとは思える天気でした。これなら先輩の太陽に対する呪詛じゅその言葉もやや減っていることでしょう。

 先輩の機嫌が良いことは何よりですが、それでも、私はこんなどんよりとした昼なのに明るさが薄く朝方だか夕暮れだか何だかかんだか分かんなっちゃう曇りの日がそんなに好きにはなれません。

 空全体を雲が覆っているとはいえ、その雲は結構薄いようで今にも雨が降り出すといった気配はありません。でも、夜くらいには振り出すかもしれません。

 私はそんな朝だか夕だか分かんないような明るいとも薄暗いとも言い難い天気の下を歩いていました。

 近所にある商店街をぽてぽて歩いていくと私がよく訪れている本屋さんが見えてきました。

 その本屋さんは善太郎書店という名前のお店で、個人店舗にしては品揃えが良く、欲しい本があったら取り寄せてくれますし、店主の人は何だか良い人ですし、ちょっと可愛い女の子もいますしー。

 あと、お隣に良い雰囲気の喫茶店があるので、買った本片手にそこでお茶しても良いのです。そこのモンブランが美味しくてですねー?

 先輩はそんな洒落っ気のある所が嫌いそうですけど。似合いそうなのに……。

 先輩には秋が似合いそうです。秋の喫茶店で難しい文庫本を読みながら、時折、優雅に珈琲カップを傾ける先輩。自然と組まれた長くしなやかな足、本の文字を追う鋭い瞳、珈琲カップを掴む細い指、カップに口付ける薄い唇……はぁはぁ……何だか想像していたら鼻血出そうです。

「おっと、いかんいかん」

 鼻腔の奥がツンと痛くなり、私はその辺りを摘みながら呟きました。こんな街中で鼻血を噴出させるような恥辱を味わいたくはありません。

 私は噴出しそうな鼻血を少し気にしながら善太郎書店に入りました。


「いらっしゃいませー」

 そう私に声を掛けてきたのは店主の娘さんです。長いツインテールの勝気そうな小柄の少女です。私は背が高い方ではありませんし、どっちかといえば低い方ですが、その私よりも少し背が低い人です。

 あぁー。かわいらしなぁー。中学生でしょうか? 夏休み中にお店のお手伝いなんて偉いですねー。

 私は何だかまったりした気分で受験生らしく参考書売り場に行きます。私は英語嫌いなので、日本猿でも英語が分かるようになる参考書が欲しいのです。

 参考書売り場に行くと、大きな人が立っていました。本当に大きな人です。日本人にはありえない大きさ。それも当然。だって、日本人じゃないもの。

「イラッシャイマセー」

 その黒人さんは片言の日本語で言いました。

「スイマセン。スイマセン」

 申し訳なさそうな顔でしきりと謝りつつ、へこへこと頭を下げながら狭い通路を通っていきます。通路ですれ違うことが、そんなに申し訳ないことでしょうか?

 私は少し首を傾げつつ本棚に並んだ参考書の背表紙を眺めます。英語英語。ありました。

「……きじでも分かる英語……」

 日本猿はありませんでしたが、雉はありました。何故、雉かって、雉は日本の国鳥ですからねぇ……。でも、雉は国鳥なんていう名誉ある役職にありますから、バイリンガルじゃなくても生きていけると思います。それよりはからすとかすずめの方が、競争率が高いから出世するにはバイリンガルでなくては……。

「……面白いよ」

 いきなり、脇から声を掛けられました。

 横を見ると、細い目のこれまたかわいらしい少女がぼんやりした顔で「雉でも分かる英語」を見ていました。

「面白いって……つまり、何が?」

 私は首を傾げます。

「それ」

 彼女は「雉でも〜」を指差しました。変てこなタイトルの英語の参考書を。

「……面白いんですか?」

「面白い。笑える」

 私の問いに彼女は頷きました。

 面白くて笑える参考書って何でしょう? 勉強に役立つんでしょうか? 本当に雉でも分かるようになるのでしょうか?

「うぅむ……」

 私が唸っていると、いつの間にか細い目の少女は姿を消していました。そーいえば、彼女はここの店員だったはずです。仕事のしてるの?


 私は「雉でも〜」とあと続きが出ていた何冊かの漫画を買うことにしました。

 それらの本をレジに持っていくと、

「はいはーい、ちょっと待って下さいねー」

 と、愛想の良い顔で言いながら、レジに小走りでやってきたのは中年の福福しい人の良さそうなおじさんです。この人こそが善太郎書店の店主さんです。何度か顔を見合わせているので既に顔見知りの仲です。

「奥の倉庫から持ってきたぞ。三宅、フィリップ、並べるの手伝ってくれ」

 店主さんが会計をしてくれている間、ぼんやりしていると、背後から声が聞こえてきました。私にとっては何とも聞き慣れた声であり、聞き分けることに関してはとりわけ自信がある声です。

 私は「まさか!?」と思いながらばっと振り返りました。

 そこには本の入ったダンボール箱を抱える先輩。

 目が合いました。

「「なーっ!?」」

 私たちは2人で仲良く絶叫しました。


何とかギリギリ午前中更新に間に合いました。


ところで、読者数が30000を超えました。嬉しい限りです。これも日々、読んでくれる皆様のお陰です。謹んで御礼申し上げます。

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