衝撃的事実に気付く厄病女神
大事なことに気付く時ってのは、それは大概、どーでもいいようなことをしている時だったりします。
例えば、食器を洗っている時とか、お風呂で頭を洗っている時とか、トイレで踏ん張ってる時とか。まあ、日常生活においては、すんごい重大なことをしていることの方が少ないですけどね。
そして、私は先輩の部屋に転がって消しゴムをじっと見つめている時にある大事なことに気付いたのです。
何故、私がそんなことをしていたのかといえば、私は先輩と同じ大学に進み薔薇色のキャンパスライフを目指す受験生なので、暇があると勉強をするように努めているのです。何たって、今は受験用語で天王山です。天王山ってどんな山でしょーね? やっぱすんごく高くて立派なお山なんでしょうね。何たって、天王ですよ。天王。天の王様。偉そうですよねー。
そうそう、そんなどーでもいい話は本当にすんごくどーでもいいんです。消しゴム見てたのだって、ただ、勉強に疲れて飽きて、ぼーっとしてただけなんです。
大事なのは、そう、大事なことに気付いてしまったってことです。その大事なことっていうのは、つまり、全てのものには終わりがあるってことです。
何にだって、終わりはあるものです。時間は止まらないし、無限でもありませんからね。ほら、この消しゴムにだって、今、いるこの建物にだって、人にだって、日本という国にだって、地球という星にだって、いつかは終わる時が来るでしょう。そのいつかってのは知りませんけど。
何か哲学っぽいこと言ってますけど、これも先輩の受け売りです。私が言うことの半分近くは先輩に影響を受けていると言って過言ではないのです。
何にでも終わりがあるってのは先輩の持論なのです。そのくせ、先輩は終わりのある人生を有意義に生きていないような気がします。何だか矛盾します。人生に終わりがあるのならば、終わりが来るまで、有意義に過ごせば良いのに。先輩は時間と人生を空費することに躍起になっているような気がします。
ああ、これも関係ないですね。
そう。つまり、全てのものには終わりが来るんです。
当然、夏休みにも。
私は気付いてしまったのです。今日は八月最後の週です。来週には地元に戻って、高校に行って、夏休み前のような変わり映えのない青春ってやつを謳歌しなくちゃいけないんです。
はっきり分かり易く言いますと、地元に帰らんとならんのです。先輩と別れて。
「うぎゃー!! そんなん嫌じゃー!!」
「うるせぇっ! 黙って勉強しろ! 落とすぞ!」
私が不幸感に苛まれて我慢できずに叫ぶとすぐ近くでまたまたムツカシそうな本を読んでいた先輩が叫び返してきました。先輩には私の気持ちなんか分からないんだー! まあ、以心伝心なんていうハイレベルなことは簡単にできなくて当たり前なんですけどね。
「あれー? でも、先輩ー? 落とすぞっていう台詞はどーなんでしょう? 普通、落ちるぞじゃあ?」
「ガタガタぬかしている暇があったらとっとと勉学に励め。冗談抜きで浪人するぞ」
もう、何で、そんな受験生には禁句な台詞をすぱすぱ言うんでしょう? 私が落ちても良いと思ってるんでしょうか?
「はっ!! ましゃかっ!?」
私はまたまたある重大な事実を考え付いてしまいました。
もしかしたら、先輩は私に落ちて欲しいと思っているのでは? だから、こんなにも落ちるだ落とすだ浪人だと酷い台詞をぽこぽこ言えるんです。
こんな衝撃的事実に気付いちゃったら、思わず声も出てしまうというものです。アルキメデスが「エウレカッ!」と風呂で全裸で叫んだのと一緒です。叫ばずにはいられないのですよ。
「貴様。本当に煩いぞ。受験で落ちる前に窓から落とすぞ」
しかし、先輩は私とアルキメデスの気持ちを理解してくれなかったらしくドスの聞いた恐い低い声で言いました。受験で落ちても死にはしないけど窓から落とされたら当たり所悪いと死ぬかも。
「先輩ー。その歳で犯罪に手を染める気ですかー?」
「卒業式で誰かさんを事故に見せかけて殺そうとした誰かさんには言われたくない」
うぐ。そんな丸一年以上前のことをまだぐちぐち言いますか。執念深いっていうか何ていうか。
私は自分なりに恐いつもりの顔で先輩を睨みます。気持ちを理解されなかった私とアルキメデスによる仕返しです。
「……そんなぶーたれた顔するな。きしょい」
酷っ! 女の子相手にきしょいってどれだけSなんですか? 私はMじゃないです。あ、でも、先輩が責めてくれるならちょっとくらいなら酷いことしても良いよ?
「じゃかぁしゃぁっ! ええ加減にせんとぶん殴っぞっ!?」
おっと思っていたことが声に出ていたようです。先輩は顔を真っ赤にして怒鳴ります。そんなに顔赤くするまで怒らなくてもいいのにー。まるで恥ずかしくて赤面してるみたいで私勘違いしちゃいますよ?
先輩は自分が赤く熱くなっていることに気付いたらしく、両手を顔に押し当て始めました。先輩は冷え性なので、手が冷たいんです。顔が熱いときは手で冷やす習性があるんです。
「いいから、黙って勉強してろ。本当に落ちても知らんぞ」
顔を両手で覆いながら言いました。
仕方がないので私は勉強を再開しました。ええっと、第一次世界大戦に伴う米の物価上昇で富山県を発端として起きた米騒動で総辞職した内閣はー、山本権兵衛内閣かなー? それとも寺内正毅内閣? そーいえば、寺内元首相はビリケンさんに似てたからビリケン宰相って呼ばれたそうですね。
「はぁっ!!」
そこで私は再び何の脈絡もなく思いついてしまいました。
先輩は今度は怒鳴りませんでした。ただ、黙って、私に座布団とかティッシュ箱とかを投げてぶつけてきます。
「うわぁっ! 止めて! 物をぶつけないで下さーい! 物を投げないで下さーい!」
私は結構分厚い日本史の参考書で顔をガードしつつ先輩の理性に呼びかけます。
「先輩ー。そんな暴力なんていう野蛮で低俗な行為に手を染めて良いのですかー!? よくよく落ち着いて考えて下さーい!」
「くっ……」
先輩は野蛮なことや低俗なことを何よりも嫌い軽蔑しているので、こうした呼び掛けには大きな効果があります。
先輩は物を投げるのを止め、代わりに不機嫌な視線を飛ばしてきました。これは見慣れているので無視できます。
さて、ところで、今度、私が思いついたことは何かといえば、つまり、もしかすると、先輩は私が受験に落ちれば良いと思っているわけではなくて、合格して欲しいと思っているのではないかということです。
だってですよ? 落ちて欲しい奴に先輩が「勉強しろ」なんて言うわけないじゃないですか。
先輩は本当に酷い人なので落ちて欲しいような人には社交辞令でも「勉強しろ」なんて言わないのです。たぶん「落ちろ」とも言いません。軽やかに冷たい態度で無視するだけでしょう。
「もう本当に黙って勉強してろよ」
先輩は不機嫌そうに言いました。
成る程成る程。そう考えれば先輩の叱責も嬉しく思えます。
「な、何だ。貴様、いきなりニヤニヤ笑いおって気持ち悪い……」
そんな顔で気持ち悪いなんて言わなくても……。
昨夕に厄病女神がやって来る前の話である短編を投稿致しました。宜しければそちらの方も御覧下さいませ。
そして、総読者数が近いうちに30000を超えそうです。嬉しい限りです。