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元の状態に戻って幸せな厄病女神

 京島さんはそこに根が生え、先輩と糊がついたが如くに離れ動こうとしない為、私と先輩は暫くの間、声を掛けたり、揺さぶったり、多少乱暴に刺激を与えてみたりしました。

 時間にして10分ほどが経過した頃、こりゃもう救急車でも呼んだ方が良いんじゃないかと思い出した頃合になって、彼女は突然、意識を取り戻しました。

 はっとした表情で私を見て、密着急接近した先輩を見て、凄い今更な感じがしますが、あわあわと慌てだし、あろうことか先輩を突き飛ばし、きびすを返して、ダッシュで部屋を飛び出しました。哀れ先輩はテーブルに後頭部をしたたかに打ちつけぐったりしてしまいました。

 京島さんは玄関を出た途端、2階であるここから地面に真っ逆さまに落ちてしまうのではないかと思うくらいの勢いでドアを跳ね開け、それでも間一髪くらいで落ちることはなく、20数段はある階段を3歩くらいで降りて、もう、ばびゅんという擬音が適当なくらいの速さで走っていってしまいました。凄いです。


「先輩先輩。大丈夫ですかー?」

 玄関のドアを閉め、私は先輩に駆け寄ります。

「くそう……。痛い。何故、こんな目に遭わねばならんのだ……。今日は厄日だ……」

 そう鬱で不幸な感じに呟いてから先輩は時計を見やり、深い溜息を吐きました。

「その厄日がまだ10時間も残っている。一体、今日という日を何話構成にする気なのだ……。時間進まなさ過ぎだろ……」

 ぶちぶちと文句を呟く先輩です。

「まあまあ、先輩。機嫌を直してー」

 私が言うと、先輩は恨みがましそうな目で私を見やってから、

「誰のせいで、俺が機嫌を著しく損ねていると思ってやがる……」

 何やら、ぶちぶちと呟きました。聞こえないなー。

「さてー、先輩ー。夕飯のおかずでも買いに行きましょー」

「何で、貴様と買い物になんざいかんとならんのだ。俺は精神的に極めて重度の疲労状態にあるのだ。ぐったりさせろ」

 先輩は刺々しい態度と声で言います。やっぱり、ご機嫌斜めのようです。先輩は何でもズルズルと引っ張る習性が強いのです。嫌なことは忘れてどんどん進んじゃえば良いのにねー。

「むー。先輩ー。行きましょーよー。一緒にー買い物ー」

 不貞腐れたように座り込む先輩に私は呼びかけます。先輩の顔を見ようと、移動すると、何故か先輩はふいっと顔を背けます。む。嫌がらせですか。

「何ですかー。先輩ー。私の顔見て下さいよー。どーして顔を背けるんですかー?」

「うるさい。黙れ。どっか行け。俺は非常に機嫌が悪いのだ。失せろ」

 失せろとまで言われましたよ。しかも、早口で。噛みもどもりもせず。酷いです。

 これは調子に乗りすぎて、本格的に嫌われたかもしれません。顔も見たくないって感じですか。

 そこまで嫌われると私はとても哀しい気分になってしまいます。だって、私は先輩が好きなのですよ? 好きな人に嫌われることのどれだけ哀しいことか。

「うー。先輩ー。意地悪しないで下さいー」

 私はそう言いながら、背後から先輩にのしかかりました。のしかかったことには大した理由も意味もありません。ただ、哀しくって甘えたくなったのです。

「あー! もう、くそ! 離れろ! 重い! 買い物行ってやるからそんなことすな!」

 やっぱり先輩は良い人ですー。


 ご機嫌な私といつも通り不機嫌な先輩は一緒に外をぶらぶらと歩いていきます。歩きながら今日の夕飯の献立を考えます。

「ねー。先輩ー。今日の夕飯に何が食べたいですかー?」

「何でも良い。あっさりたもん」

 私が尋ねると先輩はむすっとした顔で答えました。何でも良くないじゃないですか。

「えーとー。じゃあ、しゃぶしゃぶなんてどーですかー?」

「暑いから嫌だ。糞。夕方だってのに暑いし、蝉はうるせえし。潰すぞ」

 先輩は血走った目で近くの街路樹を睨みつけます。蝉だって一生懸命生きてるんですから良いじゃないですかー。

「何が良いのか具体的に言って下さいよー」

「刺身。蕎麦。素麺」

 先輩に食べたい食事を尋ねると大抵こんな台詞が返ってきます。

「……先輩ってそればっかですねー」

「煩い。俺の好みに文句を言うな」

 私たちは仲良く(少なくとも私はそういう気分で)近所のスーパーに入りました。


「やあ。後輩。そして、絹ちゃん」

 珈琲牛乳を買い物籠に入れるべきか否かで私と先輩が睨み合っていると、聞き慣れた声が聞こえてきました。

 先輩がそちらの方に顔を向けます。その隙に私は珈琲牛乳を入れます。朝はやっぱり珈琲牛乳でしょう。

「何だ。二十日先輩か。何の用ですか?」

 先輩は不機嫌モードなので、大学の先輩で住居の大家さんで管理人である二十日さんに素っ気無く応じます。

 二十日さんは買い物籠にビールやら日本酒やらをしこたま入れています。あとはおつまみ類。重そうです。

「おいおい、機嫌悪いなー。何だとは何だよー。そーだ。あのさ。これから」

「飲みにこんで下さいよ。俺は今、酒を飲む気分じゃないですから」

 二十日さんが全部言い切る前に先輩ははっきり断ってさっさとその場を後にします。今日の先輩は一味違うぜ。


「おっ邪魔するーぜー!」

「ちょっ! ちょっと、二十日先輩!」

 買い物から戻った私たちよりも先に二十日さんが部屋に乱入します。大家さんで管理人ですから当然、合鍵を持っています。ついでに、彼女は何故か私たちの買ったものが入ったスーパー袋を持ってます。

 対して、先輩は二十日さんが買った酒類の入ったスーパー袋をぜいぜい言いながら運んでいます。

 これは二十日さんが、

「重いから持ってくれー。女の子が困ってたら助けろよー」

「しかし、俺にも荷物が……」

「じゃあ、それはあたしが持つから、こっち持って」

「あ、え、何を勝手に、重っ!」

 という感じで無理矢理先輩に酒類満載のスーパー袋を持たせ、私たちの買ったものが入ったスーパー袋を強奪して走っていった為です。

 そして、なし崩し的に二十日さんは部屋に居座り、先輩はお酒に付き合う羽目になり、私はお酒の肴を用意するのです。

 全て、今までどおりです。こんな風な生活が続けば良いなーと私は思うのです。ただ、もっと先輩と良い仲になりたいですけどねー。

 私は幸せな気分でお酒の肴を用意していました。

 しかし、私は失念していたのです。避けられない。重大なことがゆっくりと、しかし、確実に近付いていることに……。


元の状態に戻りました。元鞘ってやつですな。

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