弱った先輩と厄病女神
かわゆい女の子に抱きつかれれば、大抵の男の人は嫌な気はしないです。例外は、ホモとかゲイです。しかし、ホモとゲイって何が違うんですか? いや、そんなことはどーでもいいんですが。
女の子に抱きつかれるだけども嬉しいことだというのに、それが女の子2人ともなれば嬉しさ2倍です。2倍2ばーい。人によってはっていうか殆どの人は永久に経験できないことであり、普通の男の人ならば泣いて喜ぶべき事態です。てか、感涙すべきでありしなければいけないのです。
ところが、今、前後からうら若い乙女に抱きつかれている幸せ者……つまり、言わずと知れた先輩は恥ずかしがるのは分かるのですが、何故だか、さっきから、
「やめろ! 離れろ!」
と、大変に煩いのです。
嬉しくないわけはないでしょうに、全力で嫌がっているのです。照れ隠しに言っているようにも思えません。
変な人だ変な人だと思ってきましたが、ホモでもゲイでもないくせに女の子に抱きつかれて嫌がるなんていう変人だとは予想外です。
暫くすると先輩は喚き疲れたのかぐったりしてきました。普段酷く強情に見える先輩ですが、実は意外と軟弱な人なのです。普段は強情すぎる程に強情なのですが弱ったときはとことん弱く、一旦、折れてしまうと、病弱なお嬢様のようにか弱い人になってしまうのです。
これはチャンスです。
弱った先輩は、もう何もかもが面倒になってしまうのかとても投げやりで、その時に何か要求をゴリ押しすると、あっさりコクンと頷いてくれるのです。弱みに付け込むみたいでちょっと気が咎めるのですけれど、まあ、こーいう時くらいしか先輩に言うことを聞かせられないので、しょうがないことですよね。
「ねーえー、先輩ー?」
「何だ貴様。気持ち悪い声を出すな」
先輩は刺々しい声で素っ気無く言います。まあ、いつものことなんですけど、傷付いちゃいます。気持ち悪いって……。自分の立場っていうのをまだ分かっていないようです。
私はさり気無く、前に回していた手を首の辺りに移動させ、無理矢理、先輩の顔をこっちに向けさせます。私たちは先輩の腕の上から抱きしめているので、先輩は腕を自由に動かすことができない状況です。よって、先輩は首力のみで私の攻撃に抵抗しなければいけません。
「いだだだだだっ! 貴様! 俺の首を折る気か!? それ以上、回らんぞ!?」
まあ、いくら、か弱い女の子である私が相手とはいえ、当然、首力だけでは両手を用いる私に対抗することは不可能です。先輩、首細いし。
先輩と私は無理矢理向き合いました。目と目が合います。
「先輩ー。私と取引をしましょうー?」
「取引だと? その前に首を離せ。首が攣りそうだ」
「これからー、外出する時は私に行く場所と帰ってくる時間を伝えて下さいー」
先輩の言葉を無視して私は言います。何だか、嫉妬深くて束縛する人みたいで嫌ですけど、毎度毎度こんな風に家出されては困ってしまいます。この約束はそれを防ぐ為の予防策なのです。
「何だとぉ?」
案の定、先輩は不機嫌そうな顔をします。元気だったら怒鳴っていることでしょう。
この状況を逃れる為に、テキトーに空約束をしておくという手段を先輩は持ち合わせていません。先輩はプライド高い人で、約束を破ることはプライドを傷付ける行為であるらしく、一度した約束はしっかりと守る人なのです。破るのが前提の空約束などできようはずがありません。
「は? 何で、そんな小学生とお母さんの約束みたいなことを貴様とせんとならんのだ? ふざけてんのか? 蹴っ飛ばすぞ?」
先輩はものすんごく不機嫌そうな顔で毒を吐きます。
しかし、そんなことに屈する私ではありません。そして、私が先輩の首を無理矢理私と向き合わせているのは何となくではないのです。目を合わせて喋るのは当然ではありますが、物凄く大事であり、必ず遵守しなければいけないことってわけでもないのです。
ちらっと京島さんを確認します。京島さんは自分から先輩に抱きついているくせに顔を真っ赤にして沈黙不動の体勢でいます。
よし。邪魔をされることはないでしょう。
私は先輩の目を真っ直ぐ見つめます。先輩は少したじろいで首を下げようとします。しかし、私はそれを許しません。先輩の首を押さえながら、小声で言います。
「言うこと聞いてくれないとキスしちゃいますよー? 口にー。ぶちゅーっと」
正常な男性ならば普通に喜ぶべき私の提案を聞いて、極めて失礼なことに先輩は青ざめました。本当に失礼ですね。自分から脅し…もとい、交渉の材料に使っておいてなんですが、傷付いちゃいますよ。
「何ですかー? その嫌そうな顔はー?」
「嫌だから、嫌な顔をしているのだ」
私が尋ねると先輩ははっきりと言いました。本当に失礼ですねー。男性たるもの女性を大事にしなくちゃいけないのにー。
「とにかく、そーいうのは勘弁してくれ」
先輩は困った様子で言いました。やはり、疲労が蓄積され怒鳴り散らす気力もないほどに弱っているようです。
しかし、何度も言いますが、私とのキスがそんなにも嫌なのでしょうか? 失礼しちゃいます。
「それじゃあー、私がさっき言った約束をして下さいー」
それでも、私はめげずに言うのです。健気ですねー。
「く……卑怯者め……」
先輩は悔しそうに呻きました。
唇を噛んで恨みがましそうに私を睨む先輩も素敵ですー。
先輩は悩んでいるようでした。何故かは知りませんが私とのキスは嫌で避けたいけれど、私如き(先輩はよくそう表現します)に拘束されるのは先輩の尊大な矜持が許さないのでしょう。
私は決断を促すべく唇を近付けます。勿論、手は先輩の後頭部にやって、頭を逃がせないようにしておきます。
「わ、分かった。貴様の言うとおりにしてやろう」
先輩は結構、あっさりと私の条件に屈しました。やっぱり、弱っていたようです。しかし、態度や口調はあくまで尊大なのですから、やっぱり変な人です。
「その代わり、あー、あれだ。その、檜のことは、聞くな。話題に出すな? いいな? それだけは頼む」
先輩は不機嫌そうに怒った顔で言いました。いつもの恐い先輩のような感じです。
しかし、先輩と密着して、すぐ側で先輩と見つめ合っている私には、その瞳の中に悲しみとか恐れとかが多分に含まれているのが分かりました。
「さて、それでだな。いい加減、さっさと離れてくれ。条件を呑んだだろ?」
「それはキスをするかしないかの交換条件であって、こっちは関係ないですー」
私が屁理屈を言うと先輩は不満そうに顔をしかめました。先輩だってよく言うじゃないですかー。屁理屈。
「でも、まあ、私は優しいから、許してあげますー」
私は先輩の背中から離れました。名残惜しい……。
これで一件落着。めでたしめでたし。
では、まだ、ありません。
「あー、君、君、京島や。そろそろ、離れてくれないか? 俺は色々とヤバイことになってしまうよ」
困ったように言う先輩の声も、先輩を正面から抱きしめる京島さんには聞こえていないようです。
京島さんはただ顔を真っ赤にして沈黙・不動のまま先輩の体にしがみ付くばかり。羨ましいってかズルイです!
ラブコメな展開を収拾させましたー。よかったよかった。
この週末にもう1話くらいは更新したいものです。