スキンシップと厄病女神
「先輩ー」
私はてててーっと先輩に駆け寄ります。
先輩は不機嫌そうに私を一瞥しただけでしたが、気にしません。そのままの勢いで私は先輩に抱きつきます。
窓辺に立っていた先輩の背中に体を押し付け腕を回してしがみ付きます。
「「なぁーっ!?」」
先輩と京島さんがほとんど同じタイミングでほとんど同じ台詞を叫びました。ちょっと妬けちゃいます。しかし、今の私は気にしません。何てったって、今、私は世界で最も先輩と近いところにいるのです。それって、とても素敵なことだと思いませんか?
「いきなり、何をやっておるんだ貴様は!?」
先輩が怒鳴ります。いつのまにか煙草は消えています。まあ、それは良いことです。私はどーも煙草が好きではないのです。
「き、きき、君は、何をやってるんだっ!?」
京島さんがかなりどもりながら先輩とほぼ同じことを叫びます。それでも表情は薄いです。そーいう人なんですね。
「何って、ちょっとしたスキンシップです」
私は答えます。
「ちょっとしてねーだろ!? 離れろ!」
先輩が怒鳴りました。かなり近いので耳が痛いです。でも、そんなことで挫ける私ではないのです。先輩にはもう何百回も怒鳴られてきたので慣れっこなんです。
先輩の怒声もなんのその。私はぎゅーっと先輩の背中に抱きつきます。
「…………すーはーすーはー」
何となくっていうか普通に興味があって臭いを嗅いでみます。
「貴様!? 止めれ! 変態か!?」
「先輩の臭いがしますー」
「……っ! 本当に止めろ! ぶっ飛ばすぞ!」
先輩はぐるぐる動いたり、私の腕を引っ張って離そうとしたり、手を後ろにやって、私の頭を掴んで引き剥がそうとしたりします。それでも私は離れません。私の執着心を甘く見ないで頂きたい。
「こ、こんな、真昼間から抱き合うなんて、は、破廉恥だぞ!」
京島さんも怒鳴ります。無表情な感じだけど、顔色はトマトみたいに真っ赤です。
ふと私と京島さんの視線が合いました。大好きな先輩に密着して幸せな私と破廉恥だと叫ぶ真っ赤な顔の京島さん。
「ふふん」
と、私は密かに笑みを浮かべます。
「むむ」
京島さんは顔をしかめます。
「こら! 絹坂! 離れろ! この阿呆め!」
騒ぐ先輩を他所に静かに睨み合う私と京島さん。
先輩は暫く間、ぎゃーぎゃーと騒いだり私に罵声を浴びせたりしていましたが、はっと私と京島さんとの間に流れる不穏な空気に気付きました。
「む? 何だ? この気まずい空気は? 何で、お前らはそんな恐い顔で睨み合ってるんだ? な、何事なのだ?」
先輩は状況を飲み込めず混乱しています。
勝ち誇る私と悔しそうな京島さん。
この間、視線は一度も外されていません。また、会話は一度もなされていません。しかし、互いの言いたいことは十二分に伝わっていました。言いたいこと、それ即ち、
「羨ましいでしょう?」
「羨ましい!」
これのみです。
暫く恐い顔をしていた京島さんですが、おもむろに動き出し、あろうことか、先輩に体当たりするような感じで抱きつきました。
「ぐふぅっ!」
当たり所が悪かったらしく苦悶に満ちた呻き声を上げる先輩など私たちには関係ありません。ていうか、京島さん、ズルイです! 先輩の前側に抱きつくなんて! 背中も嫌いじゃあないってうか好きだけど前の方が良いのです! ズルイズルイ! そもそも、先輩は私のもので、先輩に抱き着いて良いのは私だけなのです。
今までご機嫌だった私はみるみる不機嫌になり、自然と頬が膨らみます。
「き、貴様らは、何のつもりだ!? 止めれっ! くっ付いてくるな! アレが当たっているぞ!? 女子がそんなことをしてはいかんぞ!?」
先輩は顔色を赤くしたり青くしたりしながら喚きます。前後を可愛い女の子に挟まれて何が不満だというのでしょうか? 不思議不思議ー。
「京島さん、先輩が嫌がってますよ?」
私は先輩の肩越しに京島さんを睨みながら言います。
「いや、彼は君に言ったんじゃないのか?」
京島さんは素晴らしく赤いけど表情のない顔で答えます。
「いや、両方迷惑だ! 離れろ!」
先輩の言葉は当然の如く無視です。
というか、双方更にぎゅうぎゅうと体を当てます。
「一体、何なんだ!? このラブコメチックな展開は!?」
いや、だって、一応、これラブコメですしねー。たまにはこーいうラブコメなことをしてもいいでしょー。あ、何だか、これ言わされてる感じがしますよ?
先輩はこの状況から逃れようとばたばた動こうとして、しかし、動くと余計に色々と不都合らしく動けないでいます。
「むー」
「ぬー」
私と京島さんは不機嫌そうな顔で睨み合います。お互いに思っていることは同じでしょうね。
「彼女がいなければもっと色々とできたのに……。邪魔くさ」
こんなことを思いながら、更に体を大好きな人に寄せます。
「だから! 止めれって! 恥ずかしいだろ!? 顔が熱いぞ!? ぎゃー!」
先輩は泣きそうなのか怒ってるのか分かんない顔で悲鳴のように怒鳴るという、とっても奇妙なことをしていました。
何だって、この人はこんなにも嫌がっているのでしょうねー? こんな可愛い女の子2人に抱き付かれれば男性は皆幸せでしょうに。世の中の男性諸兄に言ってみなさいよ。妬み殺されますよ? この幸せ者ー。
「は」
思い出しました。先輩は感情を正直に出さない(出せない?)人だと分かったばかりではないですか。
ならば、これは、実は喜んでいるのではないでしょうか? いや、そうに違いないのです。やっぱり、先輩も男の子ですねー。
私は更に体を先輩に寄せました。京島さんも対抗するようにくっつきます。
「だから! 止めろって! いい加減にしろ! 貴様らぁっ!」
先輩の悲鳴に限りなく近い怒声が狭い部屋に響きます。
とりあえず、先輩の機嫌は直ったようで、当初の目的は達成されました。やっぱりスキンシップって大事ですね?
ちょっとラブコメめいたことをしてみました。
そうです。これはラブコメなのです。皆さん、忘れてませんよね?
次話は内容も更新時期も未定!