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九本壮にて失敗する厄病女神

 九本壮くぼんそうというのはとても古い二階建てで結構大きな主に学生用木造アパートでした。

 すんごいオンボロで、うすむらさきさんの話では明治維新の頃から建っていると噂されるほど昔からあるらしく、持ち主は不明。見た目どおりボロく不便ですが、ただ家賃はべらぼーに安いらしく近隣の金無し大学生やフリーター、浪人なんかに利用されているらしいです。

 少なくとも私はこんなボロいとこには住みたくないなと思わせるほど古い建物でした。ここの耐震強度とかはどーなってんでしょーか?

 ついでに言えば、九本壮は私が来たことのある場所でした。

 この前、蟹を御馳走になった小説書いてる先輩の知り合いが住んでいるのがここでした。

 先輩に私の知らない知らない交友が!!と思ったら、私も知ってる所だったりもして、まったく、先輩は謎なんだか謎じゃないんだか、交友関係が広いのか狭いのかよく分からなくなります。

 私は九本壮を見上げながら思案していました。

 さて、どーしよう。

 ここは何々堂のような店舗ではありません。幾人もの個人が暮らす集合住宅なのです。ここに何の関係もない他人が入ることは大袈裟に言えば不法侵入になります。

 私はこの中にいるかもしれない先輩に用があるのですが、勝手に無断に入るのには、さすがに躊躇してしまいます。

 しかし、いつまでも、ここでまごまごしていてもしょーがありません。

「……緊急事態です」

 私は自分を納得させるように呟くと九本壮に突入しました。


「討ち入りだー。御用だ御用だー」

 何となく小声で呟いてみました。大声は勿論のこと普通の声でも他の人に聞かれたら恥ずかしい台詞ですからね。なら、最初から口にしなきゃいいのにというツッコミはなしです。人間、やらなきゃいいと分かっててもやっちゃうことってありますよね? 例えば、ふと駄洒落が浮かんだ時、絶対に寒し引かれると思っても言いたくなっちゃう。そんな感じ。

 討ち入った先である九本壮の内部は想像通りボロでした。

 壁は落書きされてたり、ボロボロだったり黴があったりで、焦げ茶色の木床も結構汚れています。

 何だか湿った木や汗とか生乾きの洗濯物とかが色々と混成されたくっさーい臭いが充満しています。何だか体に悪そうです。

 前来た蟹の部屋……じゃない蟹を食べさせてくれた人の部屋は入り口に近かったので、まだマシだったのですが、奥に行くにつれ、臭いは強く、空気は生温くなっているような気がします。

 先輩がその蟹先輩の部屋にいれば色々な意味で良かったのですが、生憎と部屋の中は空っぽでした。ノックしても返事がないので、留守だと思いつつも、試しにドアノブをひねってみると、普通に開いたのです。ついでなんで、ちょっくら覗いてみただけです。ちょっとは何かの法令に触れているかもしませんが、ギリでセーフだと思います。詳しくは内閣法制局に聞かなきゃ分かりませんが。

 さて、しかし、困ったものです。

 私はこの九本壮では、その部屋しか知らないのです。他にどのような誰が何人住んでいるのか全く分かりません。

「困りましたー」

 私は小汚い廊下で一人首を傾げます。


 ところで、先輩は神様を信じていません。根っからの生粋の無神論者なのです。理由は簡単。

「全知全能超完璧な奴がいたらムカつく」

 からだそうです。

 確かに、何となく頷けます。

 そして、私は先輩の言うことは大抵無条件で信じています。だから、私も神様はいないと思ってます。

 だけど、たまーに、運命の神様が私に味方してくれているような気がする時があるのです。たまーに計ったようにナイスタイミングで良いことが舞い込むことがあるのです。

 先輩は「くだらん」と軽蔑したように不機嫌そうに吐き捨てるように言うでしょう。ただの偶然と言い切ることも出来るでしょう。

 それでも、何となく、何かがそう仕向けてくれているような気がする時があるのです。

 そう、この時もそうでした。

 廊下で首を傾げる私の少し前のドアが開き、そこから出てきたのは誰あろう彼あろう先輩以外の何者でもありませんでした。

 先輩はふと視線を私にやって、一瞬、停止した後、巻き戻しみたいに部屋にバックで戻ってドアを閉めました。

「先輩っ!!!」

 当然、私は逃がしません。

 しまりかけたドアを、指が挟まれることも恐れず(この時は、必死で、そんなことも考えられなかったのです)掴むというより、しがみ付きました。

「ええいっ! 絹坂! 離れんかっ! ドアが壊れるではないかっ! マジで怒るぞ!?」

 絶対、もうマジで怒ってますが、先輩にはよくあることなので、そこには触れません。

「ドアが壊れよーが怒られよーが関係ありません!」

 負けずに私はドアを引く力を込めながら叫びます。

「いや! ドア壊されて困るの俺だから!」

 部屋の奥から誰かの悲鳴じみた声が聞こえますが、無視です。今はそんな些細なことを気にしている暇はないのです。

「先輩! 何で逃げるんですか!?」

「逃げ、誰が! 逃げているだと!? 俺は、ただ、ここに用があって、来ただけだ!」

「じゃあ、ドアから、手を、離して、ください!」

「嫌じゃ! 何で、貴様如きの、命令に、従わにゃ、ならんのだっ!?」

 ドア越しというか狭い隙間で相手を睨み合いながら私たちは怒鳴りあいます。唾をかけたりかかったりしますが、気にしません。これはもう意地と意地の張り合いなのです。

「おい! 頼むから、止めてくれ! ここでやらんでくれ! 玄関が壊れる!」

 部屋の奥から何か聞こえますが、シカトします。

 ぎりぎりとドアを引っ張り合っていると、すぐにバキッと音がして蝶番が壊れました。

 ガランと玄関に倒れるドア。

「おい! ドア壊れたじゃねーかっ!? 今月、もう金なくて明日の飯にも事欠く俺の部屋をぶっ壊すってどーいう神経してんだっ!?」

 部屋の奥から泣きそうな怒声が聞こえます。

 それをやっぱり無視して、私と先輩は壊れたドアを挟んで、無言で向き合っていました。

 先輩はとっても不機嫌そうで、眉間には普段の二倍も深い皺が刻まれ、目つきが小学生低学年以下が見たら泣き出しちゃいそうなほど悪くなっています。常態でも釣り目なのに、それ以上、釣り上げてどーするつもりなんでしょう?

「先輩……」

「何だ?」

 私はくんかくんかと鼻を動かしました。うん、やっぱり。

「さっきから、煙草臭いです」

「やかましい! 貴様に関係あるか!?」

 先輩は鼻息荒く応じます。

 私は違和感を感じました。

 そして、理解しました。

 先輩はとても怒っています。でも、いつも言っている通り、先輩は毎日四六時中不機嫌でいるか怒っているような人です。怒っているのが殆ど普通な状態の人です。

 何故、そんなに怒っているのか?

 それは、先輩が偏屈で癇癪かんしゃく持ちで我侭な人だからと多くの人は思っています。私もそう思っていました。

 しかし、この時、分かったのです。分かってしまったのです。

「先輩」

「だから、何だ?」

 先輩はイライラとした口調で応じます。

「何で、泣きそうなんですか?」

 先輩がいっつも不機嫌そうだったり怒ったりしているのは、何かの感情を隠す為なのではないでしょうか?

 そして、今、先輩は何かの理由で泣きそうなのを、寂しいのを、哀しいのを必死で隠そうとしているというのではないでしょうか? いえ、たぶん、そうなのです。私には妙な確信がありました。伊達に長い間、先輩と一緒にいたわけではないのです。

 私は分かってしまったのです。

 それで、思わず、言ってしまったのです。

 私の言葉に先輩は吃驚びっくりした顔をしました。

 そして、一瞬、本当に泣きそうな顔をして、すぐにそれを隠すように顔をしかめました。

「……うるさい。貴様には関係ない」

 そう言って、先輩は部屋の奥に引っ込んでしまいました。

 部屋の主らしい男の人は、何だか居心地悪そうに先輩や私の顔を見たり、きょろきょろしています。

 先輩は部屋の窓近くで煙草を吸い出しました。

 私は思い出しました。

 先輩は人一倍誇り高い人です。

 私は悟りました。

 私の言葉は先輩の矜持を酷く傷付けたような気がしました。

 結論。

 思ったことをすぐ口にするのはダメですね?


予定通り更新できました。

ていうか、先輩、久し振りの登場ですねー。

そして、京島姉弟が出てこない! 次、出します! たぶん。

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