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密かに決意する厄病女神

「今日の飯は何だ」

 先輩が不機嫌そうに言います。

 先輩がいつも不機嫌な人だっていうことはもう何度も言ったことで、皆さんも既にご承知の通りと思いますけれど、今夜は、いつにも増して不機嫌そうです。通常よりも6割増くらい。

 そして、その不機嫌の原因は今日の夕飯にあるようです。

 先輩は好き嫌いの多い人です。それは食べ物においてもそうであって、揚げ物とか肉の脂身とか油っぽいのは嫌いだし、生野菜も嫌いですし、卵も嫌いです。好きなものより嫌いなものの方が多いのです。

 先輩の嫌いなものを除外すると、ご飯を作れなくなってしまうので、仕方なく、あまり先輩の好まないものが食卓に並ぶこともあります。それでも、ぶちぶち文句を言いつつ大体残さず食べてくれます。

 しかし、今夜の先輩はちょっと違います。

 食卓に並んだ料理を睨んで食べ始めようとはしません。

 不機嫌そうにテーブルの上を睨んで言ったのです。

「今日の飯は何だ」

 私は正直に答えます。

「白飯にお味噌汁に煮物、バター炒め、サラダ、浅漬けですー」

「そんなんは見りゃ分かる」

 先輩は極めて不機嫌そうです。

「はてー?」

 私はとぼけて首を傾げてみます。

 先輩は激昂して拳でガンとテーブルを叩きました。

「今日のこの飯は何だというのだ!?」

 そして、怒鳴りました。

「何がですかー?」

「何がじゃない! 白飯は良いとして! 大根の味噌汁に大根の煮物! しかも二皿! 大根のバター炒めに大根サラダと大根の浅漬けって何じゃこりゃぁっ!? 大根だらけではないか!」

 先輩は怒っています。しかし、しょうがないのです。でっかい大根が二本もあるのですから、どんどん食べなければいけないのです。夕飯が大根だらけになることも仕方のないことです。

 私はその旨を懇切こんせつ丁寧に説明しましたが、先輩はぷりぷり怒りながら、

「んなもん知るか!」

 と怒鳴ります。

 目はいきり立ち、眉間には深い皺が刻まれ、鼻息荒く、口をへの字に歪めています。

 うーん。怒ってる先輩も素敵です。

「貴様! 俺の話を聞いているのか!?」

 先輩は怒ります。

 しかし、すぐに目を瞑って首を左右に軽く振り、深呼吸しました。

「あのだな?」

 こめかみを押さえながら言います。頭痛がするのかもしれません。心配です。頭痛薬はまだあったはずです。

「飯を作ってもらっておきながら、その飯について文句を言いまくるのは、どーかとは俺だって思う」

 先輩はそんなことを言いました。よく勘違いされますけど、先輩は常識とモラルのある良識的な人なのです。ただ言動が尊大で偉そうで偏屈で横柄なだけです。

「しかしだな? 今日の飯は何だ?」

 先輩はまた同じ言葉を繰り返しました。

「いくらなんでも大根だらけだろ。いや、大根だけだろ!」

 結局、先輩は怒ってしまいます。これはもう人格なのでしょーがないでしょう。

「大根は体に良いですよー?」

 緑黄色野菜の中からは弾き出されていますけど、健康的なはずです。根拠はありませんが。

「それに美味しいですよー? むぐむぐ」

 私は醤油ベースの大根の煮物を口に入れます。大根は舌で潰せるほどに柔らかく、汁が染み出して美味しいです。が我ながら上手くいったと改心の出来です。

「確かに美味いかもしれん。いや、美味いだろう。……しかしだな? その煮物だって二皿あるというのはいただけんだろ? 両方とも大根の煮物なんだぞ!?」

「でもー、こっちは醤油味で、こっちは味噌味ですよー?」

 先輩は黙ってこめかみを押さえます。やっぱり頭痛がするんでしょうか?

「先輩、頭痛いですかー? お薬飲みますー?」

「いや、いい」

 先輩はそう言って大根だらけのご飯を食べ始めました。


 私は食事しながら先輩の顔を覗き見ます。不機嫌そうな顔でひたすら大根を齧っています。

 普段の私ならば、何だか夫婦みたいと妄想してまったり幸せな気分に浸っているのですが、今日はちょっと違います。

 私の心中にはもやもやと複雑な気持ちが漂っていました。

 草田さんは言いました。

「檜っていうのはあいつと仲が良かった奴の名前だ」

「その檜っていうのはどんな人ですか?」

 更に追求すると草田さんは更に言い難そうに呻きました。

 私は彼の煮え切らない態度に違和感を持ちました。彼が優柔不断ななのは前からなので、不思議でもなんでもないのです。

 高校時代からの先輩の友達方は情け容赦なく他人の不幸の蜜を舐めまくり、人と不幸をあざけるというある意味最低な認識を持っています。その中にある草田さんが先輩の弱みとなりそうな事柄を喋ろうとしないのは何故でしょう?

 そこに私は違和感を覚えたのです。

「草田さん。教えて下さい」

 更に私が言うと、草田さんは観念したようにとても小さな声で言いました。

「奴の元カノだ」


 その時、私は、正直、本当に吃驚びっくりしました。十数分に渡って記憶を失い、大根両手に堤防を歩くほどの衝撃を受けたのです。

 今まで私は先輩は恋愛に全く興味がないとばかり思っていたのです。

 昔から先輩には浮いた話は少しもありませんでしたし、女性に惹かれるような素振りさえ欠片も見せませんでした。

 もしかしたら男性に対して恋愛感情を持っているのではないかと疑ったこともあり、思い切って聞いてみたこともあります。

「先輩ってまさか男が好きだったりします?」

 殴られました。ぼこぼこと3発も。

 まあ、確かに先輩は男性よりも女性に少しだけ優しかったりするので、性的に男が好きではないということには確信があります。

 でも、男性が好きではない=女性好きという論法が簡単に成り立つわけではありません。

 事実として先輩は女性が好きそうではありませんでした。というか恋愛のことを避けているようなのです。

 これが重大な問題なのです。先輩の中で私の好感度は必ずしも低くはないと思うのですが、どーにも、そういう感じに持っていけないのは、それが原因であると私は思っています。

 その見えない障壁を取り除き先輩の恋愛避けを解消しようと私は努力してきました。それしかしていないと言っても過言ではないほどにです。

 しかし、その先輩が過去に恋愛をしていたとなるとこれは私的には吃驚仰天大騒ぎです。

 先輩は根っからの恋愛嫌いではないということになるのです。

 うっかり呆然としてしまった私は草田さんから詳しいことを聞き損ねてしまったので、ここは思い切って先輩に聞いてみるしかありません。

 これは根掘り葉掘り聞き出さなければいけません。

 私は密かに決意しました。



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