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散歩日和にて衝撃を受ける厄病女神

 私はお散歩が好きです。

 先輩はお散歩を非生産的で無意味な行為だと馬鹿にしていますが気にしません。大体、先輩は世の中の事柄の8割は嫌いなのです。一々気にしていたら、この世界では生きていけません。

 しかし、先輩が散歩嫌いなのは確かなので、私は先輩が留守の時に散歩に行くことにしています。


 ある日の昼です。

「バイトに行って来る。今日の帰りは7時くらいだろう」

 先輩はいつも通りの格好で、いつも通りに言い、玄関に向かいます。

「いってらっしゃーい」

 私はそう言って先輩を見送ります。

 これもいつも通り。すっかり日常化しています。先輩はこの日常を苦々しく思っているようですが、私にとっては喜ばしい限りです。

 先輩が出掛けた後、私は色々と家事をしていました。

 流しの食器を洗って片付け、今日はトイレ掃除を済ませました。あと、玄関も軽く掃除しました。

 それらが終わったのは、大体、3時くらいでした。

 窓から外を見ると、今日も天晴れな快晴でした。きっと先輩は太陽に向かって毒づいていることでしょう。

 私は晴れが好きなので、太陽に死ねとか言ったりしません。

 そうだ。今日は散歩に出掛けましょう。

 私は3時のおやつにプリンを食べながら思いました。

 外は中々に厚そうですが、それでも外を歩くとことこと気ままに散歩するのは健康的であり、楽しそうであり、先輩がいない間の暇潰しになるでしょう。

 それに、この前まで旅行に行っていましたし、その前も少し散歩から遠ざかっていました。

 私は散歩に飢えていたのです。まあ、そんなに絶対に散歩をしなければダメというわけでもないんですけどね。

 とにかく、私は散歩に行こうと決めました。

 これは良い考えだなと、私は一人で気を良くしていました。


 家事雑務を済ませ、プリンもお腹に収めた私は、さっそく、お散歩に出掛けることにしました。

 盗られるような物も大してない(先輩がそう言っているんですよ?)部屋ですが、一応、用心の為に窓とドアを施錠しました。

 さて、お散歩に出発です。

「わ!」

 階段を下りようと私が体の向きを変えたところ、思いがけずそこに人が座っていたので私は吃驚してしまいました。

「柚子さん?」

 よくよく見れば、その人は隣室の漫画家さんでした。

 柚子さんは珍しくというか、私が見てきた中では初めて煙草を吸っていました。

「煙草吸うんですねー?」

 私が言うと柚子さんは笑いました。

「たまにね。ネタが浮かばない時とかに吸うんだよ」

「そーでしたかー」

 私は相槌を打ってからふと気付きました。確か先輩と柚子さんは同学年ですが、先輩の誕生日は4月で、今は20歳です。そして、確か聞いた話では、柚子さんは10月生まれのはずです。

 当たり前のことなのですが、まだ10月は来ていません。

「柚子さんー?」

「あはは、気にしない気にしない」

 柚子さんは快活に笑いました。

 私は言われたとおり気にしないことにしました。だって、気にしたところで何にもないでしょう?

「ところでさ?」

 柚子さんが話題を変えました。

「痛みがない状態で体が解剖されるとして、そんな場面ではその状況を見えた方が恐いと思う? それとも見えない方が恐いと思う?」

 何だかよく分からないことを言い出しました。

 私は少し考えてみてから、

「うーん……どっちも嫌でしょー」

 面倒臭いのでそう答えました。

「そっか。うん、まあ、そーだよね」

 柚子さんはぶつぶつ呟きながら部屋に引っ込みました。漫画家さんって大変そうです。

 私は散歩に出発しました。


「あら、あなたは……」

 私の散歩は木暮壮から数歩も行かないうちに中止されました。

 ちょうど階段を下りたところでスーツ姿の格好いい女性と鉢合わせになりました。見覚えがある人です。

「えーと、松永さん、でしたよねー?」

 そうです。この人は大手漫画出版社の社員で、柚子さんの担当編集の松永さんです。

「ええ、そうよ。こんにちは」

 松永さんは穏やかな表情で挨拶してくれました。何だかいつもと雰囲気が違います。

「言っておくけどね? 私だって、いっつも怒ってるわけじゃあないのよ?」

 私の思考が顔に出ていたようです。

「あ、すいみません」

 私は慌てて謝罪しました。

「いいのよ。いいのよ。まあ、確かに、あなたと会った時はいっつも怒ってたからね」

 松永さんは手を振り振りして言いました。

「ところで」

 そこで彼女は急に恐い顔になりました。

「今日は、あの糞穀潰しは仕事してるかしら?」

 ここで今、私が「仕事してない」と言ったら、10秒後には柚子さんが絞め殺されそうな雰囲気です。そう言ってみたら面白いことになるような悲惨なことになるような……。

「珍しくしてましたよ」

 迷った結果、私はそう答えました。無用な暴力を呼び込み柚子さんの生傷を増やす必要はないのです。

「あら? そう?」

 松永さんは疑わしそうな目で私を見ます。

「あいつが働いてる?」

 続いて不可解そうな感じに首を傾げます。柚子さんはまるで信用されていないようです。まあ、頷ける話ですけど。

「はぁっ! まさか!?」

 松永さんはいきなり叫びました。

「あいつ、あなたにそう言わせて、私が油断した隙に逃げる気ね!?」

 松永さんはそんなことを言います。ああ、何で、この人はそんなにも柚子さんを信用していないんでしょうか……。

「逃がすものかぁっ!」

 松永さんはそう叫んで階段を駆け上がっていきました。

 数秒後にはドアが破られる音と悲鳴が聞こえてきました。何だか、可哀相です。同情だけすることにします。

 私は散歩を再開しました。


 私は散歩好きではありますが、決まりきった散歩コースがあるわけではありません。その時その時の気分であっち行ったりこっち行ったりするのです。

 ある時は商店街を徘徊し、ある時は堤防及び河川敷をうろつき、またある時は近くの公園でぶらつくのです。

 そんな気分主義散歩をする私ですが、それでもよく訪れる場所があります。一つは春日台公園。一つは善太郎書店さん。

 春日台公園は静かで自然があって景色も良く、そして、何よりも私が先輩にプレゼントをしちゃった思い出の場所です。ちなみに、先輩は私が贈った本を大事に読んでくれています。

 善太郎書店さんは個人経営の書店にしては品揃えの良い本屋さんです。ここら界隈では最も良い本屋と言えます。お隣に喫茶店があって、買った本をそこでゆっくり読んでみるのも良いです。

 そして、何故かは分かりませんが、何となく、善太郎書店さんで先輩に会えそうな気がするのです。何となくですけど。何か気配というか臭いというか。

 いつも、大体、私はそんな感じの散歩をしています。

 今日は商店街の方に足を向けました。ちょうど、冷蔵庫の中の食材が不足してきた頃なのです。

 ついでに善太郎書店さんにも寄りましょう。運が良ければ先輩に会えるかもしれません。


「お。絹ちゃんだ」

 商店街を歩いていると不意に声を掛けられました。

 出会ったのは先輩の御学友の3人でした。何でも、先輩が大学で親しくしている人達らしいです。自己紹介もされたはずですが、名前を覚えていません。私は基本的に記憶力が弱いのです。

「こんにちはー」

 とりあえず、愛想良く挨拶だけはしておきます。

「相変わらず可愛いなー。萌えー」

 1人に褒められました。可愛いといわれるのは嬉しいんですが、でも、何だか妙な気持ち悪さを感じました。

「お。絹ちゃん、今日は1人か」

 ひょろりと背が高く髪の赤い人が言いました。たぶん髪が赤いから赤井とかいう名前でしょう。

「あいつは一緒じゃないのか」

 あいつっていうのが先輩のことであるということは言うまでもありません。

「ええ、一緒じゃあありませんよー」

「話じゃいっつも一緒にいるってことだったんだけどな」

 赤い髪の人の言葉に私は密かに気分を良くします。私と先輩の組合わせは着実に周囲に認知されているようです。計画通り。

 他にもう1人いる平凡すぎる人は草田さんです。私たちと同じ高校の出身で、先輩とはかなり長い付き合いだそうです。

「絹ちゃんは散歩?」

 草田さんが人の良さそうな笑顔で言いました。

「ええ、散歩です。天気が良いですからねー」

 先輩がキレそうな天気です。何故か先輩は天気が良いとキレるという特異な性質を持っているのです。

「でもー、先輩は散歩が嫌いなので、一緒に散歩できないのですー」

 とっても残念なことです。

「ん? あいつ、散歩嫌いだったかな?」

 草田さんが首を傾げる。

「わざわざ下校路を遠回りして檜と散歩してたしなー……。そんなに嫌いそうには思えんかったが……」

 驚愕の事実です。まさか、先輩が散歩嫌いじゃなかったなんて! あれだけお散歩のことをぼろ糞にけなしていたのに……。

 そして、ついでに聞き捨てならない言葉が出たのを私は聞き漏らしません。

「檜って誰ですか?」

 草田さんははっとした顔で私を見ました。

「あー、いやー、えぇっとー……」

 私は草田さんが逃げないように腕を掴んでおきます。

 草田さんは暫くの間、「あー」とか「うー」とか「えー」とかどーでもいいようなことを呻いていましたが、10分間、睨んでいると遂に根負けしたらしく白状しました。

 その内容に私は大いに衝撃を受け、気が付くと両手にでっかい大根を持って堤防を歩いていました。予想以上に重かったです。


結構、覚えてて読んでくれる人が多いようで嬉しい限りです。

深く感謝いたします。

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