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厄病女神と某作家

 突然だが、俺と同じ学部の同期で、まあまあ仲の良い奴がいる。

 そいつは遠い遠い北国の生まれで、何故に、こっちの大学にやってきたのか皆目不明であるのだが、とにかく、俺と同じ大学学部で学ぶ学友である。

 旅行から帰ってきた日、珍しくそいつから留守電がきていた。

 曰く、

「実家から親がかにを送ってきたんだが、多すぎて食えん。明日辺り、一緒に食ってくれないか?」

 ということであった。

 俺は多くの日本人の例外に漏れず蟹が大好きである。目の前に蟹が差し出されれば、例え、それが北の某国が密漁したもので、その資金源が独裁政権の延命に使われているとしても、それはそれとして美味しく蟹を頂くほどに好きである。

 そんなわけで、翌日、俺はそいつの家にほいほいとお呼ばれすることにした。

「私も蟹好きですよー?」

 外出の用意をしていると、いつの間にか俺の側にいた絹坂がそんなことをほざいた。どーやら、俺と蟹との、もとい、蟹を送られた奴との会話を盗み聞きしていたらしい。聞かれないように、絹坂が風呂に入っている間に電話連絡をしたというに、何故、バレているのだ。

「盗み聞きとは趣味が悪いな……」

「可愛い後輩に黙って蟹を食べに行く方が趣味悪いですー」

 生意気なことを言いやがる。

「私も蟹食べますー!ケガニー!タラバー!ハナサキー!」

 絹坂はぎゃーぎゃー騒いで俺にしがみついて離れようとしない。

 仕方なく俺は絹坂を連れて、蟹の元、もとい、蟹を送られた奴の元に出向くことにした。


 そいつは大学の裏手にあるやたらとボロっちいアパートに住んでいる。

 そのアパートは何でも明治維新の時に建てられたという噂もある程に、ボロい木造二階建て建造物だ。まあ、それは根も葉もない噂だと思われるが、それ程に古臭い建物であった。

 中は湿っぽい木と黴の匂いに満ちていた。

 俺たちの目的地は1階の管理人室のすぐ隣の部屋であった。

「ああ、来たのかね」

 蟹を送られた奴は俺たちを見て、ダルそうに言った。

 俺の側にいる絹坂を見ても無反応で、ただ、頭をぼりぼりと掻いただけだった。

「来た。蟹を食わせろ」

「うん、まあ、入りたまえよ。汚い部屋だがな」

 そいつはそう言い、ぼりぼりけつを掻きながら部屋の奥に引っ込んだ。

「うむ、お邪魔する」

「お邪魔しまーす」

 俺たちはずかずかと四畳半一間の狭い狭い部屋に上がり込んだ。

 そいつの部屋は色々と雑多なものが積まれ、転がり、薄っすらと埃が浮かんでいたりする。まぁ、柚子の部屋よりは幾分もマシだがな。

 その汚い部屋に蟹の塩臭い匂いが充満している。良い匂いではあるが、何だか、微妙だ。

「おい、掃除しろよ」

「面倒臭い」

 俺が至極真っ当なことを言うと、そいつはぼそっと一言で答えた。

「その辺に座ってて」

 そいつは適当に言い捨てて、台所に向かった。

 ガスコンロには巨大な鍋が仕掛けられていて、ぐつぐつ何かが茹だっていた。たぶん、蟹。

「まあ、食べたまえ」

 この部屋の住人は大きな両手鍋をテーブルに置いた。中ではケガニが二匹茹で上がっていた。

「では、遠慮なく頂く」

 ケガニはこの毛|(?)が痛くて食うのに難儀するのだが、やはり、それだけの苦労をさせるだけあって極めて美味である。

 俺と絹坂と部屋の住人は暫し無言で蟹と格闘した。ハサミで殻を切って中身を引きずり出してむしゃむしゃと食う。ただただ沈黙の中で、その作業に没頭した。


「あれ? これ何ですかー?」

 二杯のケガニが粗方あらかた空っぽになったくらいで、絹坂が自分の指を舐めながら言った。

 俺と部屋の主が顔を向ける。

 それは、部屋の片隅に置かれた机の上にある冊子だった。何枚もの作文用紙がホッチキスでつないである。

「ああ、それか。私の小説だよ」

 そいつは事も無げに言った。

 こいつは小説同好会なる大学サークルに所属していて、そこで小説を執筆しているのだ。その小説はまま読む人がいないでもなく、何人かが読んで楽しんでいたりする。かく言う俺も読者の一人だ。

「それは進んだのか?」

「いや、まだ」

 そいつはケガニの甲羅の内部を舐めながら答える。おい、止めとけ。舌怪我するぞ。

「これ。読んでも良いですか?」

「うん、ええよ」

 絹坂が尋ねるとそいつはあっけらかんと頷いた。


 そいつが書いている小説の内容は要約するとこうだ。

 ある所に住む偏屈な女子大生の所に高校時代の男子後輩がやってきて、何だかんだで居候してしまうっていうラブコメだ。

 キャラが結構多くて把握するのが面倒だったり、話はヤマもオチもなく、だらだらと進んでいくし、何か凄い事件がおきるわけでもなく、地味ーに話はのんべんたらりと進んでいくのだ。

 何で俺はこんなん読んでるんだろうな?

 何だか、何かの都合で読まされているような気がしなくもないぞ?

 ちょうど、タラバが茹で上がったので、やっぱり3人無言で食った。絹坂はあいつの小説を読みながらだがな。

「あのー?」

「何?」

「この小説って主人公の一人称ですけど、やったら口悪いですねー?」

 絹坂が言うとおり、その小説の主人公はやたらと口が悪いし、しかも、たまに暴力的という最悪に近い鬼畜だ。

「その主人公はね。殆ど私の本音を言わせてるのさ。主人公の思考は、かなり、私と近いねー。まあ、私は、そいつほど尊大で偉そうじゃないけどねー」

 何故か俺はイライラした。何でか俺がけなされているような気がしたのだ。

「じゃー、こっちの押し掛けてきた子はー?」

「あー。その子はね。私の作品には珍しいタイプだね。あんまりこーいうタイプの子は書かなかったんだけど、書いてるうちに可愛くなってきてねー。読者からも人気あるみたいだし」

 何でか絹坂は嬉しそうな顔をしている。別に、お前が褒められてるわけじゃねえだろ。

「それじゃあですねー。このクールな人とそのチンピラ弟は?」

「ああ、クールな人は何でか結構人気が高くてね。いや、私もこーいうタイプは好きなんだよ。何となく素直クールを意識してみたんだけど」

 それから、そいつは表情を暗くした。

「そのチンピラ弟なんだけど、こいつは予想以上にカワイソウな奴になってしまった。ちょっと報われなさ過ぎだ。少し救済策をしてやりたいよ」

「そですかー? 別に、どーでもいいと思いますけどー?」

 お前は本当に酷い奴だな。そうやって、何でもないような顔で、本当にどーでもよさそうに言い捨てるんだからな。

「あ、そだ。酒飲みの先輩はー?」

「酒乱は動かし易くて楽チンだよ。何かやらせようと思ったら、この人に持たせれば、どーにかこーにかしてくれるからねー」

 絹坂はふんふんと頷きながらタラバの足を食らった。

「もぐもぐ、えーと、この、何か地味によく出る隣人はー?」

「彼は作者に近いかもしれないなー。こう、やる気なく、ぐでぐでしてて、思いつきで行動するとことか、趣味にお金を注ぎ込むとこなんかがね。まあ、もう少し、作者の方がマシだけどね」

「他の学友とか友人とかバイト先の人は?」

「これは、思いつきで考えたキャラだね。この中から誰かをスピンオフさせたり他作品に出したりさせようと思ってるんだー」

 ふむふむ。そんなことを考えておったのか。3人は互いに頷きあいながらタラバの足を食らう。もぐもぐむしゃむしゃ。

「ていうか、キャラ多すぎじゃないですかー?」

 それは俺も思っていた。無意味に多いだろ。

「確かに多い。多いことは認めよう。しかし、元来、人間は社会の中に生きている。社会とは人間の塊である。その中に彼らはいるのだ。ならば、彼らを取り巻く人間だって5人6人じゃあ足りないだろう? 私は、小説の中にある彼らにも、人と交流している姿を書くことによって生活感を出したかったのだよ。成功しているかどうかは分からんけどね」

 そいつはそう言うと満足気に息を吐いて、再び蟹を食らい始めた。

 まあ、作者はそんなことを考えて小説を書いているんだとさ。

「小説を書いてて一番気になることは何ですかー?」

 絹坂が尋ねると、そいつは情けない顔をした。

「そりゃあ、ラブコメだからね。読者が笑ってくれるかどうかが一番気になるよ。ちゃんとコメディーになっているのか自信がなくてね。心臓が痛いよ」

 そいつはそう言ってから、まあ、考えてもしょうがないことだ。とも語り、蟹食いを再開した。俺たちも黙って蟹を食った。

 小説云々の話よりも今は蟹が大事だ。日本人は蟹が大好きです!


厄病女神も今話にて50話。読者数は20000を超えました。今まで付き合ってくれた読者様方に改めて厚く御礼申し上げます。


ところで、この度、作者は都合により、暫しの期間、執筆・更新が出来ない状態となります。

最短でも一週間、長くて半月は更新がないかもしれません。こればっかりは、しょうがない事なので、ご容赦下さい。

また、再開した時には、再び目を通して頂けると、ありがたく思います。

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