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厄病女神の伊豆旅行

「げふーっ」

 腹いっぱいじゃ。

 絹坂の完全出来レースであった卓球勝負を終えた俺は夕飯をたらふく食い、部屋で転がっていた。

 さっき行われた卓球勝負は思いの他、手の込んだもので、実は罰ゲームは最初から全部で7種類しか用意されていなくて、隙を狙っては箱ごと代えたり中身を入れ替えたりしていたらしい。誰にどの罰ゲームが当たるかは選ばずとも決まっていたわけだ。けしからんことだ。

 このことを広く公表すると、色々と問題や混乱が生じそうな気がしたので、黙っていることにした。

 その代わり絹坂には俺が代表して鉄拳制裁を下したがな。

 その後、俺たちは前の晩のように飯を食いまくって腹いっぱいというわけだ。

「君、もう寝るのー?」

「ああ、寝る。もうすることもないしな。温泉旅館という所は温泉入って飯食って寝る以外にする必要ないのだ」

 柚子の言葉に俺は堂々と答えた。これこそが温泉旅館の真理だ。

 既に敷いてある清潔な白い布団に俺は転がって、寝る体制を取った。

「じゃあ、俺は寝る。貴様らは静かにしていてくれよ」

 柚子と東はそんなに騒ぐ奴じゃあないし、俺は満腹でしかも疲れているから、程なく眠れるだろう。俺はそう思っていた。

「先輩!」

 こういう時、いつも邪魔をするのは絹坂だ。

「何だ? 俺はもう寝るのだ。邪魔をぶ!」

 絹坂の方に億劫おっくうながら向けた俺の顔に何かがぶつかった。柔らかく白いもの。この正体が何かは察しがついた。

「後輩たち! 旅館といったら枕投げだぞ!」

 絹坂の隣に立った二十日先輩が叫んだ。

 彼女らの後ろには京島がおり、更にそこには枕を満載したカートのようなものがあった。それ、何処から持ってきた?

「第一次枕投げ合戦開始ぃっ!!」

 二十日先輩が勝手に叫び、俺たち男三人は散々、枕をぶつけまくられた。

 ああ、これをやる予定だったから二十日先輩と絹坂は妙に飯や酒を控え目に食っていたのか。激しい運動をしてもピンピンしている。

 それに対して昨日同様に飯をたらふく腹に詰め込んだ俺たちはちょっとでも回避行動をするだけで吐きそうになる。

 結果、俺たちは一方的に枕をぶつけまくられる羽目になりそうだ。

「おりゃー! 後輩! 食らえー!」

「先輩! ごめんなさーい! えい!」

「貴様ら! 何で、俺にばっかぶつけるのだっ!? いい加減にしろぉっ!」

「「わー!」」

「うおっ! 俺を巻き込むな!」

「わー、痛い痛い! やめてよー」

「あ、あー、皆、落ち着けぶ!」

 2時間くらい枕をぶつけ合った結果、全員、疲れ果てて、よく眠ることができた。

 お陰で、前日のように夕方まで寝ているという失態を起こさず朝7時にはぱっちり起きることができた。


「ピクニックに行きましょう」

 翌朝、俺が不機嫌な面でひたすら納豆をかき混ぜていると、絹坂がそんなことを言い出した。

「ピクニックだと?」

「はいー。ほら、だって、この辺りは自然豊かですしー。お弁当を作ってもらって、ぶらぶらと歩きましょー」

 絹坂は心底楽しそうな顔でそんなことを言うのだ。

 俺は納豆に和がらしを入れながら答える。

「嫌だ。行くなら勝手に行け」

「もう! 先輩はどーして、いっつも、そんな釣れないことを言うんですかー!」

 絹坂はぷりぷり怒って叫ぶ。

 俺は納豆をかき混ぜながら不機嫌に顔をしかめた。

「ピクニックなんざに行って何が楽しいというのだ。ガキじゃああるまいし」

 それに日に当たると肌が赤くなって痛いからな。

 そう言って納豆にたれを入れていると、絹坂は不満そうに頬を膨らませた。

「むー!」

 おい、何だ。可愛いな。

 しかし、無視。黙って、納豆をかき混ぜる。

「先輩ー! ピクニックー!」

 無視。納豆を混ぜる。納豆は右回りに50回かき混ぜると良いと聞いたことがあるようなないような。

「ピクニックー! ピクニックー! ピクニックー! ピクニックー!」

「あー! 煩い! 他の客の迷惑だろうが!」

「じゃあ、ピクニックに行ってくださいー!」

 俺たちはこれと似た会話を朝食の間に5回くらい繰り返して、俺の負けと相成った。

 何だか、最近、俺は絹坂に甘いような気がする。気のせいか? せいじゃないよな。いかんなー。


 俺と絹坂はぶらぶらと出掛けることにした。他の連中は自由行動だ。

 ピクニックに出掛ける絹坂は可愛らしい白のワンピースに白い帽子という姿。俺は長袖シャツとジーンズといういつもの格好に麦藁帽子、サングラス、軍手、肩掛けタオルを装備。更には日焼け止めを塗ったくり、虫除けスプレーを全身に浴びた。

「何か先輩の格好嫌です」

「煩い。文句があるなら、一人で行け」

「先輩と一緒じゃないと意味ないですー」

 そう言った絹坂の手には弁当が入った紙袋がある。旅館の女将さんこと鳴嶋先輩の母上が持たせてくれたのだ。絹坂はやけに可愛がられているようであった。まあ、年上受けする奴だとは思うな。

 絹坂がぽてぽてと温泉街を歩き、俺は黙ってその後に付いて行く。

 暫く進んだ所で絹坂が振り向いた。

「手を繋ぎましょう」

「嫌だ」

「何でですかー!? いいから! 繋ぎましょう!」

 そう言って絹坂は嫌がる俺の手を無理矢理に掴んで、指を絡ませ、俺を見上げて、にこっと笑い、すぐに眉根を寄せた。

「うー。軍手の感触ですー」

 手を繋いだ絹坂は不満そうに呻いた。

「そりゃ、軍手をしているからな」

「軍手外してください」

「嫌だ。手が焼ける」

 俺たちは暫し、そんな会話をしながらピクニックというより散歩をした。まあ、結構な距離を歩いたがね。


 俺たちは海の近くまで歩いてきた。手を繋いでいるのが恥ずかしいが、絹坂はぎゅっと握って離そうとしない。

 たまに通行人からぎょっとした顔で見られるのは、俺の格好のせいであろうな。

「それで? 俺たちは何処に行くのだ?」

 観光マップなんかを見ると、やけに美術館が多いようで、そこに行っても俺は良いのだが、絹坂は美術鑑賞を好かんだろうな。

「あれに乗りましょう!」

 絹坂は広大な海原を指差した。海には黒い帆船が一隻悠々と航行していた。

「ありゃ何だ? 今時、帆船とは古いな」

「遊覧船ですー」

 絹坂は事前にパンフで知っていたらしい。歩きながら色々と説明してくる。

「海沿いの町並みやペリー艦隊が碇を下ろした場所なんかを見れるんですよー?」

「それは中々に興味深いな」

 珍しく双方の意見が合意に達したので、早速、遊覧船に乗り込んだ。

 遊覧船の運賃は2階展望室料金で大人1人1400円ほどだ。

「うわーい! やっほー!」

 展望室から絹坂は海を見ながら叫んだ。

「煩いぞ。他の客に笑われとる」

 恥ずかしいこと極まりない。

「笑われてるのは先輩の格好じゃないですかー?」

 ぐっ。言いよるな。


「何かちょっと短かったですねー」

 遊覧船は一周約20分ほどで、まあ、少し物足りないかもしれない時間ではあった。

「まあまあではないか?」

 俺たちは遊覧船を降りて再びぶらぶらと歩き出した。

「次は水族館に行きます」

 絹坂はそう言って俺の手を掴んで走って行く。おいおい、待て待て。走る必要はあるまい。

 というか、行く所は既に決まっているのか?


 俺たちは水族館に着くと、昼時少し前だったが、絹坂が強硬に昼食を要求するので、適当な場所で弁当を食った。旅館が用意したものだけあって、冷えていたが美味かった。

「さあ! 急いでください!」

 食い終えると絹坂は叫んだ。

「何故に急ぐのだ?」

「イルカに触ります!」

 俺たちは、イルカが泳ぎまわっている入り江の波打ち際でイルカと触れ合ったりする企画にも参加した。絹坂は臆することなくベタベタと触って、

「うわーうわー。イルカですー」

 などと無邪気に喜んでいたが、俺はそんな海中哺乳類との触れ合いなんぞという下らんことにかまけたりはしない大人であるからして、

「先輩も触ったらどーですか!?」

「いや、俺は良い……って! 何だ!? イルカ! 何故に、こっちに来る!?」

 その後、俺たちは立て続けにイルカショーとアシカショー、更にはダイバーや飼育員による給餌きゅうじショーなるものを見た。給餌ショーとは、つまり、餌やりショーだ。分かるよな?

 更に更に、ペンギンやらエイやらカメやら水族どもを見て回った。中々に面白かった。


「楽しかったですー」

 水族館を出たのは、もう日が傾こうかどうしようかという時間帯で、絹坂は大変に満足そうであった。

「しかし、やけに計画的に上手く回ったな」

 当たり前ではあるが、ショーは時間が決まっている。絹坂はその時刻を知っているらしく、次はこっち次はこっちと順序良く俺を引っ張って行ってはショーを見てはしゃいでいた。

「先に調べていただろう?」

「えへへー。分かりましたー?」

 俺の指摘に絹坂は照れくさそうに笑った。

「旅行前に全部決めてたんですー」

 計画的なのは嫌いではないが、しかし、絹坂にしては珍しく要領が良いな。俺が文句を言ったりする暇もなかった。

「ん?」

 考えてみれば、絹坂は高校時代の一年間と最近一ヶ月近くも、俺の側にずっといて、俺の性格と言動は殆ど知り尽くしているな。まごまご行動していたら、短気な俺がイライラすることも承知しているだろう。

 だから、先に全部決めておいて、俺が文句を言う暇もなく引っ張って回ったのか。

 全ては絹坂の計画通りというわけか。

 こいつ、やはり、策士だな。


 旅館に戻ると、夕日が綺麗な時間だった。

「夕日が綺麗ですよー」

 絹坂は西の空を指差して言った。

「うむ。綺麗だな」

 綺麗な夕日を意味もなく否定するほど俺はひねくれ者ではない。素直に同意して一緒に西の空を仰ぎ見た。相変わらず手は繋いだままだった。

「今日は付き合ってくれて、ありがとうございましたー」

「ん。うむ、まあな」

 何が、まあな、なのか分からんが、とりあえず、そう言った。

 日が弱まったので、もう日焼け防止の装備はいらんので、軍手を外した。

 外すとすぐに絹坂が改めて手を繋いできた。だいぶ熱い手だ。人の手の温度というのは、それぞれだなあ、などと俺は思っていた。



旅行編は次回で最後となる予定です。

長かったですね。ごめんなさい。

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