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厄病女神、温泉着

 伊豆の温泉地の最寄り駅に到着した俺たちは迎えに来た鳴嶋先輩の運転するワゴン車に乗り込み、彼の実家である鳴嶋館なるしまかんという旅館に至った。

 誰ぞのせいで行きの電車に乗り遅れたり、誰ぞらのせいで降り損ねて、戻りの電車に乗ったりで到着時刻から散々に遅れてしまった。

 鳴嶋館に到着した時刻は既に夕刻で、俺の疲労は臨界点を突破しようとしていた。突破したら大変なことになる。なるので、なる前に対策を取らなければならない。

「だから、俺は寝る」

 同室の男2人に宣言した。

「えー? もう寝るのー? まだ、温泉入ってないし、夕飯も食べてないじゃん」

 柚子が呆れたような顔で言った。お前に呆れられたくはない。屈辱だ。

「煩い。黙れ。俺は疲労の限界なんだ」

 そう言い放って俺は不貞寝しようとした。

 畳の上にごろんと転がる。

「あんま寝れねーと思うけどな」

 東がぼそりと呟いた。何を言っているのか少し気になったが、俺は余程疲労していたのだろう。すぐに意識は沈んだ。


「先輩ぃっ!」

「ぐげふぅっ!?」

 叫び声が就寝中の俺の鼓膜を振動させると同時に俺は変な声を上げてしまった。まあ、仕方のないことだ。

 いきなり腹の上に40kg以上の圧力が掛かれれば変な声だって出るもんだ。嘘だと思ったら試してみろ。そこら辺で寝てる奴の腹の上に飛び乗ってみろ。絶対、変な声が出る。たまに変なものも出る。

「絹坂……。お前は俺が憎いのか?」

「ふぇ? 何でですか? 私が先輩のことを嫌うわけないじゃないですかー。もう! 変なこと言わないで下さいよー」

 絹坂はそんなことを言いながらケタケタと笑った。

「馬鹿笑いをする暇があったら、とっとと俺の上から退け。ぶん殴るぞ。この馬鹿」

 俺は腹上の重力に耐えながら唸るように言った。

 絹坂は、

「あ、すいませーん」

 と、軽い謝罪をしてから、移動した。

 まったく、何だというのだ。人が疲れて寝ているというのに、あんな乱暴に起こしやがって、というよりも俺は起きたくなかったのだが。

 時計を見ると、俺が寝てからまだ十分しか経っていないことが分かった。疲労はまったく解消されていない。

「先輩! 温泉に行きましょうよ!」

 絹坂は俺を見下ろしながら楽しげに叫んだ。気が早いことに、既に浴衣姿だ。小脇に温泉道具を抱えて、準備万端だ。東が言っていたのはこういうことか。

 そんな絹坂を見上げながら俺は即答する。

「嫌だ」

「何でですか!? 温泉旅館に来たら温泉に入る以外はやることがないと言っても過言じゃないんですよ!?」

 そりゃ明らかに過言だろうよ。

 俺は絹坂の呼びかけを無視して再び不貞寝体制へと移行する。

「ダメです! 寝ちゃダメですー!」

 絹坂はばたばたと俺の周りを走りながら叫ぶ。煩い奴だ。下の階の人の迷惑になるだろうが。

「うー」

 いつまで経っても起きる気配がない俺を見下ろしながら絹坂は唸った。俺の意識は再び段々と沈んでいく。

「わーっっっ!」

「ぎゃーっっ!」

 いきなり耳元で大声で叫ばれ、俺は悲鳴を上げた。

 勢いよく起き上がり、絹坂の頭をぐーで殴る。

「ぎゃーっ!」

 今度は絹坂が頭を押さえて畳の上に転がった。

「貴様! 俺の鼓膜をぶち破る気かぁっ!?」

「痛いー!」

 俺は耳を押さえながら怒鳴り、絹坂は頭を押さえながら床を転げまわる。

 その様子を柚子はコントでも見るような感じに、

「あはははははー」

 と、笑っていた。ムカつくので殴っとく。

「ぎゃあっ! 何するんだよ!?」

「じゃかあしいぃわっ! ボケ!」

「わぁっ! 先輩が乱心したー!」

「暴力反対暴力反対!!」


 結局、俺は部屋で一暴れした後、大人しく温泉入りに大浴場に参った。

 体のあちこちが痛いのは、絹坂と柚子と、ついでに止めに入った東も含めて乱闘したからであろう。

「痛い痛い……。あー、青くなってる……」

「あいつ、何なんだよ……。あんな細い体つきなのに、力強すぎだろ……」

 俺よりも他2人の男の方がダメージがでかいらしいが気にしない。悪いのは絹坂だ。慰謝料ならば奴に請求するが良い。

 鳴嶋館の大浴場は大層立派で広かった。

 浴槽は各種大小六個。それとサウナ、水風呂、露天風呂などがある。シャワーのある洗い場は数十人が同時に体を洗えるほどの数がある。

 俺は軽く体を洗ってから、適当な湯船に体を沈めた。あー。くあー。温泉、良いなー。

「あー」

「うー」

 何で湯に入る時は声が出るのだろうな。

 俺達は3人並んで湯船に暫しの間一緒の湯船に入っていた。タオルは当然頭の上だ。

「あ、あれ、檜風呂かな?」

「あー、檜風呂だろーな」

 俺の隣で柚子と東が会話していた。彼らの目線の先には檜で作られた四角い風呂があった。そこにはハゲたじじいが何故か目を瞑って入っている。

「ふむ、檜か……」

 別に檜という木材にさしたる思い入れはない。しかし、檜という言葉には思うところがある。

「あのさー。君さ、温泉に入ってる時くらい、機嫌よさそうな顔できないの?」

「できん」

 柚子の言葉に即答する。

「お前、何、そんな不機嫌そうにする理由があんだよ?」

 東がしかめっ面で言った。お前も不機嫌そうだぞ。

「不機嫌だから不機嫌な顔をしているのだ。悪いか?」

「だから、その不機嫌な理由って何だよ?」

「貴様には分からん複雑で繊細なことだ」

 酷く不機嫌な俺は露天風呂に移動した。

 外は夏だから裸で出ても寒くはなかった。露天風呂は岩に囲まれ、木で組んだ屋根がある。右側は丈夫そうな木製の壁になっている。向こう側は女用なのであろう。景色は遠くにだが海が見えて良い。

 露天風呂には俺以外には誰もいなかった。

 俺は露天風呂の適当な場所に体を沈めてから思案した。

 俺はまだ大丈夫なようだ。檜という名前に反応して気分を落ち込ませるくらいに大丈夫だ。まだ十分に彼女のことを覚えている。彼女のことを考えている。

「しかし、やはり、絹坂が問題だな……。後は、京島も……」

 俺は不機嫌な面でぶつぶつ呟いていた。


「先輩ーっっっ!!!」

 いきなり大声が聞こえて、俺はびくぅぅっと震えてしまった。何故だか、恥ずかしい。誰もいなくて良かった。

 誰の声かは分かる。こうやって叫ぶのは絹坂以外にいない。

「何だぁっ!?」

「あ、いた」

 女風呂の方に怒鳴り返すと、微かにそんな言葉が聞こえてきた。

「お前、俺がいるのかいないのかも分からんで叫んだのか?」

「はいー。これで三回目ですー」

 馬鹿じゃ。馬鹿がおる。

「他人に聞かれたらどーする気だったんだ?」

「もう二人くらいには聞かれてますよー? 笑い声が聞こえましたからー」

 大馬鹿じゃ。

「先輩ー?」

「何だ?」

「温泉良いですねー?」

 どーでもいいことで呼ぶな。

「まぁな」

「……何だか、不機嫌そうですねー?」

 絹坂は不思議そうな声色で言った。

「俺はいつも不機嫌だ」

「あー、そーですけど、いつにも増して不機嫌そうです」

 こいつ、声だけで俺の機嫌具合が分かるというのか? 阿呆らしい。

 俺は不機嫌に黙って遠くの海を見ていた。しかし、伊豆は自然豊かだな。

「先輩。海見てますー?」

「うむ」

「えへへー」

 壁の向こう側から絹坂の楽しげな笑い声が聞こえてきた。何だ。いきなり。気持ち悪いな。

「何が楽しい?」

「先輩とこーして一緒に温泉に入って同じ景色を見ていることが嬉しいですー」

 何て恥ずかしいことを言う娘なんだ。

 俺は目のすぐ下までお湯に沈んだ。ちょうどやってきた柚子と東に顔が赤いのを見られては恥ずかしいからな。

「あれ? 君、顔赤くない?」

「のぼせたんじゃ! ボケ!」

「何で怒るのさー? うわ! やめてよ! ぶたないでよー!」


四月から色々と忙しくなるので、三月中完結を目指しておりましたが断念しました。

とりあえず、三月中の旅行編完結を狙います。

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