厄病女神は旅行に行くのでウキウキしてる
終戦記念日っていうより敗戦記念日のこの日、俺は自室でぽつねんと座り込んでいた。
そんな俺の今日の機嫌はというと、毎度の事だが、宜しくはない。
ここまで読んできた読者諸君ならば、もう既に認識していることと思うが、基本俺はいつも不機嫌である。よって、今の精神状態がいつも通りであることは言うまでもないことだ。
そんなふうに、いつもへそを曲げている俺だが、その不機嫌にも理由があったりする。いつも顔をしかめている俺でも、理由もなく不機嫌だったりはしないのだ。
最近、俺の不機嫌の理由の多くは我が部屋に寄生した厄病女神だったりする。
そして、今日もそうだ。
今、俺の前で絹坂はうきうき顔でいつだったか着ていたワンピースと白い帽子という姿で格好つけている。足元には彼女がここに来た時に持ってきた大きなバッグがある。
この部屋を出て行ってくれるわけではない。いや、出て行くは出て行くのだが、それは俺も同じだし、いずれ帰ってくるのだ。
「先輩。楽しみですねー?」
絹坂はニコニコ笑いながら言った。返事の代わりに俺は不機嫌な顔で絹坂を睨んだが、全く効果なし。
「温泉ですよ!? 温泉! やっほーい!」
そう叫んで絹坂はぴょんと跳ねた。何だ何だ。可愛いじゃないか。卑怯者め。
絹坂が申すとおり、俺たちはこれから温泉に行くことになっているのだ。
何故、そんなことになったかは、ここまで読んできた諸君は当然分かっていることと思うが、話の流れ上、一応、説明しておくのが親切設計と言えよう。
事の仔細を大まかに省略して説明すると、つまり、二十日先輩の彼氏の実家が伊豆で旅館をやっていて、その先輩方のお呼ばれに預かったということだ。
伊豆までは列車で行き、温泉地の最寄り駅に降り立ち、そこからは鳴嶋先輩が迎えに来てくれる手筈となっている。
さすがに俺たち全員の宿泊料その他が完全無料とはいかないが、通常価格よりも大幅に値引きされ、真心的サービスも加算されるとの話である。日程は三泊四日の予定。何だったら延長も可能。
夏休み期間中にもかかわらず、何とも親切な話である。
普通ならば、ラッキーと絶叫して然るべき事態だ。
しかし、俺はラッキーと絶叫しなかった。何故ならば、俺の代わりに絹坂が小躍りせんばかりに嬉々として喜んだし、俺はあんまりそういうことで大騒ぎする性質ではない。また、出不精であんまり旅行・外出を好む人間でもない。
それに、これが一番の理由なのだが、その旅行に絹坂も同行することになっているのだ。
「何故に、絹坂とのん気に温泉なぞに行かねばならんのか?」
俺はぶちぶちと文句を呟く。
「何で、そんなに不満そうなんですかー?」
絹坂は阿呆みたいに楽しそうな顔で言った。
何が不満って不満だらけじゃ。まず、旅行の準備で疲れた。そもそも、旅行に出かけるのが面倒臭い。次に、絹坂と一緒に旅行へ行くことが新婚旅行みたいで気に食わない。
そんなふうに不機嫌なオーラを外部に放出するほどに不満を溜め込んでいる俺なのだが、しっかりというかちゃっかりというか旅行の準備は万端にととっていたりする。まあ、俺ではなく、絹坂が半ば無理矢理、勝手に準備したんだがね。
「せっかくの温泉旅行なんだから、楽しい気分で行かないとダメですよー」
絹坂は従弟の小学生に話しかけるような調子でほざきおった。ムカつく。
しかし、俺はすっかり荷物を準備され、旅行に行くことが決定しきっている体たらくである。我ながら情けない。
というのも、俺には強く反対できない理由があったからである。
第一に、過去に絹坂が夏休み計画表なるものを作成した時に、うっかり伊豆辺りになら一緒に出掛けても良いと約束してしまったから。
第二に、俺の先輩であり、遠い親戚であり、住処の大家でもある二十日先輩の好意による申し出を無下に断る妥当な理由も思いつかなかったし、意味もなく断っては失礼な気がしたのだ。
この二つの理由により、俺は伊豆旅行に対して反対を唱えることもなく、ちゃっかり旅行に行く準備を整えられ、俺はすっかりまた板の上の鯉だよ。情けないことだ。
絹坂は相変わらずピョコピョコ跳ねたり、クルクル回ったりと、妙に可愛らしいことをしている。まるで遠足前の小学生じゃ。
俺たちは準備万端なくせに、部屋で何をやっとるかというと、二十日先輩に呼ばれるのを待っているのだ。外で待っていては日射病になるからな。そうだ。日焼け止めを塗っておかなければ。あと、帽子に、軍手に、サングラスにー。
諸君、勘違いされちゃあ困るが、俺は旅行を楽しみになんかしていないからな? いそいそと外出準備をしているのは肌が弱いからでー。
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お話の方は、暫く旅行編が続きます。出来るだけ毎日更新したいです。