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厄病女神、「木暮二十日恋文騒動」の話を聞き終える

 話を続ける。て、このフレーズは何度目だ? まあ、いい。とにかく、続ける。

 俺は京島に引っ張られるまま、ほいほい黙って付いて行った。


「付いてっちゃダメですよー! 襲われる!」

「貴様は何を喚いておるんだ? 阿呆の考えることは分からん……」


 京島の家は大学近くの古いアパートの一室であった。俺が住んでいる木暮壮よりもいくらか古い感じがする。

 アパートの一回の一室が京島家であるらしい。

 京島はがちゃがちゃと鍵を開けた。

「さ、入ってくれ」

「……一人なのか? 家族は?」

 鍵がかかっていたということはそうなのだろうと思いつつ尋ねた。

「う、うむ、家族は母と弟だが、今は留守だ」

 父上はいないらしい。死別か離婚かは分からんが、色々と雰囲気が悪くなったりしては面倒臭いので触れないでおく。それが大人だ。

 ここで、俺は思い至った。今、俺と京島は二人っきりではないか。どーする? いや、どーもする気はないのだがね。

 京島の住居内部は八畳の居間と六畳の和室が二つというこじんまりしたものだった。

 二つの和室のうちの一つが京島の部屋であるらしい。

「ちょっと待っていてくれ」

 京島は俺を部屋に放置して、何処へとやらに行ってしまった。

 待っている間、暇だったので、部屋を見回してみた。

 京島の部屋であるらしい和室には、学習机が一つ、タンスが二つ、本棚が一つしかなかったが、非常に狭く感じた。しかし、タンスは何故、二つもあるんだ? そんなに服あるんか?

「母と共同なんだ。まあ、母は仕事で帰ってくるのが遅くて、寝るときくらいしかいないんだけどな」

 俺の考えを読んだのか戻ってきた京島が言った。成る程。

「緑茶で良かっただろうか? 安茶葉だが」

「む、気を使わせてすまない」

 暫し、俺と京島は二人でずずずっと緑茶を啜った。


「何、まったり過ごしているんですか!? ズルイです!」

「何がズルイのだ? というか、何を怒っているんだ?」

「先輩、私の家にだって来たことないのにー!」

「まあ、落ち着け」


 いつまでも茶を啜っていてもしょうがないし、俺は京島の部屋で茶をする為に来たわけでもないので、用件を切り出すことにした。

「ところで、早速なんだが、恋文を見せてくれないか?」

「ん、ああ、うむ、分かった」

 京島は学習机の引き出しをごそごそとやって、何枚かの便箋を取り出した。

「……これが、恋文か?」

「……うむ、これが、恋文だ」

 俺たちは何枚かの便箋を見つめた。

「読んでもいいか?」

「ん、あー、うん、まあ、良い、と、思う」

 京島は渋い表情。ああ、送り主に遠慮しているのか。しかし、今、何処で何をしているのかも分からない男どもに遠慮したってどーしようもないことなので、俺はさっさっと資料を拝読することにした。

 とりあえず、一番上のから。

「……いちねんにくみ すがわらたくや……」

「ああ、それは小学校の時、同級生からもらった恋文だ」

 これは恋文のうちに入るのか否か? いや、どっちでもいい。今、肝心なのは、恋文を書くにおいて参考になるか否かだ。それを鑑みて考えるに、この幼稚な手紙の資料的価値は皆無だ。

 この中で資料的に活用できるものを選別するべきだろう。

「ところで、一つ、聞いて良いだろうか?」

 恋文の一つ一つを調べていると、京島が真面目な顔で尋ねてきた。

「うむ、何だ?」

 協力者の質問を無下にはできんので、素直に聞くことにした。

「恋文を調べてどーするつもりなんだ?」

「ああ、恋文を書くので、その参考にするのだ」

 そう言った瞬間、京島は変な顔をした。何というか唖然とか驚きとか好奇心が入り混じったような顔。

「そ、そそそ、それは、一体、誰に宛てての恋文だ?」

 京島がぐいと体を寄せて言った。何か、妙な迫力がある。というか近付き過ぎだ! 顔と顔の間が20cmくらいしかないぞ!

 後退りしながら答える。

「鳴嶋先輩だ」

「鳴嶋……。あの人、男だぞ……」

 京島はまた変な顔で言った。

「ああ、男だな」

 俺が答えると京島は更に変な顔をした。後退りした。

 そこで、俺は気付いた。あ、こいつ、勘違いしてる。

「ああ、恋文を書くのは二十日先輩だ。二十日先輩が鳴嶋先輩に恋文を書くのだ」

「ああ、そうなのか。成る程。それならば、納得だ」

「納得してくれたか」

「納得した」

 俺たちは暫し、うんうんと頷き合った。

 ラブレターが散乱する狭い部屋で、互いに向き合って、うんうんと頷き合う若い男女。

「……お前ら、何やってんだ?」

 傍から見れば、確かに不審だったかもしれない。俺たちは京島弟に不審な目で見られ、呆れたように言われてしまった。


「先輩、京島さんの弟に一度会ってるんじゃないですかー」

「うむ、思い出してみれば確かにな」

「先輩、忘れてたんですかー? 酷い人ですねー」

「いや、向こうも忘れておったからお互い様だろ」


 いつまでも変な目で見られるのも何なので、俺は京島が提供してくれた恋文の中から適当なものを選び、その内容をメモに写して、京島宅を後にした。何故やら、京島は俺に夕食を食べていくように勧めてくれたが、時間がなかったので固辞した。

 自室に戻ると、当たり前のように二十日先輩がいて、うんうん唸っていた。恋文を製作中であるらしい。

「どーですか?」

「ムツカシイ」

 俺たちは互いに持ち寄った資料を手に、何枚もの恋文を書いては捨て書いては捨てを繰り返した。その作業は一晩中続いたことを申し添えておく。

「……完成だ……」

「……完璧だ……」

 そして、遂に我々は満足いく恋文を書き上げた。膨大な資料と、心理学や文学なども鑑みて、推敲に推敲を重ね、友人知人にも夜中にもかかわらず電話をもって尋ね聞き、遂に書き上げた渾身の作だ。

 この恋文を受け取った男は誰であろうとも一瞬で恋に落ちるではないかとも思われるほどの超傑作だ。

「素晴らしいですな」

「うん、これで、勝利は間違いない!」

 俺と二十日先輩は眩しく光る東の空を仰ぎ見ながら言ったのだった。


 そして、いざ、決戦である。

 二十日先輩はチョコと恋文を持ち、準備万端である。

 ところで、京島はそうではないと思うのだが、俺や二十日先輩の関係者には口が軽い奴が多かったらしい。

 大学内ではある噂というか情報が飛び交っていた。


「例の酒豪女が恋文を書き、告白するらしい」


 例の酒豪女が誰を指すかは言うまでもないことだ。二十日先輩が大学祭の大酒飲み大会で優勝したのはこの前の年のことであり、それ以来、彼女は大学の有名人と化していたのだ。

 そして、この大学には野次馬根性のある有象無象が大量にいた。そいつらは二十日先輩を見つけると、告白の現場を目撃しようと、ぞろぞろ付いてくるのであった。

「……連中。うざいですな」

「そーか? あたしは別にいいけどー」

 しかし、二十日先輩はあまり気にしていないようだった。というよりも告白をする緊張でそれどころではないらしい。告白たって恋文とチョコ渡すだけなのだがね。

 俺たちギャラリーを金魚の糞が如くくっ付けながら大学構内をうろうろと移動し、鳴嶋先輩を探した。背の高い人だから、すぐ見つかるかと思っていたのだが、こーいう時に限って、中々、見つからんのである。

「困りましたなー」

「う、うん……」

 二十日先輩は緊張と相手を見つけられない焦りで、かなり弱っていた。

 そこで、俺は思いついた。困った時は金魚の糞でも使おうではないか。

「諸君。告白の生現場を見たいか? しかし、彼女は相手を見つけられず、告白をしようにもできん状態だ。彼女は告白ができず、諸君らは告白を見れず。このままでは互いに不幸であることは自明の理である!」

 野次馬どもはうんうんと頷いた。

「しかし、ここに双方が満足できる手段がある。それは、つまり、諸君らが手分けして、彼女の相手、つまり、鳴嶋先輩を探し出すことである。そうすれば、彼女は告白を達成し、諸君らは生告白の現場を見ることができ、尚且つ、諸君らは恋を助けた心優しき者とされることだろう!」

 俺の説得に野次馬どもは納得した。わらわらと手分けして鳴嶋先輩を探し始めた。どーにも、うちの大学は暇人が多いらしい。


「……先輩って人を扇動するのが上手ですよね?」

「そうか? そう褒めるな。照れるではないか」

「あんま、褒めてません」

「……………」


 そのうち、一人が鳴嶋先輩の場所を報告し、我々はぞろぞろと馬鹿みたいに集団でその場所に移動した。この告白劇は既に一種のイベントと化していた。まあ、バレンタインデー。恋人たちの日だったしな。

 鳴嶋先輩は正門近くで数人の大学生に取り囲まれ、身動きが取れず困惑していた。帰るところを無理矢理拘束していたらしい。

「二十日先輩。行きなさい」

「う、うー、うん」

 二十日先輩は決意した表情で頷き、鳴嶋先輩に歩み寄った。二人の若き男女の周りは野次馬の大学生数十名ですっかり囲まれ、見世物と化していた。

「こ、ここここ、これ……」

 二十日先輩はぶっきらぼうにチョコと恋文を渡した。

 鳴嶋先輩はそれを黙って受け取り、その場で恋文を読んだ。

「こ、後輩、帰っていい?」

「いえ、ここまでの大事になったのです。皆の前で結果を言ってもらいましょう」

 二十日先輩は緊張と羞恥ですっかり弱気になり、さっさと帰りたがったが、俺はそれを阻んだ。これだけ数十人の前での告白なんて素敵じゃあないか。何かのドラマみたいだと思わんかね? ここで、結果が分からなければ点睛を欠くというものだ。俺ならば、こんな告白劇は絶対に御免だがな。

 鳴嶋先輩は暫し、超傑作な恋文を読んでいた。その間、辺りは驚くほど静寂に包まれていた。

 鳴嶋先輩が、ふと顔を上げて、頷いた。

 分かり辛い反応だな。結局、どっちなんだ?

「え、えーと、その頷きって、いいってこと?」

「あ、ああ」

 二十日先輩が尋ねると、鳴嶋先輩はこっくり頷いた。

「つ、付き合ってくれるってこと?」

「ああ」

 鳴嶋先輩は再び頷いた。

 周囲から歓声が上がった。


「これが、我が大学史上、最も目立った告白の全てだ。ちなみに、その一件以来、俺に恋文を製作依頼する奴がやたら増えた」

「ふぇー。何だか。良いですねー。皆に祝福されたカップルですよねー? あ、ところで、その鳴嶋さんと二十日さん、今はどーなんです?」

「ん? ああ、今も交際してらっしゃるぞ。鳴嶋先輩は夏休み中、実家の伊豆に帰っているようだがー」


「あのさー」

 さっきまで酒を飲んでばっかだった二十日先輩が、突然、口を開いた。彼女の手には何故かビール缶ではなく携帯電話がある。

「鳴嶋がさ。うちに遊びに来ないかって言ってきてるんだけど? 行くー?」

 鳴嶋先輩の実家に俺たちが遊びに行く意味が分からない。二十日先輩一人で行けばいいではないか。そんでご両親にでも挨拶されるが宜しい。

「鳴嶋の実家って、温泉旅館なんだー。ほら、いつだったか、絹ちゃん、伊豆に旅行に行きたいって言ってたじゃん」

 あー、そーなのー。余計な情報ありがとう。

「行きます行きます! 絶対に行きます! 先輩、行きますよね!? 絶対絶対行きましょう!」

 絹坂は目を爛々と輝かせて俺をぶんぶん揺さぶる。この状態の絹坂を鎮め、意見を聞き入れないのは至難の業だ。というか、殆ど無理だな。

 俺はいつバイトを休みにするか不機嫌にカレンダーを眺めながら思案していた。


恋文編は当初予想していたよりも大層長くなり、私を苦しめました……。

次回は旅行の準備をすると思います……。

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