厄病女神、「木暮二十日恋文騒動」の続きを聞く
「先輩先輩。二十日さんも落ち着きましたし、作者の気力も回復したようですから、話の続きを話してください」
「だから、作者の個人的な諸々を口にするな! ギャグ漫画じゃあるまいし!」
まあ、とにかく、続きを話そう。中途半端に放り出すのは嫌いだからな。
とりあえず、その後、俺たちは木暮壮に移動した。二十日先輩は大学からその足で俺の部屋に上がり込んだ。
俺たちはテーブルを挟んで向かい合った。
「後輩よ。お前、人に告白したことがある?」
二十日先輩は真面目な顔で聞いた。俺は正直に答える。
「ないですよ」
そんな恥ずかしいことをしたことなど、ない。本当だぞ? 誓って嘘偽りはない。
「じゃあ、告白されたことは?」
この質問には答え辛い。しかし、彼女は極めて真面目そうなので、嘘を言うのも何だから、正直に答えた。
「……あります」
二十日先輩は顔をしかめた。何だよ。その顔。
「付き合ったことは?」
また、答え難い質問だなー。まあ、俺は基本嘘が嫌いだから、正直に言うがね。
「ありますよ」
俺が答えると、彼女は難しい顔をして呟いた。
「やっぱり……」
何がやっぱりなのだ?
「お前の方があたしより恋愛経験豊富だ!」
二十日先輩は俺を指差しながらそう叫んだ。そんなこと言われても、俺は困惑するしかない。
「だから、何ですか?」
彼女の言いたいことが分からん。
「つまり、えーと……。ちょっと助けて欲しいのさ」
また、ひしひしと嫌な予感がしてきた。
「助けるって……」
二十日先輩は度々、俺に助けを求めることがある。提出期限が迫っている論文を手伝わせたり、敷地の草むしりをさせたり、壊れた自転車を修理させたり、割った窓を新しく業者に注文させたり、と、俺は色々と二十日先輩を助けてきた。というか扱き使われてきた。
まあ、それ相応の対価として家賃を割り引いてもらってきたのだがね。
二十日先輩を助けるのはよくやっていることなのだが、今回ばかりはいつも以上に気が乗らなかった。助け内容を聞くまでもなく、やる気が出ない。それでも、話は聞こう。
「つまり、何をすれば良いんですか?」
二十日先輩は少し赤みがかった真顔で言った。
「告白を手伝って欲しいんだ」
「それ凄い人選ミスじゃないですかー」
「まあ、そうなんだが、何故かお前にハッキリ言われると腹が立つな」
「てか、先輩! 誰かと付き合ったことあるんですか!?」
「……あるが、詳細は言わんぞ。人に言うべきもんでもないしな」
「はぁ……」
「何だよ! そのやる気なさそうな返事はっ!?」
俺の反応に二十日先輩は顔を真っ赤にして怒り出した。そー怒られても、本当にやる気がないのだから、しょうがない。
「そんな面倒臭いことを手伝えって言われたら誰だって溜息の一つくらい出ますよ」
「そんなけち臭いこと言うなよー! 上手くいったら今月の家賃帳消しにしてやるからー!」
まったく経営感覚のない奴だな。しかし、俺にとってはありがたい話だ。金は少ないよりも大いにこしたことはないのだ。
「仕方ない。手伝いましょう」
俺は渋々と了解することにした。
「……守銭奴……」
「何だと?」
「いえ、何でも」
とにかく、俺は二十日先輩の「生涯初の告白大作戦」を助力することにした。
二十日先輩は明日、つまり、バレンタインデーに告白をなさるつもりであるらしい。
「チョコでも作って渡すんですか?」
「う、うーん……。チョコってどーやって作れば良いんだ? カカオって何処で買えば良い?」
こいつは何も知らないらしい。全国の手作りチョコを渡している女が皆、カカオからチョコを作っていると思っているのか?
こんな調子の彼女に手作りチョコが可能だろうか? 結論は決まりきっている。
「チョコは買いましょう。そっちの方が美味いし、楽で、合理的です」
「そっかなー……」
「気持ちがあれば手作りだろうが市販品だろうが、関係ありませんよ」
「それもそーだな」
テキトーな説得をしたら二十日先輩はすぐに納得した。単純な人だ。
「で、チョコを渡す時に告白するんでしょ?」
「う、うん……」
二十日先輩は赤い顔でこっくりと頷くのだ。いつも酒を飲んで大暴れしているところしか見ていなかったので、かなり不自然というか違和感がある。俺はつい嫌な顔をしてしまい、
「何でそんな嫌そうな顔すんだよー!? 何だよ! あたしが恋しちゃだめなんかー!?」
結果、二十日先輩に怒鳴られた。
「そりゃ怒鳴られますよ」
「そーかー? 二十日先輩。恥ずかしいからってそんなに酒飲んでたら死にますよ?」
「うるへー!!!」
とりあえず、俺は二十日先輩の告白の練習に付き合うことになった。
「え、ええ、えっとー……そのー……実はー…………」
二十日先輩はこのようなどーでもいい言葉を延々と五分も並べ立てた挙句、結局、黙り込んでしまった。練習でこれじゃあ、本番ではどーにもならんだろうことは想像に難くない。こりゃダメだ。
ぴーんと思いついた。
「先輩。恋文を書いてチョコに添えたらどーですか?」
「恋文? ラブレター?」
二十日先輩はきょとんとした顔で呟いた。そんなことも思いつかなかったのか。
「ラブレターかー。なるへそ。それはいいな」
彼女は一人でぶつぶつ呟きながらうんうん頷いた。それから、難しい顔をした。
「ラブレターってどーやって書くの?」
知らん。書いたこともない。
「よく分かりませんが、ラブレターの書き方に決まりなんてないんじゃないですか? 思った通りをそのまま書けば良いと思いますけど……」
「そなの?」
聞き返されても分からんよ。
とにかく、俺たちはラブレターを製作することにした。
とりあえず、二十日先輩に好きに書かせてみた。
鳴嶋先輩へ
あなたのことが好きです
木暮二十日
「誰?」
「相手だよ!」
ああ、好きな人って鳴嶋先輩っていう人なのか。今更ながら、そんなことも聞いていなかったことに気付く俺。
「……短くないですか?」
「そ、そかな? でも、他に書くことなんて思いつかねーよー……。ちょっと、後輩。お前、お手本、書いてみてよ」
そんなこと言われても俺は恋文なぞ一度も書いたことがない。読んだこともないしな。
しかし、それでも、二十日先輩は書けと煩いので、とりあえず、テキトーに書いてみた。
鳴嶋先輩へ
拝啓
春寒の候、時下ますますご清祥の段、お喜び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
さて、この度、お手紙申し上げたのは他でもございません。
突然のことではございますが、日頃より、私は貴方様のことをお慕い申し上げておりました。
まことに恐縮ではございますが、貴方様と男女としての御交際をお願い申し上げます。
乱筆ではございますが、御容赦下さい。
ご返事お待ち申し上げております。
草々
木暮二十日より
「どんなラブレターだよ!?」
二十日先輩は不満そうだ。ちゃんと正式な挨拶状の体裁をとったはずだが、おかしいな。
「草々じゃダメですか? 敬具にします?」
「どっちも知らない! こんなラブレターあるかー!?」
何故か怒鳴られた。
「当たり前ですよー」
「そーなのか? 平素は格別の御高配がおかしかったか?」
「……先輩……」
「何だ。その呆れたような顔は? 何かムカつくぞ」
恋文を書いたことも読んだこともない二人ではどーにもならんと思った俺たちは友人知人に恋文の文書作法について尋ねることにした。分からんことは分かってる奴に聞くのが一番だ。
二十日先輩は二十日先輩の友人知人に聞きに参り、俺は俺の友人知人に聞きに参ることとなった。二人で一緒に行動する意味はないし、非効率的だからな。
しかし、ここである問題が生じた。
この大学における俺の友人知人といえば、例の三馬鹿学友トリオと教授、二十日先輩、京島他数人くらいしかおらんわけである。俺の交友関係は極めて狭いのだ。
あの三馬鹿にものを相談するくらいならば、犬と話し合った方がまだ有意義であることは火を見るよりも明らかであるし、当然のことであるが、教授に恋文の書き方を相談するほど俺は阿呆ではない。
では、残りの数人ではあるが、そいつらは同じ研究室の連中だったりするだけで、あまり親しい仲ではない。
「ふむ、困ったぞ」
俺は大学構内を歩きながら呟いた。上手く恋文を書けねば今月家賃無しの約束が取り消されてしまう。一度手に入れたはずのものが失われるのは何とも口惜しいことである。
「うぅむ、困ったものだ」
「何が困ったんだ?」
不意に声をかけられ俺は顔を上げた。いつの間にか京島が目の前に京島がいた。そうか。こいつがいたな。
「京島。聞きたいことがあるんだが、恋文を書いたことはあるか?」
「恋文!?」
京島は素っ頓狂な声を上げた。まあ、いきなり、こんなことを聞かれれば驚くのも無理はないか。ないかー? ちょっと驚きすぎじゃあないか?
「こ、恋文は書いたことがないな……」
京島はしかめ面で言った。
ふむ、困ったな。参考にしたかったんだが。ああ、そうだ。
「じゃあ、恋文を貰ったことはあるか?」
尋ねると京島は難しい顔で俯いた。
「あ、あることは、ある」
あるらしい。ちなみに、俺はない。告白した奴はいるが、手紙ではなかったからな。
「その恋文はまだあるか?」
「ある。捨ててはいない」
今も現存するらしい。これは、良い資料ではないだろうか? 恋文の現物とあらば、その資料的価値は計り知れないものがある。
「うーむ、大変言い難いことであり、かつ申し訳ないことなんだが、一つ頼んでいいだろうか?」
「ん。何だ?」
京島は相変わらずの無愛想な顔で言った。
「その恋文を見ることは可能だろうか?」
「あ、あー。うん。可能。家にあるけど」
「じゃあ、ちょっと見せてもらっていいだろうか?」
我ながら図々しい奴だな。しかし、この問題は時間が限られているのだ。家賃チャラが係っているのだ。
「家にある」
「うん」
「だから、家に来てくれ」
「う、ん?」
いつの間にか京島が俺の腕を掴んでいた。
そのまま京島の家まで連れて行かれた。
「京島さんの家に行ったんですか!? 何かされませんでしたか!?」
「いや、今から話すから待てや」
「どーいうことですかっ!? ちゃんと話して下さい!」
「まあ、待て。何でそんなに怒ってるんだ? とにかく待て」
「何ですか!? この流れ!? まさか、また次回に続くですか!? また卑怯臭い手を使う作者ですねー!」
ごめんなさい。まだ続くことになりました。
ごめんなさい。またキャラに言い訳させました。