厄病女神発言に先輩混乱す
は?
俺ぽかーん。
他全員大騒ぎ。
「えーっ!?」
「マジでーっ!?」
「本当にぃーっ!?」
「かなりの驚きですね」
「薄々分かってましたけど」
いや、俺だって、何となく分かってはいた。分かっていたとも。俺は、その辺のラブコメのありきたりな主人公みたいな鈍感ではない。はっきり言って自慢だが、俺は勘が鋭く、物事に敏感な人間なのだ。サバンナの野生動物並みだぞ。
少し脱線したな。
とにかく、余程、鈍感じゃない限り、一日中、絹坂の言動を見ていれば彼女の本心くらい分かる。俺に好意を持っているのではないかと俺は推察していた。俺の勘違いでないことは、今、証明された。
そんな賢しい俺であるが、今回の絹坂発言には、似合わずも口をぱかーっと開けて目が点にならんばかりに、ぽかーんしてしまった。
しかし、そうなってしまうのも致し方ないというものだ。絹坂発言のタイミングにはビックリせざるをえない。何故、今言う? 何故、ここで言う? 何故、この場面で言う?
普通、こーいう恋の告白めいた台詞は静かなロマンティックめいた場所で2人っきりの場所で言うものではないのか? 俺は、そーいう分野の知識に疎いからよくは分からんが、小説や漫画、映画、テレビドラマなんかではそーではないか。
少なくとも相手の友人とはいえ初対面に近い連中がごっそりいるファミレスの席で言うもんじゃああるまい。
俺は酷く困惑していた。絹坂の思惑は何なのだ?
絹坂を見ると、奴は俺の気を知ってか知らずか。俺を見て、ニッコリと笑いやがった。
どーいう気なんだ? 冗談か? ギャグか? 嫌がらせか?
「絹坂、貴様、それは、どーいうつもりだ?」
俺は絹坂が、
「なーんちゃってー」
と言うことを期待して尋ねた。それで全部、無かったことにしろ。俺は無言の圧力で、絹坂を脅す。
「どーいうつもりも、何もないですよー」
絹坂はケロッとした顔で言った。
「私は先輩のことが好きです」
また言いやがった。よくも、まあ、そんな恥ずかしい台詞を口から吐き出せるな。俺には絶対に無理だ。
我が友人たちはひゅーひゅーわーわー囃し立てる。
どんどん顔が熱くなってくる。顔に血液が集まり、赤くなっていくのが面白いくらいに分かる。今の状況は、全然面白くないが。
しかし、最高に面白がっている奴らがいる。悲しいことに、そいつらは俺の無二の友人たちだ。
「わーわー! 生告白だぞー!」
「生告白なんて始めて見ます」
「こりゃいいね! ご飯3杯はいける!」
「86点」
「甘酸っぱいなー」
我が友人たちは口々に訳の分からないことを言い合っている。それ、会話になってるんか?
我々の間では人の不幸の蜜はちゅーちゅー吸い合うという掟めいたことがあるので、致し方のないことではある。俺だって、この中の誰かの不幸の蜜を吸ったことは一度や二度ではない。
そんなわけで、
「おいおい、委員長ー。どーすんのさー?」
「何かしらの返事をすべきではないですか?」
「今すぐ返事しちゃえ! できなきゃ男失格!」
「返事できなければ赤点です」
「甘酸っぱいなー」
彼らは俺をガンガン責めてくる。甘い蜜を吸い尽くすつもりだろう。
絹坂は何やら意味ありげな目で俺を見つめている。何だか期待と不安が入り混じったような目だ。止めれ。お前は少女漫画の主人公かっ!?
皆が俺に注目している。関係ない客とか店員もこっち見てる。煩いから会話が丸聞こえなんだろうな。
俺はこの場で何かを答える必要性に駆られた。まったく、極めて厄介なことだ。やはり、絹坂は厄病女神と証するに相応しい奴だ。やっぱり、こいつが来ると厄介事が付いてくる。というか、もう、こいつ自体が厄介事を作り出している。
しかし、この状況は極めて困ったことだ。
いきなり、絹坂に告白めいたものをされてしまった俺は何らかのアクションを起こさなければならない。そのアクションというのは、つまり、告白への返事以外のなにものでもないことは言うまでないことだ。
「むぅ……」
俺は腕組みをして不機嫌な顔で唸る。
「さあ! 答えは!?」
蓮延が仮想マイクを突きつけてくる。お前、好きだなー。この手の話題。貴様には浮いた話が一っつもなかったがな。沈みっぱなし。
遂に答えざるをえなくなった段階で俺はある考えを得た。天啓だな。
「うむ、承知した」
俺ははっきりきっぱり頷いて言い放った。
皆が怪訝そうな顔をする。意味不明って思ってるわけだな。
「成る程。絹坂が俺に好意を持っているということは承知した。だから、何かね?」
薄村が気付いたらしくニヤリと笑った。彼女は目で話し掛けてきた。言いたいことはよく分かる。
その目を無視して俺は話し続ける。
「確かに俺は絹坂に好きだといわれたが、それで俺はどーすればいいのか? 結婚してくれと言われれば、結婚するかしないか返答しようではないか」
この辺りでかなりの奴が俺の思惑に気付いてきた。絹坂も感づいたらしく、むくれた顔をしている。
「つまり、好きだと言われた俺に答えるべき言葉は無い。答えるべき義務も無い。以上!」
連中から何か文句を言われる前に俺は席を立った。
ついでに言い残す。
「最後に残った奴が会計だ」
我が友人たちは先を争って席から離れる。こーいう反応大好きだぞ我が友人たちよ。
時刻は既に夕方に近くなっていた。しかし、まだ日は高い。
「卑怯者」
草田が会計を済ませている間にファミレスの駐車場で煙草を吸っていると、いつの間にか傍まで近付いていた薄村にぼそりと言われた。
「卑怯で結構」
煙と一緒に言った。薄村は素早く風上に移動した。
「嫌われますよ」
「絹坂にか?」
彼女はこくんと頷いた。
「嫌われたって構わん。いや、その方が良い。俺にとっても、絹坂にとってもな」
「何故ですか? 好き合う者同士が結ばれないことの何が良いのです?」
俺はぶふっと煙を吐き出した。一際不機嫌な顔で薄村を睨む。
「俺がいつ絹坂のことを好いていると言った?」
「しかし、先程の告白を否定しなかったということは憎からず思っているということですよね?」
俺は黙って煙草をすぱすぱ吸っていた。これじゃあ絹坂のことを憎からず思っていると認めるようなものだ。しかし、俺には答えるべき言葉が思いつかなかった。
「あなた、まだ引きずっているんですか?」
「俺がタイヤ引きずろうが何引きずろうか俺の勝手だろ」
俺が言い返すと薄村は嫌そーうな顔をした。まあ、誰だって真面目な話している時に茶化されたら嫌か。
「おーい! 委員長! 薄紫ー! 居酒屋行くよー!」
蓮延が叫んでいる。
煙草をアスファルトに落として踏みつけた。携帯灰皿持ってないからな。
「委員長。悪い人ですね」
「俺は根っからの悪役だ。善人よりも偽善者よりも悪人であった方が楽でマシだ」
なんて哲学っぽいことを言ってみる。頭よさそうじゃないか。
「あー! 先輩! 煙草をポイ捨てしましたねっ!?」
びくうぅっと震える俺。誰の言葉かは分かる。
「さっきは訳分からないこと言って話を曖昧にしてー!」
俺の背後に立っていた絹坂は酷く怒っているらしい。握り締めた拳が震えている。こりゃ、マジで怒っているな。まあ、思い切って告白したら、訳分からないこと言われて曖昧にされちゃあ怒るのも当たり前か。
うーむ。最近、絹坂を怒らせてばかりいる気がするな。
「先輩! 今度は詭弁で逃げられないように、はっきり言います! 私と付き…」
「聞こえんっ! 聞かんっ! 俺はこれから友人たちと飲みに行く! 未成年は付いてくんな!」
俺はそう怒鳴ってから絹坂から逃げるべく走り出した。目的地である居酒屋の場所は把握している。
「あ! 逃げる気ですか!? 待ってください!」
当然の如く、絹坂は追いかけてきた。
俺は大学生になってまで何をやっているんだろうな? 女子高生を追いかけっこか。馬鹿らしい。
さて、捕まった時は、何と言い逃れしようかね。