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厄病女神は先輩を怒る

 目が覚めると絹坂がすぐ側にいた。

 絹坂は酷く心配そうな情けない顔をしていた。

「先輩、大丈夫ですか?」

「何がだ?」

 俺は凄まじく不機嫌に応じた。

「具合か? 調子か? 機嫌か?」

 いつも絹坂がやるように首を傾げて見せた。

「全部最悪じゃー!!!」

 俺は思いっきり叫んだ。これだけ大声で叫んだのは久し振りだったかもしれん。喉痛い。

「せ、先輩…?」

 俺は黙って体を起こした。体の各所がぎすぎすと痛むし、酷くだるかったが、無視だ。無視。体の言うことなんぞ聞いてたら生きていけん。人間の主導権は指令機関たる脳にこそあるのだ。

 俺はベッドから身を起こし、床に足を着け立ち上がった。

「あ! 先輩! 危ないです!」

 不覚にもふらっときて倒れそうになった俺を絹坂が慌てて支えた。

 その絹坂を押し退けて俺は歩く。真っ直ぐ台所に、冷蔵庫を開けてビールを取り出して、一気に飲み干す。

「ああ! 先輩!? 何やってんですかー!?」

 絹坂の狼狽した声が聞こえるが無視。というか、もう全部飲んじまったしな。

「寝起きにビールなんて止めて下さいよ! リストラにあって自暴自棄になってる中年の小父さんじゃないんですからー!」

 妙に細かい比喩だなと思っていたら、物凄い吐き気に襲われ、シンクですぐ吐いた。物凄く酸っぱいゲロだな。

「ぎゃー! 吐くんならトイレでやって下さいよー!」

 絹坂が怒声とも悲鳴とも聞こえる叫びを上げた。まあ、怒られて当たり前ではあるな。

 口の中が筆舌に尽くしがたいほどに気持ち悪いのでとりあえず、うがいする。

「もー! これ、誰が掃除すると思ってるんですかー!?」

 絹坂は俺の横でシンクの惨状を見て叫んだ。別に俺の部屋のシンクなのだから俺が掃除してもいいのだが、絹坂は自分で掃除する気満々らしい。ここはお前の部屋ではないのだぞ? 分かっているのか?

 俺はふらふらと居間に移動し、ちょっと机の引き出しをごそごそやって、煙草を取り出して咥え火を点けた。

「………げっほ、ごほ!」

 やはり、久し振りに吸うと煙いな。

「先輩!? 煙草はダメですよー! 肺が真っ黒に!」

 絹坂に煙草を掠め取られた。絹坂はその煙草を持って暫しうろうろした。うちには灰皿がないのだ。彼女はどーしようもなかったらしく、とりあえずゴミ箱に放り込んだ。そんなことしたら火事になるぞ?

「いた」

 頭に軽い衝撃がきた。ちょっと痛い。

 絹坂のチョップを頭に食らった。

「何をするのだ?」

「何をするのか聞きたいのはこっちです!」

 絹坂は床に座り込む俺を睨み下ろしながら怒鳴った。珍しく恐い顔をしている。結構、本気で怒っているらしい。

「俺が何をしようが貴様には関係あるまい」

「関係なくないです」

 絹坂を俺を睨む。思えば、絹坂にここまで本気で睨まれたことも初めてに近いな。絹坂と一緒に生活するようになって、彼女の新しい顔。見なかった顔をよく見れた気がする。

 不意に今朝見た夢を思い出して、また猛烈な吐き気に襲われた。

 それと同時に絹坂が火の点いた煙草をゴミ箱から煙が上がっているのが目に入った。しかし、それを絹坂に伝える為に喋るわけにはいかない。口を開いた途端、大変なことになりそうだ。

 咄嗟に左手で口を押さえながら、右手でゴミ箱を指差す。

「な、何ですか!? また吐くんですか!? 今度はトイレで……は? 何ですか、その指? あ! ゴミ箱燃えてるっ!?」

 絹坂は、すっかり狼狽し、

「あわわわわわ!」

 と、騒ぎながら、ばたばたと何処ぞへ駆けて行った。貴様、逃げる気か!?

 ここで俺は一つの解決法を思い付いた。この二大問題を一挙に解決する方法を。諸君も分かろう。つまり、ゴミ箱にゲロを吐いてゴミ箱の火を鎮火させるのだ。

「××××××」

 この×の連続はゲロを吐き出す音だ。伏字にしたのは俺の優しさだ。諸君もそんな音を聞きたくあるまい?

 よし。鎮火。うむ、我ながら天晴れな対応だった。しかし、臭いな。

 一人悦に入っている俺の頭に結構な量の水がかけられた。冷ちゃい。

「こ、これで、消せたはず…あぁ! せせせせ先輩!? 何故、そこにー!?」

 どうやら、絹坂は慌て過ぎて、何の確認もせずにバケツの水をぶちまけたらしい。らしいと言うのは、つまり、後で聞いた話だからだ。何故、この時、俺が状況を確認できなかったのかといえば、

「先輩! すいません! 急いで拭きま……あれ?」

 絹坂の声がだいぶ遠くから聞こえるようであった。そして、ゲロ臭かった。

「うわわわわー!! 先輩!? 気を失ってるー!? 大丈夫ですかー!?」


 次に気が付いた時、俺は再びベッドの中だった。

 上から絹坂が心配そうに俺を覗き込んでいた。

「先輩、気が付きましたかー?」

「む? 今は何時だ?」

 確か、今日はバイトが入っている日だったはずだ。遅刻してしまう。善次郎氏は温和で優しいが、大木娘が煩いのだ。

「今日はバイト休んでください」

「何? 何故だ?」

 俺が尋ねると絹坂は困ったような呆れたような顔をした。

「先輩、顔色滅茶苦茶悪いですよ。しかも、さっきは二度も吐いたし、気も失ったし。普通の状態じゃないですよ」

 そんなにも俺の調子は悪いらしい。まあ、確かに、体は凄まじくだるくて、起きる気も出ないし、夏にもかかわらず酷く寒気がする。更には気持ち悪い冷や汗も出ている。

「うーむ、しかしなぁ……面子が……」

「面子と健康どっちが大切ですか!?」

 絹坂が恐い顔で怒鳴った。

「面子」

 俺は即答する。俺にとって大事なものは自らの面子と矜持だけなのだ。俺の自尊心は山よりも高く海よりも深く云々。

 絹坂は気難しい顔で俺を睨む。いつもの俺みたいな顔だ。似たのか?

「ごちゃごちゃ言っとらんで、さっさと休むって電話しなさい」

 絹坂に電話を渡されて、渋々と俺はバイト先に電話をし、病気を理由とした本日の休職を願い出た。電話に出たのは善次郎氏で休職の件はすぐに了承され、病状を酷く心配された。本当に良い人だなぁ。

「………これで良かろう?」

 俺が不機嫌に言うと絹坂は頷いた。

「良いのです」

 何だか、いつもと立場が全然違うではないか。というか、少し前に、絹坂が夏風邪をひいた時と真逆の状況ではないか。

「私が誠心誠意、看病してあげますから、先輩は安心して寝ていてくださいね?」

 絹坂は輝くようにニッコリと笑った。

 ああ、俺は何をされるというのか?


ついに30話です。連載初めて一ヶ月過ぎました。

ふらふらふらふらと右往左往しながら、やってきたなぁ。と感慨深い限りです。

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