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厄病女神の夢を見た

「お父さん。お父さん。起きてー!」

 気が付くと俺は布団に包まれていて、ゆさゆさゆさゆさ、揺らされていた。

 しかも、かなり近い所から小さい娘っ子の声が聞こえるではないか。何だか、凄い嫌な予感がする。

「お父さん! 起きてよー!」

 誰がパパじゃと怒鳴りたくなったが、そんなことをして泣かれては面倒臭いので黙って布団の中に入り込む。二度寝するつもりだ。こういう時は、もう一度、寝るに限ると俺は今までの経験で知っているのだ。

「もう! お父さん! 起きてくれないの!?」

 幼い声で怒られても全然恐くないし不快でもなく、どちらかというと微笑ましい気分になるのは何故だろうな? やはり、遺伝子の策略か…。

「えい!」

「げふぅっ!」

 体のどっかから溢れた空気が口から吐き出されると同時に変な声が出た。

「起きろ起きろー!」

「がはっ! げふっ!」

 さっきから近くにいたガキが俺の上に飛び乗って跳ね回っているらしい。さっきまで微笑ましく思えていたのに、途端に憎く感じるのは何故だろうな? やはり、人間、自分が一番かわいいのか?

「あ、こらー。お父さんにそんなことしちゃダメですよー」

 別の聞き慣れた声が俺の鼓膜を刺激した。まさか……。

「はーい、お母さん」

「朝ご飯ができたから、テーブルにいてください」

「うん、分かったー」

 ぱたぱたと小さな足音が遠のいていった。

 その次の瞬間。俺が包まっていた布団が剥がされた。寒い!とは感じなかった。妙にリアルだったり曖昧だったりと都合いいもんだ。

「おはようございます。あなた」

 ニッコリと笑って俺を見下ろしていたのは白いエプロン姿の妙齢の女性だった。小柄で、顔がやたら小さく、瞳は微かに茶色く少し垂れ目、口や鼻は小さめ、ほっぺがぷにぷにしていて、髪は短め。誰あろう彼あろう。我が部屋に寄生中の厄病女神こと絹坂が、少々、年を取った感じだった。


 俺はよく夢を見る体質だ。それはもう俺が洟を垂らして保育園に通っていたくらいの昔からだ。

 人は皆、寝れば必ず夢を見ているらしく、それを覚えているか覚えていないからしいが、その点で言えば、俺の記憶力は大層優秀であるらしい。何せ365日中300日は夢を覚えているくらいだからな。

 夢の種類は数多く。夢だけで言えば、俺はかなり色々な経験を積んでいる。人を殺したのは一回やそこらじゃないし、戦争にまで出たこともある。ついでに殺されたことも一回二回ではない。

 まあ、ここは俺の夢談義を語る場ではない為、これくらいで割愛させて頂くが、結局、何が言いたいかといえば、つまるところ、俺は良く夢を見るのだ。

 多く夢見る俺だが、夢の中にも、よく見る夢というのがある。似たような設定だったり、同じような結末だったりする夢だ。いくつかあるのだが、その中に将来の夢って俺が名づけている夢がある。俺が結婚して子供が出来て仕事もしてるっていう設定の夢だ。

 今、見てるのがそれだ。


 俺はフローリングのダイニングテーブルに着いていた。

 テーブルの上にはトースト、ハムエッグ、レタスサラダ、ベーコンとキノコの炒めもの、なんかが並んでいる。あと、コーンフレークと牛乳もあった。

 テーブルに着いている人間は四人だった。

 俺、絹坂の成長バージョンらしき女性、さっき寝ていた俺の周囲で騒いでいたらしい可愛らしい幼稚園児ほどの女の子、その女児よりも更に小さい男の子。

「さあ、朝ごはんにしましょー。いただきまーす」

 絹坂成長バージョンらしき女性が言い、二人の子供がコーンフレークを食べ始めた。ちゃんと牛乳入りだ。がりがりぼりぼりと噛み砕かなくても良い。

「あなたー。食べないんですかー?」

 絹坂みたいなのが小首を傾げて聞いてきた。仕草や話し方は絹坂によく似ている。しかも「あなた」なんて呼んできやがる。

 俺は渋々と朝食を口にした。夢の中で朝食を食うか…。

 しかし、俺は困惑していた。この妙に現実的で夢っぽくない夢にじゃない。こんなふうに現実っぽい夢は何度も見たことがある。俺は想像力が豊かなのかね。

 俺の困惑の原因は目の前の人物。絹坂らしき女性だ。

 今までも絹坂が俺の夢に現れたことはあった。しかし、それは俺の高校の後輩の絹坂としてとか、ちょい役、脇役としての登場が主だった。

 こんなふうに妻役として登場するのは初めてだ。というか、今まで、夢で見た妻役は常にある特定の人物だった。彼女以外が妻として登場するのは初めてで、俺を大いに混乱させる。

「あなたー? 先輩?」

「ん、何だ?」

 顔を上げると妻役の絹坂が怪訝そうな顔で俺を見ていた。

「……何だか泣きそうな顔してますよ?」

「俺がか? 馬鹿を言え」

 言われてすぐに俺は顔をしかめさせた。

 本当に泣きそうな気分だったから、無理矢理平静を装う。これは俺の得意技だ。

「あ、お父さん、いつもの顔に戻ったー」

 娘らしき女児に言われた。俺はこの世界でも不機嫌な面ばかりしている設定らしい。俺って奴は夢の中でもしょうがない奴だな。


 夢の中の俺の仕事は大学の助教授であるらしい。その職場は何処あろう今現実に俺が通っている大学そのままだ。

 大学に通勤する途中、ゴミを捨て、娘らしき女児を幼稚園に連れて行った。

 通勤・大学での勤務・帰宅までの諸々は全てテキトーに省かれていた。夢ってのは便利でいい加減なもんだ。


「お帰りなさい。お父さん!」

 んで、帰ってきた俺に女児が抱きついてきた。

「ん。ああ」

 女児を受け止めてやる。いくら冷血人間といわれる俺でも、こんくらい小さな子供を無下に扱うほど酷くはない。

「お帰りなさい。あなた」

 妻役絹坂が穏やかに微笑みながら言った。いい奥さんといった感じだ。現実の絹坂がこんな風になるもんかねえ? ちょっと想像力ありすぎだぞ俺。

 俺たちはダイニングテーブルに着き、夕食を食った。夕食は何か色々と立派な料理だった。夢の絹坂は現実の絹坂よりも更に幾分か料理の腕が上がっているようだ。

「あのね? お父さん」

 娘らしき女児が俺を見て言った。

「何だ?」

「私ね。妹が欲しいの」

「……………」

 こんなことを言われた親父はどーすればいいというのだ? 現実の俺はまだ二十歳の若造なのだぞ?

「夏雅がいるじゃないですかー?」

 絹坂が言った。どーでもいいが、こいつは娘にも敬語なのか。

「夏は弟じゃん。妹が欲しいの!」

 女児が言った。この小さい男児は夏雅という名前らしい。その夏雅少年は、のんびり大人しく淡々と自分の飯を食っている。

「うーん……。どうしましょう?」

 絹坂は俺を見て言った。どうしましょう言われて俺はどうすればいいのだい?

「……このムニエルは美味いな…」

 どーでもいいことを言って話題を変える以外に方策なし。早く覚めろ俺! 夢よ終われ!


 時は移って就寝時刻だ。移りすぎな気もするが、夢だから関係ない。

 そして、俺はピンチだ。

 朝は気が付かなかったのだが、俺の寝ていたベッドはかなり大きかった。大人二人くらい寝れそうだ。つまり、所謂、ダブルベッドってやつだ。隣で寝る奴は誰だ? 言うまでもないことだ。

「さあ、あなた、眠りましょう。子供たちはもう寝ちゃいましたしー」

 妻役絹坂は布団に入りながら言った。

 おいおいおいおいおいおいおいおい、待ってくれ。ちょっと待ってくれ。ちょっと、今、頭の中を整理する必要がある。いや、分かっているぞ。これは夢だ。夢であることは確かだ。夢の中で絹坂と同衾することに何の罪があろうか? 何の意味があろうか? 何の罪もないし、何の意味もない!

 よし。

 俺は不機嫌な面で布団に潜り込む。絹坂に背を向けるような格好で横になる。ここで眠れたら夢から覚めるような気がする。よし、寝よう。

「ねえ、あなた…」

 びくうぅっ!

 いきなり、妻役絹坂が話しかけてくるから、びっくりしてしまったではないか。

「春奈が夕食の時に言ってたことですけどね?」

 春奈ってのは娘のことだと何故か分かった。夢って便利ね。

 そして、夕食時に言っていたことといえば一つしかない。それは分かる。分かるが、俺にどーしろと? いや、夢なんだけどね?

「私ももう一人くらい子供が欲しいですねー」

 背後でもぞもぞと動く気配がする。すると思ったら、俺の衣服の隙間から何か入ってきた! それは俺の背中から上がってきて胸の辺りを撫でる。

「ねえ、先輩?」

 何で、そこは聞き慣れた先輩と呼ぶのか意味が分からんよ。

 こーいう時は寝たふりに限る。というか、それしか対処方法を知らんよ。

「寝てませんよねー?」

 バレてるー。意味ねー。

「ねーえ?」

 うわーうわー。夢とはいえ、どーすれば良いのか? 何か首筋舐められてるしー。ぞくぞくする。

「あ、疲れてるんだったら、先輩はじっとしてていいですよー。私、勝手にやりますからー」

 何をやるのかは諸君のご想像にお任せしたいっていうか分かるよな?

 俺は夢の中の絹坂のされるがままにされていた。というか、もう寝て早く起きたい気持ちでいっぱいだった。

 その時、俺の視界に何かが入った。

 即座に顔を上げる。

 部屋のドアの前に彼女はいた。最後に見た姿とまるで変わらず。まるで生きているかのように、彼女は立っていた。


 そこで夢は覚め、俺は勢いよく上体を起こした。

「うわっ!」

 何故か側に絹坂がいて、びくぅっと、ビクついていた。

 俺の体は汗でびっしょりと濡れていた。微かに体が震えていた。

「せ、先輩? どーしました?」

「……いや、何でもない」

 言ってから俺は思いっきり不機嫌な顔をした。

 忌々しいことに俺は彼女のことを忘れかけていたようだ。全く気に食わんことだ。

「寝る」

「え? 先輩、二度寝ですか? 珍しい」

 絹坂の言葉を無視して俺は再び夢を見ようとした。彼女に会おうと思ったのかもしれない。


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