厄病女神、先輩の学友と交流す
結局、絹坂に大きな借りを作ってしまった俺は、大人しく大学案内をせざるをえなかった。労働の厳しさに負けた。
しかし、絹坂が手伝ってくれたお陰で夕方までかかりそうだったのが、昼少し過ぎで終了できたのだから、ありがたいことはありがたいのだがね。
「先輩ー。ここのラーメンいまいちー」
「文句を言うな。学食の飯は安かろう不味かろうなのだ」
ここの大学の学生食堂は夏休み中にもかかわらず何故か開店営業している。夏休みなのに大学に入り浸る教授・学生・有象無象が大いにいるせいだろうな。
昼少し過ぎという中途半端な時間である今でも、学食にはまあまあな人数の学生が入り浸っている。
こいつらは何処も行く所が無いのか? こんな所でぐぅたらしていては、貴重な青春を浪費するだけだぞ! 俺も人のことを言えないが。
俺たちは遅めの昼食を終え、学食を出た。
やれやれ。面倒臭いことになったぞ。絹坂は満足するまで俺に大学案内をさせるだろう。
「じゃあ、大学案内してください」
ほら、きた。
絹坂はキラキラ輝く笑顔で俺を見上げる。
ここで、やっぱなし。と言えたら楽だろうなあ。しかし、それでは、先輩として格好がつかん。俺の自尊心は山よりも高く海よりも深く云々。
「…仕方あるまい…」
俺はしかめ面でぶつぶつ文句を言いながら大学構内を歩き出したのだ。
変人教授の研究室の冷血無慈悲野郎が可愛い女の子連れて大学構内歩き回っている。
そういった噂が大学中に拡散するのにさして時間はかからなかったようである。
考えてみれば当たり前だ。大学の中で俺は有名人と見なされているし、普段、大学生か教授・講師・職員しかいない大学内に女子高生らしき乙女がおれば話題にはなるだろう。
その為、行く所行く所で大学の学生連中から視線を向けられ、ひそひそと噂話をされる。正直、不快だ。
どうせ、噂話の内容は一つや二つであろう。
第一に、あの女子高生は何者か?
第二に、あの冷血人間と女子高生の関係は?
これに尽きる。
連中、余程、暇してるらしい。自分で青春探せ。青春見つからん奴は自分探せ。旅に出ろ。
「先輩ー。私たち、どう見られてるんでしょうねー?」
俺の横で絹坂が意味ありげに俺を見上げながら言った。
「どう見られていようが見られていなかろうが関係ない」
思いっきりしかめ面で不機嫌そうに答える俺。
それでもニッコニッコ馬鹿みたいに笑ってる絹坂。
傍からは、ますます意味不明な二人組みに見えることだろうな。俺たちを観察している連中の中でも首を傾げている奴が多数いる。
そりゃそうだ。当事者である俺自身、二人の関係を簡単に説明できんのだから。したり顔の他人に説明されて堪るか。
俺はひたすら不機嫌な面で大学を歩き回り、その後を絹坂が何だか楽しげに付いて回った。
前述したことがあるが、俺が大学に絹坂を連れて来たくなかった理由は二つある。
まず、対絹坂避難地域を失いたくなかったこと。これは、もう確実に失われた。絹坂は道順を覚えてしまったから、いつでも好きな時に来るだろう。そもそも、ちょっと調べれば住所とか分かるから、最初から対絹坂避難地域としては確実ではなかったがね。
次に、もしも、俺と絹坂が仲良く大学構内なぞを歩いていれば、確実に我が学友どもに、妬まれ、罵られ、からかわれるのが目に見えていたからだ。非常に了見の狭い連中だからな。
よって、俺はそれだけは避けたかった。俺はからかわれるのが大嫌いだからな。
しかし、大学内をくまなく歩き回って案内してりゃあ嫌でも会うさ。
「お、お前……」
我が学友どもは俺と絹坂の二人組を見た時、かなりの阿呆面で呆然としていた。
俺はいつもの不機嫌顔で彼らを睥睨した後、口を開く。
「……勘違いするな?」
その言葉がきっかけだったのか? いや、きっかけなど何でも良かったのだろう。俺は学友どもに捕まえられて、街路樹の陰に引き込まれた。
「何をするか!?」
「何をする、じゃねえ!」
長身でひょろい赤髪の男が俺の腕を掴みながら怒鳴った。彼は赤髪なのに青木という苗字だったりする。いや、いいんだけどな。苗字が青木で頭が赤くても。
「お前! 恋愛に興味なんかねえ的なこと言ってなかったか!?」
こいつは感情の変化が早く大きい奴だ。
「言った。恋愛に興味はない。やる気もない」
俺は胸を張って言ってやった。本心だ。
「じゃあ、あの可愛い子は何なのさー?」
そう言って俺の服を引っ張るのは、チビで痩せた眼鏡の少年。童顔で少年に見えるが、これでも、同い年の瀬戸野だ。
「何か凄い可愛いよー。萌え。写真撮っていいかな」
この台詞で分かるように、ちょっとダメな奴だ。
「ぶっ殺すぞ。デジカメをしまえ」
俺が脅すと渋々と最新式デジカメをリュックにしまった。
「お前さ。あの子と、どーゆー関係なんだよー」
中肉中背で、いまいち、特徴という特徴がない男がヘラヘラ笑いながら言った。こいつは草田心平。俺の中学時代からの腐れ縁で、一応、親友と呼んでやってもいいかもしれないが、呼んだこともないし、呼ぶつもりもない男だ。
覚えているだろうか? 夏休みの初めの方。絹坂が寄生した日か次の日くらいに女装して合コンに来ないかと電話をかけてきた阿呆だ。
「てか、あの子、高校時代に、俺らの組織にいた子じゃねえか? ほら、お前にくっ付いて回ってた」
「ああ、うむ。そうだ。後輩だ」
彼は俺が高校時代に属していた組織の幹部を務めていたのだ。当然、俺にべったりだった絹坂のことも覚えていたらしい。まあ、それくらい覚えていて当たり前だがね。
しかし、この三人は夏休み真っ只中だというのに野郎三人で大学構内をうろついていたのか。寂しい奴らだな。
「先輩ー。お友達ですかー?」
気が付けば、絹坂がすぐ側まで、とてとて歩いて来ていた。
「何。友達などという上等なもんではない。たまたま偶然、よく一緒の空間にいて、極たまーに会話をする程度の者だ」
俺がそのように連中を表現すると、彼らはわらわらと俺の横に並んだ。何のつもりだ?
「おい、俺たちを紹介しろよー」
その気持ち悪い笑みを引っ込めろ。不愉快だ。
こいつらを絹坂に紹介する必要性が感じられなかったのだが、背後でつんつんつんつんと俺を突付いてくるのが嫌だったので渋々と、馬鹿学友どもの紹介をすることにした。
「赤いのが青木。チビ眼鏡が瀬戸野。平凡なのが草田だ」
単純明快かつ的確適正で分かり易い紹介文だとは思わないかね? 諸君。
「おい! 赤いのって! 戦隊ヒーローの主人公じぇねーんだから!」
「それは酷いよー。僕の気にしてるとこばっか言うなんてー」
「お前らは、まだ特徴あって良いよ! 俺なんて平凡なんて呼ばれてんだぞ!?」
ぶーぶーと口々に文句を叫ぶ我が悪学友たち。比喩とかではない。本当に、
「ぶーぶー」
「ぶーぶー」
「ぶーぶー」
と、言いやがるのだ。
「煩い! 豚ども! 黙らんと丸焼きにするぞ!」
一喝すると黙り込んだ。しかし、ニヤニヤしている。糞忌々しい。俺はここ一年で、このグループの毒舌ツッコミ役と化してしまっているのだ。
「面白い人たちですねー」
絹坂がのん気に言った。
傍からなら珍獣でも見てるみたいで面白いだろうよ。しかし、その飼育係は大変なのだ。
「それで、名前は?」
「趣味はー?」
「特技は?」
「歳は?」
俺を押し退けて絹坂にニコニコと笑いながら問い掛ける野郎ども。醜いぞ。
「えーと。絹坂衣ですー」
絹坂は朗らかに微笑みながら自己紹介を始めた。
「趣味はお料理と読書です」
貴様、料理が趣味だったのか? 俺が高校生だった時はダメダメだったのにな。それから趣味になったのか。ちなみに、俺は絹坂が漫画とライトノベル、教科書、参考書以外の本を読んでいるのを見たことがない。
「特技は家事です」
まあ、確かに、家事は得意だな。家のことを、よくやってくれる。
「歳は、17歳です。誕生日は8月19日」
誕生日情報は余計だろ。しかし、誕生日は結構近いのだな。
「17歳!?」
「女子高生!?」
「マジですか!?」
我が悪友たちは途端に反応した。
「おいおい、女子高生だとよ!」
「わー、女子高生萌えー」
「一年かと思ってたんだけどなー」
やかましい奴らだな。瀬戸野。萌え萌え煩い。
てか、草田。お前、俺と同じ高校だったんだから、俺に引っ付いてたのが一年だったか二年だったかくらい覚えてろよ。記憶力が弱いにも程がある。
そして、お前らだって一年と少し前まで男子高校生だったろうよ。
「それで! こいつと絹ちゃんの関係は!?」
馴れ馴れしく絹ちゃんなどと呼ぶ草田。相変わらず女に弱い。
俺は目で、余計なことを言うな。と絹坂に伝えた。伝わったかどうかは分からんが、絹坂は俺の意思とは真反対なことしやがった。言わんでもいい余計なことを口にした。
「私、先輩の部屋に居候してるんですー」
この馬鹿め!
「ぬあぁにぃぃーっ!?」
「居候って、つまり同棲っ!?」
「くぉんの裏切り者ーっ!」
いきなり叫びだす男ども。醜い。醜すぎる。付き合い止めたくなってきた。
「この変態めっ!」
「誰が変態だ!? 何故に変態だ!?」
いきなり変態呼ばわりされた俺は怒鳴り返す。失礼な奴だ。変態はお前だ。
「貴様が変態だ! 女子高生と同棲するなんざ変態の所業だ!」
「喧しい! 好きで居候させているわけではない!」
こっちは迷惑しとるんだ。さっき言ったとおり好き好んで部屋に入れているわけでもないのに、変態とされては迷惑千万だ。
「若い娘と同居するなんて常識知らずだ!」
「煩い! 勝手に押し掛けてきたんだから、しょうがあるまい!」
しかも、瀬戸野。毎月、漫画・アニメ・ゲーム関連に数万円単位で金をつぎ込むお前に常識について言われたくはない。
他にも連中はあーだこーだ怨嗟の言葉を連ねてきたが、言っているうちに、
「ずるいぞ!」
「羨まし過ぎる!」
「一人寄越せ!」
いつの間にやら、己の本心というか欲望をそのまま怒鳴りだし、何を狂ったのか、いきなり、一斉に俺に飛び掛ってきた。気がおかしくなったらしい。たまにあることだ。
仕方ないので、それを迎撃。青木の腹に膝をぶち込み、瀬戸野の頭を抱え、草田の首根っこを掴む。
「ぐほぉ……」
悶絶する青木。すまん、鳩尾に入った。
後の二人に対しては腕と手の力をぎりぎりと入れていく。
「うあー、痛い痛い。頭痛いー」
「げほごほ、ちょっ…やめて…息が…」
暫くして二人を解放する。
「……お前さあ、何で体力ないのに喧嘩強いんだ? 矛盾してね?」
「筋肉がなくとも、上手く相手の行動を読めれば、技だけで何となかる」
運が良ければなんだけどな。
かくして三人の学友を無力化させて、始めて俺と連中とゆっくり話すことができた。
大学構内でゆっくり話をする場所など限られている。結局、再び学食に舞い戻ることになった。大まかにではあるが絹坂の為の大学案内も終えたことだしな。
「つまり、ただの後輩の絹ちゃんが、お前の部屋に押し掛けてきて半強制的に居候し始めたと?」
ようやくマトモに話を聞ける状態になった野郎どもに、ようやっと落ち着いて説明できた。やれやれだ。
「「「押し掛け女房!!!」」」
「声をハモらせるな! 気持ち悪い!」
くそ、怒鳴り過ぎて喉が痛くなってきたぞ。烏龍茶を飲んで喉を潤す。
「先輩? 私、押し掛け女房なんですかー?」
「違う。押し掛け厄病女神だ」
絹坂はむくれた。まあ、すぐ機嫌直るから、いいんだがね。
「あー。むくれた絹ちゃんも可愛いなー」
「うんうん、萌える。萌え萌えだよ」
「俺の部屋に来て欲しいなー」
我が学友どもときたら、ニヤニヤと絹坂を眺めているばかり。こいつら、本気で気持ち悪いぞ。
「絹坂。今からでも遅くはない。違う大学に行くがいい」
俺の言葉にすかさず連中が口を挟む。
「おいおい! そりゃどーいう意味だよ!?」
「てか、絹ちゃん。うちの大学に来るの?」
「絶対合格してよ! 応援してるから!」
貴様らに応援されては受かるもんも受からんだろうよ。
こんな阿呆な野獣どもがいる大学に俺を慕う我が後輩を入れるのは忍びないことだ。
「ここを受けるって、もう決めてますから、変更はなしですよー」
だが、絹坂は俺の親切な忠告を受け入れる気はないらしい。昔は、すぐに、はいはいと頷く物分りの良い奴だったのに…。反抗期だろうか?
絹坂は我が学友どもと暫くの間、歓談していた。そいつらと話してると頭悪くなるぞと忠告してやった方がいいだろうか。
いや、その前に、さっさと帰らせた方が良かろう。
「さて、絹坂。とっとと帰ろう。いつまでも、こんなのの近くにいては脳が腐る」
「おい、親友相手にして、それは言い過ぎだろ?」
草田が傷付いたような顔で言うが無視。
「えー、もう、絹ちゃん、帰っちゃうのー?」
「もっと、話してたっていいんじゃねえか?」
「ダメだ。絹坂に阿呆がうつる」
言ってやると瀬戸野と青木も傷付いた顔をした。
「……君さ。もっと友人を大事にしようよ」
「ああ、そんなんだから、友達少ないんだぞ?」
大きなお世話だ。
そう言い返してやろうと思っていたら、草田に引っ張られて、学食の端の方に連れて行かれた。
「何だ?」
「いやな? 確認しようと思って」
草田は妙に真面目な顔で俺を見つめる。止めろ。顔が近い。不快だ。
「お前さ、あの絹ちゃんと付き合ってるわけじゃねえんだな?」
「当たり前だ。さっきも言っただろ。ただの後輩だ。恋人じゃあない」
何回言わせる気だ。いくら、貴様の記憶能力が劣っているとはいえ、こんな短期間に何度も言わせておいて、すぐ忘れるようであるなら、病院に行った方がいいぞ。
「でも、あの子、お前に気がありそうじゃないか?」
何が、でも、なのか知らんが、それよりも何よりも、
「結局、何が言いたい? 貴様に回りくどい言い方は似合わんぞ」
「ん。そうだな。単刀直入に言おうか…」
そう言いながらも、草田は困ったような迷ったような表情を崩さない。
「お前、あの子と付き合う気ねーのか?」
「ない」
俺の即答に草田は苦笑した。俺が何でも、はっきりきっぱり言うのは知っているし、慣れているだろう。
「お前の恋愛アレルギーというか、それは何とかなんねーのか?」
「ならん」
即答してやると草田は悲しそうな難しそうな顔をした。お前にそんな顔が出来るとは驚きだ。
「俺は帰る。絹坂! 帰るぞ! これから夕飯の仕度をせんとならんし、明日の朝飯が何もないから、買わんといかん。それと、今度こそ牛乳を忘れてはいかん」
絹坂を大声で呼び寄せて、俺たちは大学を後にした。
プチスランプに襲われて毎日更新記録が潰れました。
次話がいつ更新されるかは未定にございます。