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厄病女神、大学に参る

 プルルルルルルルー。

 その日、覚醒しかけた俺の脳が最初に認識したのは、けたたましい電話の着信電子音だった。時計を見ると、時刻は朝の7時頃。基本的に俺は朝8時に起きるようにしている。その1時間も前に起こされる理由などないはずだ。

 しかも、電話のある居間に寝ているはずの絹坂が電話に出んわ! 駄洒落じゃねえ!

 誰だ? こんな朝っぱらから電話を鳴らす糞野郎は?

 半ば寝ぼけ半ば憤慨しながら、寝室を這って移動、襖を開けて、受話器を取る。

「誰だー!? 人の睡眠を邪魔する奴あー!?」

 寝起きで上手く口が動かんかった。

「わしだがね」

 聞き覚えがある声だ。嫌な予感がする。

「う? え? あー、もしかすると、教授?」

「うん」

 うわ。最悪。

「あのですね。寝起きで、頭がよく動いていなかったというか…」

 慌てて弁解してみる。何とかなるか?

「うんうん、分かるよ。寝ぼけてたんでしょ?」

 なった! 理解ある教授で良かった。まあ、この教授の場合、理解あるっていうか変人なんだけどな。

「それでさ。さっきの暴言を単位とか成績に反映させない方法があるんだけどね?」

 あれー? 見逃してくれるんじゃなかったのー?


 俺は非常にこれ以上ないくらいに嫌そーな顔で受話器を置いた。

 面倒臭い。ああ、面倒臭い。面倒臭い。

「あー、先輩、電話出れないですみませんー」

 電話をむっつりと睨んでいると、後ろから絹坂の声が聞こえた。

「ああ、貴様が電話に出ていれば、少なくとも、ここまで面倒臭」

 いことにならんかったかもしれん。と、俺は続けようと思っていた。が、絹坂を見て、声を出し忘れた。もっと言うべき重要な事柄を発見したからな。

「お前! 何でバスタオル一枚やねん!?」

 俺は関西の出身ではない。親戚にも関西語を操る者はいない。咄嗟に何故か出てしまった。て、問題はそこじゃない。問題は絹坂だ。絹坂の格好だ。

「えー? だって、先輩、寝てましたしー。問題ないかなーっと思ってー」

 そう言う絹坂の格好は、いつか見たバスタオル一枚。やはり、少し長さが足りないらしく下半身の大事なところが見えそうで見えない! て、見えないで結構!

「とっとと着替えやがれ!」

 部屋に逃げ込みながら叫ぶ台詞じゃあないなと後で思った。


「それで、電話は何だったんですかー?」

 絹坂は小鉢にコーンフレークをぶちまけながら言った。コーンフレークは遂に無くなった。結局、最後まで牛乳と合わせることが出来なかった。これだけ牛乳と一緒に食べろと書いてあるのに。

「大学の教授からだ」

 絹坂が剥いたリンゴを齧りながら答える。テレビの天気予報を見ると、今日は晴れ。馬鹿じゃん。たまには曇れよ。

「教授さんが何だっていうんですかー?」

 何故に絹坂に、俺のした電話の内容をしなきゃいかんのかとも思ったが、この時は、誰かに言って、少しでもストレスを減らしたかったので、つい、口が滑ってしまった。

「うぅむ。それがなあ。この前、倉庫整理したばっかだというのに、今度は第二倉庫の整理を手伝えというのだ」

 ああ、面倒臭い面倒臭い。

「二人でですかー?」

「いや、教授は腰が悪いから実質一人だな。まったく、他の奴にやらせりゃあいいのに。何で俺ばっか?」

 俺はぶつぶつ文句を言いながら、りんごを咀嚼した。

「もう一人くらい、いれば倉庫整理が楽になるんじゃないですかー?」

「うーん、そーだなーあぁ!? ならん!」

 うっかり、頷きそうになっていた俺は慌てて否定した。いきなり叫んだからリンゴが口から出てしまったではないか!

「ならん。ならんぞぉ。お前を大学になぞ連れて行って堪るか!?」

 絹坂は不満そうに唇を尖らせた。そんなアヒルみたいにしたって無駄だ。

「連れて行かん。付いてきても無駄だぞ。お前の気配如き、全て感知できる」

 絹坂に最後通牒を突き付け、俺は身支度を確認してから、玄関を出た。

「帰りは何時になるか分からん。昼飯は勝手に食え。俺も勝手に食う。以上だ」

 そう言って、アパートを後にした。何か夫が出掛ける時の台詞みたいだな。

 大学までは歩いて行く。あー、暑い。最悪だ。


 最悪だ。

 大学に着いた俺は思った。

「先輩ー!」

 という声は大学構内においては日常的に聞こえる言葉である。それを無視したってよかったのだが、何だか聞き覚えがあるような気がしたのと嫌な予感がしたので、振り返ってみた。

 すると、案の定だ。

「おーい! 先輩ー!」

 ほら、うちの部屋に寄生してる厄病女神だ。

 どうやって付いて来たのか? 俺を尾行して? 否、絹坂如きにストーキングされて気付かないほど俺は間抜けじゃない。

 協力者がおる。

「おーい! 後輩ー!」

 そいつは原チャリに乗って、こっちに走ってくる。その後ろには絹坂が乗っておる。原チャリの二人乗りっていいのだっけ?

 ぱいーむ、がちゃ。

 俺のすぐ側で原チャリは停まった。

「二十日先輩……何で……」

「あ? いやね。あたし、今日、大学のサークルに用事あってさ。出掛けようと思ってたら、絹ちゃんが乗せてって言うから」

 それで簡単に乗せてきやがったのか。このお気楽酔っ払い女め。俺の住処の大家じゃなかったらチョップしてるところだ。

「先輩先輩ー」

 絹坂は原チャリの後ろから降りて、ヘルメットを外しながら、てけてけ俺に歩み寄ってきた。俺の少し前で止まって、俺をやや見上げる。

「来ちゃった☆」

「ぶりっ子すんな」

 べちっと頭を叩く。更にほっぺを引っ張る。

「うー、いひゃいへすー」

「貴様、付いて来るなと言っただろう?」

 不機嫌に言ってやると絹坂は涙目で俺を見上げた。

「付いて来てませんよー。ただ、二十日さんに乗せてもらっただけですー」

 屁理屈をほざきおって。

「まあ、来てしまったものは致し方ない」

 溜息混じりに呟く。

「しかし、俺に付いてくるなよ」

「えー? 何でですかー?」

「何でも糞もない。大学見学ならば一人でやれ。それか二十日先輩に頼め」

 不機嫌に言い残して、俺は教授の待つ研究室に向かう。

 困ったものだ。これで対絹坂避難地域が一つ減った。


「あー、早かったね。じゃあ、そこの第二倉庫ね。あと、研究室の書棚も整理してもらえる? わしは、ちょっと教育社会学の的場君と話があって、ちょっと出て来るから。じゃあ、頼むよ」

 そう言い残して教授はあっさりと行ってしまった。

 残された俺は第二倉庫と研究室の書棚を見つめる。

「これ、何年、整理してないんだ?」

 返事を期待しないで、思わず呟くと、

「十年」

 と、返ってきた。それだけを言う為に戻ってきたのか? 性根の悪い教授だ。


 仕事は唸るほどある。人手は溜息するほどない。てか、俺一人でこの必要な資料とガラクタで構成された山を整理って無理だろ。

 全部がゴミならば、まだ良いのだ。全部、ゴミ袋に押し込んで捨てればいいだけだから。

 しかし、この倉庫や研究室の書庫は必要なものと不必要なものがごちゃ混ぜにされている! 分類するのにまた一苦労だ。

 俺が泣きそうな気分でひーひー言いながら整理活動を行った。

 2時間後、それでも減らない整理すべき山を前に俺は床に座り込んでいると、入り口の辺りに誰かいるのに気付いた。

「き、絹坂……」

 うちの部屋に寄生している厄病女神が穏やかな微笑で俺を見つめている。

 俺の顔をたらりと一筋の汗が流れた。

 どうやって、ここまで来たのか? いや、それはすぐ分かる。二十日先輩なり、その辺の大学生なりに聞いたのだろう。教授も俺も大学では有名な方で、俺を知らん学生は少ないし、教授の研究室を知らん学生も少ない。問題はそこじゃない。

「先輩」

 絹坂はニッコリと笑った。

「手伝いましょうか?」

 彼女は手を差し伸べてきた。この時ばかりは彼女が厄病の付いていない女神に見えた。

 思わず俺は女神の手を取っていた。


厄病女神は、先輩の心の隙間に入るのが得意になってきましたね。

大学編はまだ続きます。

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