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厄病女神の絹坂突撃事件

 それは二月末日。よく晴れた日であった。

 その時、俺は卒業証書を受け取り、まま色々とあったなと感慨深く我が母校を眺めていたわけである。

 冷血人間とか無感情野郎などと揶揄されたり、無感情或いは怒りと軽蔑しか感情が無いなどと言われることがある俺だが、少しばかり感傷に耽ることだってあるのだ。

 そこへやってきた厄病女神こと絹坂衣。

 何やら微かに涙を浮かべ、ぷるぷるとチワワのように震えているようであった。

 よく慕われている覚えのあった俺は、こいつもこいつなりに俺の卒業を惜しんでおるのだろう。などと思い、第二ボタンでもくれてやろうかと思ったが、我が高校はブレザーであり、第二ボタンて、どれだ。と思案していた。

 その時、絹坂は何を思ったか。いきなり俺に向かって突撃し、突き飛ばしやがった。

 突然のことに対応できなかった俺はそのまま高校前の市道に飛び出し、運悪くやってきた軽トラに轢かれ一時、意識不明の重体に陥るという悲劇とも喜劇ともいえる惨事に発展した。

 不幸中の幸いか。軽トラを運転していたじっちゃんがやたら低速運転だったお陰か、俺の怪我は軽い脳震盪と各所の打撲、左腕のひび割れ骨折というもので済み、入院もしなかった。

 しかし、良かった良かった。めでたしめでたしとはならない。運悪く俺の利き腕は左手であり、しかも、微妙にひび割れていたせいで回復まで余計に時間を食い、俺はその後の数ヶ月間、日常生活において多大なる迷惑を被ったし、大学の入学式に一人だけ左腕ギブスで臨む羽目になった。

 俺は事故後、すぐに大学入学の準備等の為、現在の住居に引っ越した為、絹坂とは事故以来顔を合わすことはなく、何故にあの時、彼女が突撃してきたかは不明である。

 考えられる推測としては実は俺は彼女に多大なる憎悪を抱かれていて、卒業式という日に暗殺を目論んだか。または突如として目眩か何かに襲われて誤ってぶつかってしまったか。宇宙人に操られていたか。

 まあ、どーあれ、真実は闇の中。もう絹坂と会うことがあるとも限らぬ。などと俺は思っていた。


「先輩、お久し振りですー。腕の怪我はよくなりましたかー?」

 しかし、絹坂は突如として俺の目の前に現れた。しかも、腕の加減まで聞いてきやがる。

「貴様、どの面下げて俺の所に来た?」

 不機嫌に睨みつけてやると、絹坂は、

「ううー。恐い顔しないでくださいよー。ただでさえ、先輩、目つき悪いのにー」

 などと言ってきた。反省の色皆無。

「貴様なぁ。久し振りは久し振りだが、最後に俺と会った時のことを忘れてはいねーだろーな?」

「忘れてなんかいませんよー。その節はご迷惑をおかけいたしました」

 ぺこりと頭を下げる。まま、こいつも最低限の礼儀はわきまえているのだ。

 まあ、謝罪も受けたことだし、丸一年も前のことを未だにぶちぶち言うのも大人気ないので、俺はそれ以上、事故について話すのをやめた。

「ところで、お前、いきなり何だ? こんな夜…?」

 腕時計を見ると午前4時。

「朝っぱらに。何しに来た?」

「いやいや、それには色々と理由があるんですよー」

 そう言って絹坂はよっこらせっと立ち上がった。服装は安っぽそうなTシャツにジーンズ。腰に上着らしい長袖シャツを巻いて、首元に黄色いタオルを掛けている。足元はちょっと立派なスニーカー。

「とりあえず、部屋の中に入れて下さい。ずっと硬いとこで寝てたから、ちょっとお尻とか背中が痛いです。あと、足も痛いし、お腹も減ったです」

 眉毛をへろんと下げながら絹坂は言った。こいつは都合によって礼儀を欠くことがある。

 俺は凄く嫌な予感がした。

「いや、待て。その前に、ここに来た理由を言え」

「そんなん後でいいじゃないですかー。ここじゃ蚊に刺されちゃいますよー」

「蚊に刺されたら潰せばいい」

「それじゃ根本的な解決になってませんよー」

 絹坂は引っ付いてきた。妙に素早く俺の腕に腕を巻き付かせ媚びるように見上げてくる。

「中に入れてくださいよー。シャワー貸してくださいよー。牛乳飲ませてくださいよー。朝ごはん食べさせてくださいよー」

「おい、やめんか! 離れろ!」

 腕をぶんぶん振り回しても絹坂はひしと掴んで離れない。ええい! もう! どーしてこんな時だけ力持ちなんだ? お前は? ズルしてないか?

「先輩、酒臭いですよー」

「うるさい! 余計なお世話だ! 大体! こんな朝っぱらに来て何だってんだ!?」

「えー。ここに来たのは昨日の昼ですよー」

 俺が怒声に絹坂は俺の首に背後からしがみ付きながら答える。

「何? 昼に来た?」

 思わず聞き返す。

「ええ、二時くらいですかねー。先輩は留守みたいだったんで、帰ってくるまでここで待ってようと思って」

「ずっとここにいたのか?」

「はいー。そこの公園でトイレしたのと夕方にコンビニ行って御飯買って来た以外はー」

 今、四時だ。ということは、こいつは十四時間もここに転がっていたらしい。仮にも腐っても華の女子高生だろうに。

「お前、馬鹿か?」

 思わずそんな台詞が口を突いて出る。

 俺の言葉を聞いて絹坂は笑った。

「あー、久し振りですね。先輩に馬鹿にされるの。先輩がいた頃は毎日馬鹿とか阿呆とか言われてましたよねー」

 まあ、確かに、毎日のように言っていた気がする。何気に酷いな俺。

「ん! お前! ポケットに手を突っ込むな!」

 絹坂は右手で俺の首にしがみ付きながら左手を俺のズボンのポケットに突っ込んでいる

「だって、鍵がないと部屋に入れないじゃないですかー」

「誰が貴様を部屋に入れると言った!?」

「えー! 追い返す気ですかー!?」

「当たり前だ! いきなり来られて、こちとら迷惑だ! 帰れ!」

 思いっきり怒鳴ってやったが絹坂は臆する様子もない。高校時代に怒鳴れ慣れしているのだろう。

「先輩、酷すぎですよー。後輩が可愛くないんですかー?」

「もし、お前じゃない後輩が常識的な時間に来たら入れてやるだろうよ!」

「あー、差別だー」

「人間は差別する生き物だ!」

「ぶーぶー」

「豚みたいに鳴くな! それと首を絞めるな! 苦しい!」

 俺たちはそれから暫く十数分くらいの間、俺が怒鳴ったり、絹坂が俺を締めたり、押したり、引っ張ったり、振り回したりしていた。


相変わらず場面が動かない話ばかりですね。仕方のないことです。

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