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厄病女神とプールチケット

 そろそろ七月は終わろう。

 しかし、七月が終わって八月が来ようと、さして日常に変わりはない。相変わらず気温と湿度は狂ったように高騰するし、セミは馬鹿みたいに鳴くし、太陽は休むことを知らない。夏真っ盛り。糞!

 俺は暑さに弱い。かといって寒さに強いかと問われれば、それは明確に否である。暑かろうが寒かろうが嫌なのだ。我侭と言われても構わない。本心を隠すことなく、ぶちまけることの何が悪い!? もー、本当に嫌だ! 夏終われ! 冬来るな!

「先輩ー。お天気に文句言ったって意味ないですよー」

 絹坂が呆れたような口調で言った。

「言っても言わなくても変わらんなら言った方が、まだストレス解消になる」

「余計に溜まると思いますけどー?」

「……そういう説もある…」

 呟いてから、体の向きを変えた。絹坂と目が合った。

「フローリングは冷たくていいなあ」

「そーですねー」

 頷き合う。

 フローリングにコロコロ転がって、

「いいなー冷や冷やーフローリングー」

 などと嬉しそうに言ったりと、俺たちは一見、馬鹿に見えるようなことをしていた。

 部屋の片隅にはコンセントを繋いだままの掃除機が所在無さげに座り込んでいる。せっかく「よっしゃ! いっちょ働こうかぁ!」と、思ったのに、使用者たちはこの様だ。大層呆れているだろう。

「掃除せんとなー」

 俺は玄関側に置いてある水の入ったバケツと雑巾を見やりながら呟いた。

「ええ、しないとー。でも、暑さが私たちのやる気を奪っていきますー…」

「うーむ……」

 万事休す。てほど、重大なことでもないが。

 ピーンポーン。

 この音は来客を告げるチャイムの音だ。それ以外にあろうか? ない。

 暫く、静寂が続いた後、溜息をしてから立ち上がった。やれやれ、暑くて動きたくもない…。

 ドアを開けると、そこに立っていたのは京島弟であった。何やらチャラチャラと着飾っているようだが、俺は現代若者のファッション用語が分からんので描写は省略する。

「よお」

 彼は軽く手を挙げた。

「えーと…東だったか…」

「そ」

 京島弟は頷いた。

「あのさ、衣。いる?」

「衣…絹坂な。いる。まあ、上がれ」

 直射日光が燦々と当たる玄関先でいつまでも話していると日射病になりそうだ。

「いいのか?」

「いいも悪いも。玄関先で立ち話をしたくないだけだ」

 そう言うと京島弟は、

「じゃあ、お邪魔します…」

 と、意外にも丁寧なことを言って部屋に入った。こいつ、根は真面目なんじゃないか?

「あー、先輩ー、友達ですかー?」

 俺と共に部屋に入ってきた京島弟を見て絹坂は残酷なことを言い放った。心の血飛沫が見える気がする。

「お! おい! 俺の名前忘れたのか!?」

 名前どころか存在さえも忘れられとるよ。

 絹坂はこめかみに人差し指を当てて「うーん」と考え込む。ちょっとして、ポンと手を叩いた。

「あー、あのチンピラさんですねー?」

「ち、ちんぴらぁ?」

 がくっと力を失い、膝をつく京島弟。あーあ……。

「絹坂、ちょっと酷くないかー?」

「何がですかー?」

 首を傾げる絹坂。鬼か君は。

「告白してきた相手の名前ぐらい覚えててやれ」

「……先輩だって私の名前忘れてたじゃないですかー」

 言葉に詰まる。これ以上、何か言って状況を悪化させるのは嫌なので、麦茶を入れに台所に向かう。


 部屋を沈黙が支配していた。

 京島弟が何用でうちに来たのか俺は知らないが、とんと見当がつかないわけではない。おそらく絹坂に用があるのだろう。よって、俺が彼に「何の用?」と聞いたところで、意味がないわけである。

 しかし、絹坂は、つまんなさそうにテレビ見てるだけだし、京島弟はまごまごしてるし。あー! イライラするぞ!?

「あ、あのさ!」

 ようやく京島弟が声を上げた。

「最近暑いよな?」

 俺に同意を求めるな! 絹坂に言え! と目だけで伝える。

「暑いよな?」

「あー、そーですねー」

 あからさまに面倒臭そうに答える絹坂。お前、そんな悪い娘だったのか?

「暑くてだるいー」

 そう言って絹坂は、ふにゃりとテーブルに突っ伏した。

「テーブル冷え冷えー」

「こら、絹坂。話を聞いてやりなさい」

 見かねて言ってやると絹坂は不満そうに言った。

「むー、だって、私、付き合うの断ったはずですよー……」

 確かに。はっきりきっぱり断っていたような気がする。でも、その後の決闘騒ぎと京島乱入で有耶無耶になったような気もする。

「そう言うな。東がかわいそうではないか」

「むー…。先輩、私のことは苗字で呼ぶのに、下の名前で呼んだー」

 絹坂は膨れ面で文句を言い出した。

「苗字だと、京島姉と区別できんじゃないか」

「私だって、絹坂だと私の家族と区別できませんよ!」

「お前の家族は知らん」

 尚も絹坂はぎゃーぎゃーと言っていたが、指で耳栓をして聞かないことにした。

「それで、東。用事は何だ?」

 結局、俺が用事を聞くのか……。

「こ、これでさ。プール行かね?」

 そう言って東が差し出したのは近所のプール系娯楽施設の入場券2枚だった。プールデートか。いきなり過ぎないか?

「あー、プールだー。いいですねー」

 絹坂には好評のようだ。まあ、確かに、これだけ暑いのだ。プールの中で涼みたいというのも分からずではない。

「じゃー、二人で行って来るがよい」

 俺は死後の世界について書かれた本を読む。死後、人は何処に行くのかってな。

「えー、先輩と行きたいですー」

「阿呆! 東のプールチケット持って二人で出掛けるって、もう鬼畜だろ!?」

「えー、ぶー。じゃあ、行かないー」

「お前はまたそうやって!」

 張本人の東そっちのけで俺たちはぎゃーぎゃーと言い争っていた。東は哀しげに座っていた。男なら諦めるな! 当たって砕けろよ!

 ピーンポーン

 またチャイムか!? 今日は来客が多いな。

「先輩ー、一緒にプール行きましょーよー!」

「だから! それは東のだろ!?」

「私が買いますからー!」

「離れろ!」

 足に縋りつく絹坂を放り投げながら玄関に出て、ドアを開けた。

「や、やあ」

「お、おう」

 そこに立っていたのは誰あろう京島姉であった。

 珍しく。本当に珍しい。ていうか初めてのことだ。わざわざ京島が尋ねてきたのも初めてだし、彼女がジーンズではなく、清楚な白いワンピースを着ていたことも初めてだ。スカートの京島を初めて見た。

「じ、実はな。偶然にもプールチケットが二枚あって、良かったら、一緒に行かないか?」

 彼女が持っているのは京島弟が持ってきたプールチケットと瓜二つだった。てか、一緒じゃ!

「あ、姉貴!?」

「あ、東!? どーしてここに!?」

「先輩は私とプールにー!」

 これは面倒臭いことになる。俺は妙に確信していた。


夏といえばプールです。

暫くプール編が続くかも…。

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