表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/75

厄病女神は拗ねている

 京島は明日も新聞配達があるということを思い出して、渋々と帰って行った。

 絹坂はすっかり不機嫌である。

「そう拗ねるな」

「ぶー」

 絹坂のほっぺをぷにぷに触っていても、絹坂はむくれたままだ。頬を膨らませていると気持ち良い感触が減るから、普通にしてて欲しいんだが…。

「先輩もー、どーして、あんな風に納得しちゃうんですか?」

 絹坂は俺の態度にも不満があるようだ。

「納得も何も。京島が言っていることが尤もだったからだ」

 俺の返答は絹坂にとって不満なものであったらしい。余計に頬を膨らませた。お前は河豚か?

「いい加減、機嫌を直せ」

 いつまでもぶーぶー言われてちゃ煩くて堪らん。

「黙って勉強してろ。馬鹿になるぞ」

「むー…」

 絹坂は不満そうに俺を睨んだ後、部屋の端っこの方に移動して、ちまちま勉強を始めた。素直なんだか、へそ曲がりなんだか。

 厄病女神こと絹坂は、その日中、万事、その調子であった。すぐに気分を入れ替える絹坂にしては珍しいことであった。

 俺に対しての嫌がらせなのか、やはり、その日の夜も深夜3時までラジオを流していた。何となく、その音量も昨夜より大きいような気がした。


 翌朝、起きても絹坂の機嫌は回復しないようであった。

 いかにも「今、私は機嫌悪いぞ」みたいな目で俺を見つめながら、バリバリとコーンフレークを食らう。ところで、俺たちは牛乳を買い忘れていた。よって、未だ、コーンフレークは硬いまま食らうより他ない。

「そんな如何にも機嫌悪そうな顔で俺を見るな。落ち着かないだろ」

「先輩だって、いつも機嫌悪そうな顔してるじゃないですかー」

 そう言われては黙るしかない。愛想がない不機嫌な面は俺の基本モードなのだ。そのくせ、人に不機嫌な顔するなと言う方が間違いか。

 仕方がないので絹坂を不機嫌にしたまま放置したまま、バイトに出かけ、夕方前に帰ってきても、やっぱり絹坂は不機嫌にぶーたれている。

 むぅ、何だか落ち着かない。

 自慢ではないが、俺の神経は大層図太くできていて、例え、どんなにその場の空気が悪くとも、それを無視して居座り続ける自信がある。コツはその場に己以外誰もいないと思い込むことだ。

 しかし、絹坂が不機嫌なのはどーにも気になって落ち着かない。こいつが、いつでも何処でも能天気で明るかったからだろうか?

 こいつは動いてても喋ってても黙ってても俺を疲れさせるな。実は相性が悪いのかもしれん。

「絹坂。機嫌を直せ」

 夕食のハヤシライスを食いながら俺は朝と同じことをもう一度言ってみた。

「私の機嫌を直すのも直さないのも私の自由ですー」

 そんな自由権を主張されても困る。

「しかし、機嫌は悪いよりいい方がいいだろう」

「そんなん個人の自由ですー」

 絹坂は完璧に拗ねているようだ。どうしたら、この機嫌が直るのか、何が原因なのかも、さっぱり不明だ。分からんことは聞くのが一番だ。小学校の先生もそう言っていた。

「分からない問題は先生に聞いてねー」

 と、だから、聞く。

「何だって、君はそんなに機嫌が悪いのだ?」

「分かりませんか?」

「とんと分からぬ」

「……鈍感」

 絹坂は更に不機嫌になった。何故だ。小学校の先生の言っていたことは間違いであったか?

 しかも、鈍感て何だ。我が脊髄の働きが不満と申すか?

「…どっか連れてって下さい」

「はむ?」

 いきなり、絹坂が話しかけるから変な声が出てしまったではないか。

「はむ? ハムスターですか? それとも豚肉の?」

「それは関係ない。流せ」

 ごほんと咳払いを一つ。

「どっか連れてけだと?」

 ゴールデンウィークにガキが親にねだるようなことを言い出したな。

「はい。だって、私、せっかく、こっち来たのに、どっこも行ってないんですよー」

「そんなん親に連れてってもらえ」

「…親と喧嘩したって言ったじゃないですかー」

 そーいえば、そうだったな。それに、受験生は旅行になんぞ連れてってもらえないか。

「どっか連れてくにしても、俺は金がないぞ」

「どっか連れてってくれるんですか?」

 気付くと絹坂の瞳の明るさが倍増していた。さっきまでの不機嫌オーラはどこに散った!?

「連れてってくれるんですよねー? さっき、連れてくにしてもって言いましたよねー?」

「くっ!」

 人の言葉尻を掴みおって……。

「連れてってくれるんですよね?」

 絹坂が瞳をキラキラと輝かせながら顔を近付ける。

「…ハヤシライスが口に付いてるぞ」

「ぐしぐし」

 絹坂は大人しくティッシュで口を拭う。それから、ぐいっと顔を近付ける。俺は顔を遠ざける。

「連れてってくれるんですよね!?」

 さっきから、そればっか。

「だから、俺は金がないぞ」

「でも、どっか連れてってくれるんですよね?」

「む、ん、むぅ…」

 困ったな。こりゃ、どっか連れてかんわけにはいかんようだ。

「どこでもいいなら、夏休み中にどっか連れてってやらんわけではない…」

「わー! 本当ですねー!? 今更、やっぱなしはダメですから!」

 絹坂は俺の肩につかまって大騒ぎ。煩い。鼓膜にダメージが。

「絹坂感謝感激です!」

 絹坂はそう叫んで俺の顔に一際近付いた。

 左頬に柔らかい感触。

 ……キスか?

 絹坂を見ると、彼女は素早く席に戻って、

「どっこ連れてってくれるのかなー?」

 などと、鼻歌混じりに言い出した。微かに顔が赤い。

 ふむ、恥ずかしいことをする奴だ。

 俺は妙にこそばゆい気分でハヤシライスを食った。

 さて? 何処に連れて行こうか?


厄病女神の機嫌が直らなくて地味に苦労しました。

女心は分からない……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ