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厄病女神、修羅場る

 俺は本屋でサービス業にあるまじき無愛想な顔で接客・本整理などを済ませ、我が住処へと戻った。

 部屋に戻ったら絹坂が消えていたら、ちょっと楽だな。などと思いながら部屋のドアを開けると、いや、鍵が開いている段階で中に誰か、ていうか絹坂がいるのは明らかだ。

「あー、先輩ー。おかえりなさーい」

「む。お、おかえり」

「……おう」

 三人いるぞ。

「これは、どーいうことだ?」

「先に夕飯食べてますよー」

 三人は夕飯らしき中華丼を食っている。

「そんなん見れば分かる。俺が聞きたいのは、そこの二人だ」

 絹坂と一緒に飯を食っているのは京島姉弟だ。

「夕飯御馳走してるんです」

 絹坂はしれっと答えた。まるで既に我が家の如く振舞っている。お前、居候なんだから、少しは遠慮しろ。

「迷惑だったか?」

 京島が申し訳なさそうに言った。

「いや、さして問題ないが」

 そう言いながら俺は部屋に入って、麦茶を一杯飲む。暑くて喉が渇くもんでな。日本の夏は湿度が高いのだから、空気中から水分を補給できればいいのに。

 気が付くと、絹坂がすぐ側に立っていた。

「な、何だ?」

「先輩ー。何だか、京島さんには優しいです」

「そんなん気のせいだ。特別、お前に厳しいだけだ」

 絹坂はじと目で俺を見上げている。何だ。その疑うような目は? 何も疑われるようなことをした覚えはないぞ。それよりも早く飯を食いたいのだが。俺はどうしたらいいんだろうか?

「ところでだ」

 不意に京島が口を開いた。

 京島姉弟は既に食事を終えたようで箸を置いている。何だか雰囲気が変だぞ。俺と絹坂は何故だか顔を見合わす。

「君たちは付き合っているのか?」

 京島は極めて真面目な顔で俺たちを睨んで言った。京島弟も一緒になって恐い顔をしている。

「いや、付き合ってないが…。この前も言わなかったか?」

 俺の記憶違いでなければ、俺と京島は昨日の早朝にも同じような会話をしたはずだ。これが気のせいだったら、俺は医者をやっている従兄の所に行こう。たしか、脳関係の医者だったはずだ。

「ああ、昨日、君はそう言った」

 京島は厳粛な顔で頷いた。

 俺の記憶違いではなかったようだ。俺の記憶装置は正常に機能しているようだ。良かった。

「それならば、余計に問題だ」

 京島はやたら無闇に恐い顔で言った。目が恐いぞ。まるで獲物を狙う肉食獣のようだ。

「問題って何のことだ?」

「君たちのことだ」

 君たちと言われて、何のことだろう? などと思うほど、俺は馬鹿じゃない。京島弟と俺が一緒に扱われることはないだろうから、当然、俺と絹坂ということだろう。

 俺と絹坂はまた顔を見合わせた。最近、よく顔を見合うな。

「私たちに何か問題がー?」

 絹坂は首を傾げた。

「滅茶苦茶問題だろ!」

 京島弟が怒鳴った。いきなり怒り出すとは、最近のガキは我慢を知らんな。

「恋人でもない二人の若い男女が同居することが問題でないはずがない」

 京島は険しい顔で言い弟がうんうんと頷いた。そう客観的に言われてみれば、そう思わなくもない。

「同じ部屋で寝起きを共にして、何らかの、ま、間違いが起きては、いかん」

 京島は恐い顔をやや赤らめて言った。

「間違い!? 姉貴! 間違いって何だ!?」

 京島弟が狼狽して叫んだ。

「ま、間違いは…間違いだ…」

 京島はもごもごと口の中で呟くように言った。顔が更に赤くなる。

 その何らかの間違いってのは、やっぱり、×××なことなんだろうなー。うーむ。

「ありえんな」

 俺は呟いた。

「えー? 何でですかー?」

 何故か絹坂が不満そうに言った。

「お前とそーいうふうになることが想像できん」

 絹坂はぷくーっと頬を膨らませた。風船のようだ。

「さして問題などあるまい。第一、寝てる部屋が別々だ」

 俺は四畳の寝室、絹坂は六畳の居間で寝ている。

「しかし、その間は襖一枚だけだろう」

 京島は部屋を仕切る襖を睨みながら言う。そんなに襖を睨んでどーする気だ? 達磨みたいに穴を開ける気か?

「これでは、いつ、問題が起きてもおかしくない。危険だ!」

 京島は珍しく声を荒げた。

 そこまで危険か? 純然なる自慢だが、俺はそういった欲望に打ち勝つ強い自制心を持っているのだ。まして、絹坂如きに欲情するわけがない。

「危険はないだろ。俺にとって絹坂は妹か、或いはペットみたいなものだからな」

「うぅー、先輩、ペットは酷いですー」

 絹坂はぶーぶー文句を言った。

「けどよ。衣は実際、妹でもペットでもねえだろ」

 京島弟が不機嫌そうに言った。

 一瞬、衣って何だ? と思った。

「あ、絹坂の名前か…」

「…先輩、私の名前忘れてたんですか?」

 絹坂は酷く不機嫌そうに俺を睨む。何だか、いつも以上に機嫌が悪そうだ。

「一年、間が開いただけで名前を忘れるなんて酷いです」

 一年交流が無かったから下の名前を忘れたわけではないだろう。たぶん、俺が高校生だった頃も絹坂の下の名前をしっかり覚えていた自信はない。俺は絹坂を「絹坂」と名字でしか呼んだことしかないからなぁ。

 とにかく、そんなことは、どーでもいい。

 確かに、京島弟が申した通り、絹坂は妹でもペットでもない。

「まあ、言われてみれば、確かに問題かもしれんなぁ」

 何となく納得した俺。

「むー! 先輩、負けちゃダメですよー!」

 絹坂は俺の首にしがみついて騒ぐ。苦しい。止めれ。

「何をイチャイチャしている!」

 京島が眉を怒らせて怒鳴った。別にイチャイチャしてるつもりはない。世の中では首を絞められることをイチャイチャしてると言うのか? 京島の目に何が映っているのか理解できん。

「お前ら! 俺たちが真剣に話してんのに!」

 京島弟も怒り出した。

「むー! 私たちの生活に口出ししないで下さい!」

 絹坂も怒り出した。もう何が何やら…。

「わ、私たちの、生活だと!?」

 京島が勢いよく立ち上がった。顔がだいぶ赤くなって、額の横で青筋がピクピク…。

 京島弟がビビって、素早く己の姉から距離を置いた。

「そ、そんな破廉恥な! ふしだらなことは許されん!」

 京島激怒。非常に恐い顔で絹坂ににじり寄る。というか、絹坂は俺の背中にくっついているので、俺の目と鼻の先に近付いて来たことになる。

「京島さんには関係ないことじゃないですかー」

 俺の後ろから絹坂が不機嫌そうな声を上げた。珍しくも刺々しい他人を攻撃するような口調だ。

 絹坂はいつものんびりとマイペースで、かつ大人しい気性である。それゆえに他人を攻撃するような言動はしないはずなのだが。俺に対する攻撃はじゃれつきの類であろう。

「関係ないことはない!」

「じゃあ、何の関係があるって言うんですかー?」

「ぬ!」

 絹坂の鋭い言葉に京島は黙り込む。確かに、京島は関係ない。彼女に俺があれこれ言われる筋合いはない。

「しかし! 常識的に考えて、君たちの同居は問題だ!」

「そんな常識なんて知りません!」

「知らないじゃないだろう! 客観的に見て君は…」

「わーわーわー!! 聞こえません!!」

「君は子供かっ!?」

 俺を挟んで二人の女は言い争いを続けた。ここまで熱く怒る京島は始めて見たし、ここまで頑強に言い張る絹坂も始めて見た。

「ん? 帰る気か?」

 俺たちの横をすり抜けるように京島弟が部屋を出て行く。

「ああ、もう、こうなったら俺がいる意味ねーからな。それに、これ以上、面倒事に巻き込まれたくねえ」

 それもそーだ。

 できることならば、俺も何処かに退散したい。しかし、ここは俺の部屋だし、俺は二人に挟まれていて身動きが取れない。

「じゃ」

 京島弟は軽く手を挙げて去って行った。

「言っとくが!」

 去ってなかった。

「俺は衣のことを諦めたわけじゃねえからな!」

 そう言い残して今度こそチンピラは帰って行った。しかし、何とも青春くさい奴だ。

 なおも俺を挟んで二人の女は言い合いを続けていた。これは世に言う修羅場というものであろうか? 俺はそんなことを思いながら呆然としていた。腹が減った。


厄病女神がなかなか機嫌を直してくれませんでした。

次で直します。

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