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厄病女神を褒めよう

 暫くの間、本来は何の関係もないはずのギャラリーが、勝負の方法を巡って、あーでもないこーでもないと議論しあった。

「おいおい! どーすんだよ!?」

 チンピラが怒鳴った。こいつもイライラしているらしい。俺もイライラしている。

 すっと一人の女が手を挙げた。

「彼女を愛しているならば、彼女の良いところが分かるはずです。それを相手よりも一つでも多く述べることができた方が勝ちです」

 成る程。それは分かりやすいし、もっともだ。

 しかし、それをこの衆人環視の中でやるのは、かなり恥ずかしくないか? でも、早く、この訳分からん現状を何とかしたいものだしなあ。

 俺が迷って唸っていると、

「あー、それいいですねー。それでいきましょう」

 絹坂が俺を見ながら嬉しそうに言った。

「むうぅ……」

 俺は滅多に人を褒めることがない。理由はさして大層なことではない。ただ単に何となく恥ずかしいし照れるから嫌なのだ。

 当然、絹坂を褒めてやったことも、ない。何か思い出そうとしても思い出せんということは、やはり、褒めていないのであろう。

 絹坂が、この勝負で決着をつけようと言うのは、俺に褒めてもらいたいからか? それは俺の勝手な思い上がりか?

「よし! やってやろうじゃねえか」

 チンピラはやる気満々だ。また腕捲りしている。さして袖もないのに。

 やれやれ。早く終わって欲しいものだな。俺は溜息を吐きながら思った。


 こうして、絹坂褒め殺し合戦は開戦された。

 俺とチンピラが交互に絹坂の褒めるべき点を言い合う形式だ。

「ぷにぷにしたほっぺた」

「ちょい垂れ気味の愛らしい瞳」

「コンパクト」

「さらさらで絹糸のような髪」

「軽量」

「笑ったときに、ちょっとできる笑窪」

 何かこいつの言っている台詞の一つ一つが気持ち悪いというか臭い。よくもそんな台詞が吐けるな。

「最近は料理が上手い」

「鈴が鳴るような美しい声」

「ほぼ無臭」

「少し間延びしつつも、決して媚びない感じの口調」

「薄化粧」

「軽妙だが少し危なっかしくて守ってやりたくなるような行動」

「文句が少ない」

「キラキラと太陽のように輝く笑顔」

「声が小さい」

 絹坂を褒め殺す意味不明な争いは延々と続いていく。

 やっているうちに段々と気分が悪くなってきた。

 さして褒めるところもない絹坂の良いところを無理矢理探り出して衆人環視の中で口にするなんて作業が愉快なわけがない。しかも、隣じゃチンピラ風の男が脳味噌が腐るような台詞をげろげろ吐き出しているのだ。気分も悪くなるに決まっている。

 どーして、こんな馬鹿げたことに付き合わねばならんのか?

 もー嫌だ。止めだ止め。負けるのは嫌いだが、ここまで正々堂々戦ったのだ。ここで敗れ去ったとしても我が自尊心は満足するであろう。俺の思考回路は御都合主義なのだ。

 こんな勝負は放棄だ。放棄。

 俺は降伏を口にしようとした。

 その瞬間だ。

 俺の隣に立っていたチンピラが消え失せた。何ということだ。神隠しか!?

 違った。

 何者かが物凄い勢いで堤防から駆け下りて来て、その勢いのまま美しいフォームで飛び蹴りをチンピラに食らわせたのだ。某正義のライダーの必殺技みたいだ。

 俺も絹坂もギャラリーも唖然として沈黙。

「アズマ! 何してる!」

 チンピラを蹴り飛ばした奴が叫んだ。

 その正体たるは何者か? 敵か!? 味方か!?

 京島都だった。

 覚えているだろうか? 諸君の記憶力が丈夫であることを祈る。

 俺と同じ大学学部の学生で俺の部屋に新聞を配達してくれている奴だ。友人とは言えんが知人とは言える程度の仲だ。

 その京島がチンピラ男にライダーキックを食らわせた。しかも、キックした直後に何か怒鳴っていたような気がする。

「アズマ?」

 と言っていたな。

 その京島はチンピラを組み伏せている。

「お前! どーいうつもりだ!?」

「ど、どーいうつもりも、何も、そっちこそ、どーいうつもりだよ……」

 チンピラはぎりぎりと腕を捻り上げられながら呻いた。

 近付くと、京島は俺の方を向いた。いつも通りの無愛想な無表情フェイスであるが、少し息切れしているし、顔が赤い。やはり、あれだけ常人離れした必殺技を繰り出した後は少し疲れているのかもしれない。

「すまん。弟が迷惑をかけた」

 京島はそう言って頭を下げた。

「ん? 弟?」

「ああ、こいつは私の弟なんだ」

 京島はしかめ面でチンピラを見下ろしながら言った。

京島東(きょうじまあずま)。東と書いてアズマだ」

「そーなのか」

 しかし、あまり似ていない姉弟だな。いや、よくよく見れば顔は似ているんだが、性格というか人格というか、そーいうのが似てる気がしない。

 京島は凄い真面目な感じで学級委員長でもやってそうな気がするんだが、弟はどー見ても真面目そうには見えん。校則の服装規定に引っ掛かってるだろ。

「しかし、君、そこまで腕を捻っていいのか?」

 京島は己の弟の関節を破壊せんばかりに腕を捻り上げている。

「大丈夫だ」

 その大丈夫だっていう言葉は本当に信じていいのか? 弟はもうぐったりしているぞ。

「先輩先輩ー」

 絹坂がてこてこと歩いて来た。

「こんなに先輩に褒められるなんて光栄でしたー」

 絹坂は何だか嬉しそうな顔で言った。

「こっちは大層精神的に疲れた」

「まあまあ」

 絹坂は俺をなだめる。

「ところで、先輩。バイトの時間はいいんですかー?」

「む」

 腕時計を見ると時刻は3時45分少し前。ここからならば歩いても間に合う距離に俺のバイト先である本屋はある。

 しかし、俺には色々と荷物があった。さっき、ショッピングモールで購入した品々だ。これを部屋に置かねばなるまい。

「これ、一人で持っていけるか?」

「無理ですねー」

「むぅ。困ったな…」

 これらを部屋に置いてから本屋に向かっては完全に遅刻だ。

「む、どーしたんだ?」

 京島が相変わらずの恐い顔で聞いてきた。

 聞かれたので答えた。時間がないので手短に素早く。

「バイトに行きたいんだが荷物が邪魔なのだ」

「じゃあ、私が持っていこう」

 京島が即答した。

「は?」

「だからだ。私がその荷物を君の部屋に持って行ってあげよう。そうすれば、君はバイトに遅れずに済むだろう?」

 それは名案だ。最良の解決手段であろう。

「しかし、京島に悪いだろう」

「いや、気にしないでくれ。同じ学部のよしみだ」

「では、お言葉に甘えよう」

 俺は荷物と絹坂と京島に預けてバイトに向かうことにした。

 京島は親切な奴だな。

 俺は本屋に向かって歩きながら、厄病女神に寄生されていても、たまには良いこともあるものだ。などとのん気に考えていたのだが、そうは上手くいかない。次の騒動の原因は、つまり、京島の親切であったのだ。

 元は良かったことも悪く変わってしまうのは、やはり、これも厄病女神の力であろうか?


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