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厄病女神と愛の決闘


 まったくもって俺らしくもない。俺のキャラではない。こんなことは俺の人生設計にはなかったし、人物設計的に見ても、こんな目に遭うことはないはずであった。

 それでも、こんな事態になっているというのは、やはり、厄病女神が持つ謎の能力ゆえであろうか。

 何故だか、俺は絹坂なんぞの身柄を巡ってちゃらちゃらした現代風のチンピラ男と対決することになっていた。

 喫茶店で散々騒いだ後とはいえ、いつまでも留まっていて、あまつさえ勝負まで行おうものならば、店に余計な迷惑をかけ、俺たちが出入り禁止になるのは必至であった。その為、俺たちは大学近くの河川敷に場所を移していた。

 しかし、何ともそれらしい場所ではないか。まるで昭和の青春ドラマ。阿呆らしい。

 堤防にはうちの大学の学生や教授、ただの通りすがり、部活帰りっぽい高校生たちが全部で50人ほど鈴なりになって、こちらを見物している。

 どいつもこいつもさっきの喫茶店などで買ったお持ち帰りができるコーヒーやらジュース、クレープ、ワッフルなんかを手にしている。絶好の暇つぶしということらしい。夏休みなんだから実家に帰省するなり、友人同士で旅行に行くなり、自分探しの旅に出るなりすればいいのに。まあ、人のことは言えんのだがね。

「何か大事になりましたねー」

 バリバリ当事者であるはずの絹坂がまるっきり他人事みたいな口調で呟いた。こうなった責任の三割くらいはお前にあるというのに、自覚しているのか?

 その時、俺の頭はくるくると回って、ある考えを導き出した。

 この勝負でわざと負ければ体よく絹坂を追い出せるのではないだろうか?

 そうだ。この勝負は絹坂が、うちの部屋から出るかどうかがかかっているのだ。厄病女神の寄生に迷惑している俺が何故にその寄生虫を守る為に戦わねばならんのか?

 俺の心中に腹黒い思惑が広がる。

 しかし、前にも述べたとおり、俺は負けることがひどく嫌いなのだ。自尊心とプライドだけは人並み以上のものを持っていると胸を張って言える。威張ることじゃないがね。

 何を賭けているにせよ。むざむざと負けることは鼻持ちならぬ。

 そういうわけで、ここは潔く勝負に挑むこととする。

「それでだ。貴様はさっきから勝負勝負と鎌倉武士のように繰り返してるが、一体、どういった勝負をする気だ?」

「そんなん当たり前だろ」

 チンピラは腕捲りした。

「男らしく拳で勝負だ」

「おー!」

 ギャラリー拍手。まあ、それが一番、盛り上がるんだろうな。暴力反対と言いながらも格闘技が根強い人気を誇っているのは、やはり、人間は野蛮な生き物だからかね。

 絹坂が俺を見た。どーします? って感じの顔だ。当然、俺の取るべき言動は決まっている。

「断る」

 はっきりと拒絶した。何故なら、俺は運動が苦手であり、当然、暴力も苦手だからである。負ける勝負をする気はない。

「な、何?」

 唖然とするチンピラ。

「おい、お前、何言ってんだよ」

「貴様こそ、何をほざいとるか」

 ここで俺は深呼吸。十分に酸素を補給し、演説する。

「いいかね? 貴様だけでなく、ギャラリー諸君。よくよく青春ドラマや何かでは、こういった男同士の決闘の場面で拳で語り合う。つまり、喧嘩によって勝負を決めようという話があったりする」

 皆、うんうん、と頷く。

 俺はいつも通りの不機嫌面で続けた。

「しかし、これは大きな間違いである!」

 俺の宣言に皆はざわめいた。

「決闘だろうが勝負だろうが、これは所詮、暴力に過ぎない! そもそも、力が強い方が偉いという価値観は何だ? これこそが我々人類に深く蔓延る差別の正体に他ならない!」

 皆が唖然として沈黙するも、俺はそんなことはお構い無しに喋り続ける。考えながら喋るってのは想像以上に大変だぞ?

「力のある者の方が偉い。力なきものは存在するに値せず、という、この思想が男女差別を呼び、少数民族に対する弾圧にも繋がっている! 全ては暴力的価値観の産んだ二次的災厄である!」

 この時点で、俺の言っていることの意味が把握できず?マークを浮かべる者が出始めた。しかし、それも無視する。

「この原始的で野蛮な価値観は早急に唾棄されねばならない最悪の思想である!」

「いや、ちょい待て。それは大袈裟過ぎないか?」

 チンピラ男が口を挟んできた。こいつ、俺の詭弁に騙されないか。しかし、まだまだ、俺の脳は詭弁を生み出すのだ。

「そもそも、君は愛を得るために暴力を用いる気か? 幼稚園で習わなかったか? 暴力はいけません、と。ガンジーは言わなかったか? 暴力はいけません、と」

 チンピラの頭の上に?マークが大量に見える。しかし、俺は更に追い討ちをかけるが如く話し続ける。

「しかして、愛とは何か? 愛とは人を慈しむものである。暴力を振るう者に、愛を語る資格があろうか? 愛を得る資格があろうか? 否! そんなものはありはせん! いいかね? 諸君! これだけは言おう! 愛と暴力は、必ず両立しないのである! 故に、愛を暴力で得ることは不可能である! よって、愛を得る為に暴力的決闘をなすなどということは、ありえないのだ!」

 俺の演説が終わって唖然としているギャラリーたち。

 一人が拍手をした。すると、もう一人が拍手し、また一人が拍手し、あっという間に全員が拍手した。

「俺の言っていることが証明されたわけだ。少なくとも、ここにいる観衆の信任を得た。よって暴力による勝負という案は否決だ」

 俺はチンピラに言い放った。

 しかし、何と臭くて甘ったるく理想主義な演説だっただろうか。あんなんが世に通ずれば、とっくの昔に世界平和は成っているだろう。

 しかも、俺は短気だから、よくよく絹坂を攻撃してるな。自分のことを棚に上げて、これだけ人を批判するのは、何だか愉快だな。

 ところで、拍手を始めた最初の一人は何をもって拍手を始めたのか? 興味があるな。まあ、そのお陰でかなり手早く容易に暴力的手段による決着を避けれたがな。

「じゃ、じゃあ、どうやって勝負すんだよ?」

 チンピラも渋々と暴力を諦めたようで、他の勝負方法を探す。

 はて? 何がいいだろうか?

 暫し、俺は考えてから言った。

「……ジャンケン」

「勝負軽っ!!」

 俺の言葉にギャラリーが叫んだ。

「何だ。不満か?」

 運次第の公平な決着方法だと思うのだが、何よりも簡単で時間がかからないのが良い。

「当たり前だ! こんな大事なことをジャンケンで決めれるか!?」

「…じゃあ、他に何がある?」

 俺とチンピラ含め全員が考え込む。

「しりとり」

「にらめっこ」

「指相撲」

「あっちむいてほい」

 などの意見がパラパラと出たが、そのどれもがジャンケンとどっこいどっこいだ。尽く軽すぎる。結局、全て否決された。

 皆は平和的で公正な勝負方法を考えようとあーでもないこーでもないと無益な議論を始めた。

 そうやって段々と時間は経っていく。バイト時間が近付いてきた。もう、絹坂、どーでもいいかな? 面倒臭い。


先輩が言っているのは大いに詭弁です。滅茶苦茶ですね。

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