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厄病女神、外に出る

 図体のでかい雛三匹に餌を食わせた後、俺は早々に二匹の雛に巣立ちを要求した。

「えー、これから、飲もうと思ってたんだけどー」

 一番図体のでかい雛がぶーぶーと文句を言う。こいつに至っては親鳥である俺よりも年上なのだ。

「俺は昼から酒は飲みませんよ」

「ちっ! 良い子ぶりやがって、優等生が! バーカバーカ!」

 二十日先輩はいつもの如く低レベルな罵声を浴びせながら帰って行った。やれやれだ。

 続いて俺と同い年の雛も追い出す。

「えー、こんくらいのご飯じゃ元気でないよー」

 食わせてやっているのに何という言い草だ。口で言っても聞かないらしいので、仕方なく暴力的手段もとい、実力行使によって追い出すことにする。

「うわぁ! 蹴らないでよー!」

 柚子を蹴り回していると、

「柚子川ぁっ!」

 突如、ドアが開いて怒声が響いた。

 そこに立っていたのはグレーのスーツを着込み眼鏡をかけた知的な妙齢の女性。

「貴様! 漫画も描かずに何遊んでやがるっ!?」

「ひぃぃぃっ! 松永さん!」

 見たことがある人だ。確か、柚子の担当編集者だったはず。漫画家にとって最大の天敵が編集さんだという。

 これは好都合。

「良いところに来てくれました。このサボり漫画家をさっさと仕事に戻らせて下さい」

「毎度毎度、うちの穀潰し漫画家がご迷惑をかけてして。直ちに仕事に戻らせます」

 松永さんは愛想よく微笑みながら柚子の頭をむんずと掴んだ。

「うわぁっ! 松永さん! 痛い! 頭が潰れる!」

 そして、ずるずると引き摺って行く。

「では、失礼します」

「いえいえ。頑張って下さい」

「ええ、頑張ります」

 松永さんはにっこりと華麗に笑い、ドアを閉めた。

「新米のくせに締め切り破る気か!? 雑誌に穴開いたらどーするつもりだ!?」

 廊下に面した窓が開けっ放しなので松永さんの怒声が丸聞こえだ。愛想笑いの意味皆無。

「とっとと働け! 馬鹿! あと一時間で終わらないと連載潰すぞ!」

「うわわー! それだけはご勘弁をー」

 バタンと隣の部屋のドアが閉まる音が大きく響いた。

 俺と絹坂は顔を見合す。

「漫画家って大変なんですねー」

「編集さんの方が大変じゃないか?」


 昼食の後片付けを済ませると、絹坂が出かけたいと言い出した。

「何処に?」

「日用雑貨なんかを買いたいんです。あと、先輩の部屋の冷蔵庫はすっきり過ぎているので食材も補充したいです」

 一人暮らしならそれで十分だったのだ。冷蔵庫に何もなかったらコンビニ弁当で済ませてたしな。

 しかし、料理スキルを手に入れた絹坂には十分に腕を発揮できないので不満らしい。

「じゃあ、ショッピングモールに行くのか?」

「はい」

「気をつけて行って来い。車と迷子に注意」

 さて、その間に俺は買ってそのままにしていた本でも読むかな。ドイツ人哲学者による宗教と神に関する好奇心そそられる書籍だ。俺は宗教も神も大嫌いで、宗教を砂一粒ほども信仰していないし、神の実在を毛一本ほども信じていない。しかし、その神と宗教ほど、世に長く残り続けているものもあるまい。大変、興味深い。

 俺は神と宗教についての哲学的教養の世界に浸りたかったのだが、落ち着いてどっぷりはまることができない。

 何故なら、いつまでも絹坂が俺の真後ろに立っているからだ。

「おい、絹坂。読書中に後ろに立つな。出かけるんなら出かける。いるんならいるで、そこにはいるな」

 不機嫌に言うと、絹坂はぷくーっと頬を膨らませた。リスか?

「先輩。何言ってるんですか? ていうか、何、読書しようとしてるんですか?」

 何だか絹坂も不機嫌だ。

「先輩も一緒に買い物に行くんです」

「はあぁ?」

 何故に、俺が絹坂と二人でショッピングモールに買い物に行かねばならんのか。新居に引っ越したばっかの新婚夫婦じゃあるまいし。

 そもそも、俺は買い物とかも好きじゃあないのだ。特に女の買い物に付き合わされるのは苦痛以外の何ものでもない。何を好き好んで、だらだらといつまでも商品を見ては結局買わなかったりするのか理解に苦しむ。アリの行列を見ている方が、まだ有意義だ。

 まあ、本屋だったら一時間いても苦にはならんのだが。

「俺は行かんぞ。今、忙しい」

「本読むだけじゃないですかー。本なんて、いつでもどこでも読めるじゃないですかー」

「そうやって放ったらかしておくと、すぐ未読の山になるのが本だ。それに、夕方はバイトがあるから、時間もあまりない」

 これでも金のない学生である俺は週四日程度の割合で本屋のバイトをしているのだ。今日は4時頃から入っている。今日の昼飯は少し早めだったので、まだ12時少し過ぎだが、そんなに外出している時間があるわけでもない。

 俺はそう言った説明を懇々と丁寧にしてやった。

「むー!」

 絹坂はむくれた。

「先輩のケチ!」

 俺の話を聞いていたのか? てか、ケチは関係ないだろ。

「いいじゃないですかー。ちょっとくらい、買い物に付き合ってくれてもー。絶対に4時。いや、3時半までに買い物を済ませますからー」

「ガキじゃあるまいし、一人で行け。今時、小学生だって一人で買い物してるぞ」

「でもでもー。私、こっちに来たばっかでお店とか分からないですしー」

 絹坂はぶちぶちと文句を言いながら俺の服を引っ張ったり、俺の周りを転がりまわったりしている。うざい。

「止めれ。貴様は散歩をせがむ犬か?」

 俺が不機嫌に言うと、絹坂はぱちくりと瞬きをして、

「散歩に連れてって下さいワン!」

 犬みたいにお座りをして愛らしく言った。くっ! 卑怯臭い手だ!

「ねーねー先輩ー。ワンワン」

 俺の顔の下に潜り込んで上目遣い。

「……………」

 思わず、昔の癖でほっぺをぷにぷにと触ってしまう。俺は絹坂の顔が手に届くくらいの近くにあると、ついつい、ほっぺを触ってしまうのだ。

「…くぅーん」

 絹坂は目を閉じて犬みたいに鳴いた。


「暑い」

 そりゃそうだ。夏だからな。

「部屋にいればよかった」

 俺の部屋は南側がでかいビルで塞がっている為、日差しは悪いが、比較的涼しいのだ。

「大体、何で、俺が絹坂の買い物に付き合わんとならんのだ?」

 そりゃ、俺が絹坂の犬式甘え攻撃に呆気なく陥落したからだよ。バーカ。俺のバーカ。

「先輩、煩いですよー」

 そりゃそうだ。延々とぶつぶつ一人一問一答をやってりゃ煩いに決まってる。

 しかし、直射日光浴びまくり完全無風状態のコンクリートジャングルを歩いていりゃ頭が茹だって一人一問一答もしたくなるさ。

「先輩の格好が悪いんですよー。何で長袖なんですか?」

 そう言う絹坂の格好は安っぽそうなノースリーブシャツに膝丈程のこれまた安そうな綿パン。

 俺の格好は手首まであるTシャツの上に薄地の長袖シャツ。下は普通な長さのジーンズ。

「肌を焼きたくないのだ」

 肌が露出している顔と手には日焼け止めを塗ってある。

「あー、先輩、研修旅行でも農家のおばさんみたいな格好してましたよねー」

 そういえばそんな格好をしていた気がする。タオルかぶって、更にその上に麦藁帽子をかぶり、サングラスつけて、手袋に日傘という最強モードだった。

「何なんですか? 先輩の中では空前の美肌ブームが到来しているんですか?」

 何だそりゃ。

「肌を焼くと、赤くなって痛くなるんだ」

「あーなる」

「……最後まで言え」

「成る程」

 俺たちは近所にあるショッピングモールに歩いて向かっていた。そこはおれの通う大学の側で、歩いて十分の距離にある為、バスやタクシーを使うのが勿体無いのだ。

 その大型スーパーはティッシュ箱みたいな形をしている。

 全国で繁盛している小売最大手の店で、小さな飯屋や服屋も多く入っている。ここならば食料から日用品、生活雑貨、薬用品、服、家電まで何でも揃うだろう。しかも、安い。休む場所もたくさんあるし、何よりも本屋もある。

「俺は本屋にいるから、勝手に買い物してろ」

「もー! 先輩は何でそーいうこと言うんですかー?」

 そーいうことってどーいうことだ。

「一緒に買い物してくれないと、一緒に来た意味ないじゃないですかー」

 そう言って絹坂は強引に俺の腕を掴んで引っ張って行く。あー、暑い。

 

 俺たちは、というか絹坂は、あっち行っては、こっち行って、また戻っては、またどっか行ったりと、全くもって無計画無意味にふらふらと買い物をしていく。不効率極まりない。先に何買うか決めておいて、それから効率よく回る方法を吟味してだな…。

「そんな買い物はつまんないですよー。あっちこっち行って迷うくらいが楽しいんですよー」

 絹坂はにこにこと笑って言った。

 そーいうもんか? もしも、それが真だとしても、俺はそれに付き合うのは嫌だな。今、その通りに動いているのは絹坂に腕を掴まれているからに他ならない。

 買ったのは野菜、肉、魚をはじめとする食材、歯ブラシ、洗剤、タオルなどの生活雑貨、シャツや下着なんかの着替え、あと生理用品。

「こーいうのの買い物に男を付き合わせるな」

「えー? いーじゃないですかー」

 絹坂は茶色い紙袋を受け取りながら言った。デリカシーの足らん奴だ。デリカシーのない男は女に嫌われるそうだ。じゃあ、デリカシーのない女は男に嫌われるか? んー、微妙だな。

 続いて本屋で俺は小難しい生物と遺伝の本を、絹坂はライトノベルを買った。

 それから、鍵屋に行って俺の部屋の合鍵を作った。絹坂は完璧たる寄生体制を完成させた。これで、絹坂を追い出すことはより困難となった。まあ、もう殆ど諦めているんだがな。

「これで全部か?」

 喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら俺は尋ねた。俺たちの席には全部で四つの袋が置いてある。苦学生にとっては大変な散財であった。

「えーとー。うーん。たぶん」

 絹坂はソーダフロートを飲みながら曖昧に答えた。

「おい、後で何か足りないって騒いでも俺は買い物に付き合わんぞ」

「えー、先輩、酷いですー」

「今更気付いたのか?」

「いえー、初対面の時から気付いてますー」

 俺たちはクーラーの効いた喫茶店でのんびりのん気な会話をしていた。バイトの時間まではあと一時間ほどあるし、アイスコーヒーは、まあまま美味いし、さして文句はない。

 しかし、文句のある奴がいたらしい。それを俺が知るのは、五秒後のことだ。


読者数が2000を超えました。

これも読者様方のお陰です。ありがとうございます。

感想・評価も増えて嬉しい限りであります。

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