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厄病女神と漫画家

 二十日先輩は暫くこの部屋に居着くつもりらしい。

 このアパートで酒が飲めるのは先輩と俺含めて三人しかいないので、先輩は、よく俺の部屋に来るのだが、大抵の場合、酒がないと分かると俺に向けて、役立たずだの何だのと罵声を浴びせて帰っていく。

 しかし、今日は酒がないにもかかわらずここに居残るつもりらしい。

 理由は言うまでもない。

「いやー。絹ちゃん。可愛いわー」

 厄病女神だ。本当にこいつは厄介事ばかり呼び寄せるなあ。

 二十日先輩は絹坂のほっぺをぷにぷにと触って喜んだり、俺の部屋にある書籍を読んでみたり、テレビを見たり、絹坂の参考書を読んでみて、

「うへー。英語だー。英語嫌いなんだよねー」

 などと呻いたりしていた。正直、邪魔臭い。

 絹坂は先輩を放っておいて真面目に勉強している。偉い。どうやらマジの本気で大学進学目指しているらしい。尚更、ここに来なければ良かったのにと思う。

 しかし、この人はいつまでいる気だ? 時計を見れば、そろそろ昼飯の準備に取り掛かるべき時刻だ。

「先輩、そろそろ昼ですが?」

「うーん。何でもいいよー」

 その返答は何だ? いや、何となく理解できる。できるからこそ嫌だ。

「二十日先輩? まさか?」

「んー? お昼作ってくれるんじゃねえの?」

 ほら! やっぱり! 昼飯食ってくつもりだ!

 おこがましいことこの上ないが、かといって先輩にして大家である彼女に、

「帰れ! この酔っ払い!」

 などと怒声を浴びせることが、できようはずもない。俺はこのアパートをそこそこ気に入っているのだ。新しい部屋を探して引っ越すのも面倒臭いし、金もないしな。

「焼きうどんですけど、いいですよね? 嫌だって言っても他は作りませんけどね」

「んー? いいよー。ピーマン入れないでねー」

 二十日先輩は床にごろごろ転がって本を読みながら答えた。先輩はピーマンが嫌いらしいのだ。ガキじゃあるまいし。俺はピーマンを刻みつつ思った。


 俺の作る焼きうどんとは、つまり、スーパーで売ってる袋麺を買ってきて、野菜と豚肉炒めて麺入れて、付いてるソースをぶち込むだけだし、三人分まとめてやるので作業時間は十分とかからないし、どんな阿呆でも作れる滅茶苦茶簡易なものだ。美味くはないが、不味くもないし、食えなくはない焼きうどんができることだろう。

 ところで、最近、台所の換気扇の調子が良くない。回っているような音はするのだが、煙をちっとも吸ってくれないのだ。

 台所は外の廊下に面している為、仕方がないので、そこの窓を開けて煙を放出するようにしている。夏はいいのだが、冬までに何とかしたいものだ。

「しかし、暑い!」

 フライパンで焼きうどんを炒めながら俺は呻いた。暑いとは日本人が夏に最も発する単語ではないだろうか?

 一旦、火を止めてソースをぶっかけ、再び火を点けて炒めていると、香ばしい匂いがしてきた。

「あー、美味しそー」

「先輩、まだですかー?」

 テーブルに着いた絹坂と二十日先輩が餌を待つ雛が如く催促をしてくる。俺の気分はカッコウを育てるモズだよ。ん? モズって早贄する鳥か。あれは嫌だな。じゃあ、ホオジロでいいか。

 そんな鳥のうんちくを考えていると、目の前に誰かいるのに気づいた。

 今、俺は台所に立っている。台所の前は外の廊下である。窓は開いてる。

 そいつは窓から俺が作る焼きうどんを物欲しげな顔で見つめている。

「……柚子川。一応、プライバシーってのを守って欲しいな」

「…ふぇ? あ、ああ、ごめんごめん」

 そう困ったような申し訳なさそうな顔で謝っているのは、小柄でやたら痩せた細目の男。やたら青白い顔をしていて、見るからに不健康そうである。

「いやぁ、いい匂いがしてね。ついつい呼び寄せられちゃって…」

 柚子川誠(ゆずかわまこと)は俺の部屋の隣に住む隣人であり、年は俺と同じ。だが、大学生ではない。

「漫画は進んでるのか?」

「いやー。いまいちだねー。締め切り今日なんだけどねー。そろそろ編集さんが来ると思うんだー」

 柚子は奇特にも漫画家という職業にある。

 職業人とはいえ未だ新人である。月刊誌に一本だけ漫画を持っていて、それが無ければ無職であり、その連載も上手くいかなければ打ち切られること必至という危険水域突貫中の身だ。

「それで、飯は食ってるのか?」

「冗談きついよー」

 冗談を言ったつもりはない。

「僕がご飯を作れるわけないじゃん」

 それもそうだ。こいつはカレーを作るつもりで大量の消し炭を作り出す人間だ。鍋を一時間放置するって、どういう神経だ?

「しかも、外食できるほどお金があると思う?」

 こいつは金がないくせに趣味には湯水の如く惜しみなく金を投入する阿呆だ。それは食費を削ってでも借金してでも遂行せねばならんらしく、原稿料が入る直前などはイスラムの断食以上に飯を口にしない羽目になっている。

「お前、馬鹿だろ?」

「今更、何言ってるのさ?」

 この会話をもう数十回は繰り返している。

「それでさー。言い難いことなんだし、申し訳ないことなんだけどさ?」

 こいつの言いたいことは既に予知している。俺に超能力があるからではない。数十回も同じことを繰り返していれば分かるようにもなる。

「飯を食わせろと言うんだろ?」

「うん」

 正直に頷く貧乏漫画家。

「原稿料入ったら三倍にして返せ」

「献本一冊あげるよ」

「いらん」

 そんな会話をしながら柚子は部屋に入り、

「うわぁっ! 誰!?」

 悲鳴を上げた。そこまで驚くことか?

「君、部屋に美女・美少女を二人上げて何やってんのさ!?」

 俺の肩を掴んで大騒ぎする柚子。止めれ。焼きうどんを器に移せないではないか。

「何もやっとらん。人聞きの悪いことを言うな」

「何もやってないって、何で、何もやってないのさ!?」

 不機嫌に言い返すと怒ったように言い返された。貴様は何が言いたいのだ?

「うわーうわー。こんな美女・美少女と屋根一つ下に一緒にいるなんて、どーいう美少女ゲームさ? どーいうラブコメさ? どこで売ってるの!? ねえ!?」

 うるさい。

「いい加減、黙らんと飯をやらんぞ!」

 一喝すると柚子は静かになってテーブルに着いた。

「先輩先輩」

 焼きうどんを配膳していると、絹坂が言った。

「誰すか? 彼氏?」

「んなわけあるか! 隣人だ!」

 こいつは、初対面の人間が現れる度にそう言ってるな。俺には彼女はいない。当然、彼氏もいない!

 台所に戻って麦茶を持って来ると、既に柚子と絹坂はお互いに挨拶を済ませていた。

「へー。漫画家なんですかー」

「うんうん。そーなの。漫画書いてるの。まだ一冊も単行本出てないけどね」

 ちなみに、こんな爽やかに漫画描いてるって自慢げに話しているが、こいつの漫画は絹坂のような若い女受けするようなタイプではない。

「どんな漫画なんですかー?」

「うーんとねー。ファンタジーかな?」

 などと、焼きうどんを食いながら答えている。まあ、異世界の話だからファンタジーなのだろうが、その話はと言えば、どっかの国の戦争の話らしく、ばんばん数百単位で人が死ぬ。拷問、陵辱、殺戮なんでもありの鬼畜漫画だ。女子供が読むべきものではない。俺でさえ読んでいて欝になるし、気持ち悪くなる。よく新人にそんなもんを連載させるもんだ。

「脳味噌を描くのが難しくてねー。気に入った資料が手に入らなくてー」

 などと、ほざいているが、その脳味噌が漫画中でどのような扱いを受けるかは言うまでもないことだろう。てか、言いたくもない。特に食事中はな。

「お前の漫画の話は止めれ」

「何でさ?」

「気分が悪くなる」

「失礼だなー。僕が漫画に描いてるのだって八割は実際にあったことだよー」

「人間串刺しもか?」

「うん。ルーマニアの王様が好き好んでやってたんだってさー」

 あんなのが実際、あったかと思うと嫌になるな。

「人間なんていくらでも惨くなれるんだよ。あははー」

 笑い事じゃねえ。

 柚子の漫画を読んで「うぎゃー!」と悲鳴を上げたことがある二十日先輩は話を聞かないように焼きうどんをがつがつ食っている。

「あ、ピーマン入れるなって言ったじゃーん」

 それでも、文句を言う。食わせてやってるのに。

「先輩先輩」

 絹坂が変な顔で話し掛けてきた。

「何だ?」

「先輩はご飯食べないんですかー?」

 俺が作った焼きうどんは三人前だった為、柚子が来た段階で俺の昼飯は無くなっていたのだ。

「食べないも糞もない。俺の飯は柚子の腹の中に消えていく最中だ」

「ありゃー。そりゃ残念」

 人事のように言って食事に戻る絹坂。まあ、人事なんだがね。

 俺は自分が作った焼きうどんが三人の口の中に入っていくのを、麦茶を飲みつつ黙って眺める他にやることはなかった。

 てか、何で、俺は三人に飯を食わせてやらんとならんのだ? 絹坂は、まだ分かる。後輩だし。しかし、二十日先輩と柚子は分からない。俺が絶食してまで飯を食わせてやる理由は何だ?

 一体、俺は何をやっているんだ? 阿呆か? お人好しの真似事か? 俺は一人悶々と悩んでいた。


じわじわと登場人物が増えてきました。

また、じわじわと感想も寄せられ、嬉しい限りであります。

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