一章:交差する囚われ人
ふと青年が我に返るとそこは小高い丘の上だった。
いつの間にか大街道を抜け、この丘へと無意識に向かっていたようだ。
ゆっくりと顔を上げ、青年は力のない目で丘の上に一本そびえ立つ木を見つめる。
秋になり、葉がすっかり枯れてしまった木は丘の上に静かに立ち、時折、風に吹かれ枝を揺らす。
風と共に降ってきた枯れ葉にまみれながら、青年はゆっくりと木にもたれかかり、座った。
崩れ落ちるように音もなく、座った。
しばらく風に揺られる枝を見ていた。
目の前で次々に枯れた葉が飛ばされていく。
その一枚一枚を目で追っていった。
静かに葉を見つめていると突然、青年が来た大街道の方向と逆方向、つまり丘を降りた先にある深い森の方から銃声のようなモノが聞こえた。
その騒音のために、一斉に落ちていく枯れ葉を虚ろな目で見つめる。
銃声が轟いても微動だにしなかったように、足音が多数、速いテンポで向かってきても何の反応もせずに枯れ葉を眺め続けていた。
草を踏む小さな音と共に、一つの足音が近付いてきた。
音の軽さとテンポの刻み方から、小さな子どもであることが分かる。
その足音がすぐ横で止まった。
その方角の後方からは無数の足音が未だに聞こえている。
何事かと、それでも光のない目で小さな足音の聞こえた方を見るとそこには、汚れ、痛んだ白いドレスに身を包んだ幼い少女が肩で息をしながら佇んでいた。
走ってくる途中に枝で引っかけたのだろうか。その白い肌には無数の紅い線がにじんでいた。
また、少女の透きとおるような白い肌やドレスにはまるで合っていない、革と金属で作られた首輪のようなものが、少女の白く細い首を捕らえている。
首輪から続いている鎖を手から離し、その手で青年の黒い服の袖を引っ張った。
そんな少女の姿を見つめていた瞳が微かに揺らいだ。
俺に……愛しいあの人すら助けられなかったこの俺に、この子を助ける権利はあるのか……?
自問自答をしながらも少女を見つめていた。
先ほどの無気力な瞳ではなく、悲しみの色を浮かべた瞳で少女を見つめていた。
すると、今までうつむいていた少女がそのゆっくりと顔を上げた。
腕の色と同じように透きとおった白色、しかし傷や汚れでくすんだ白色となってしまっている。
幼さが残るが整った顔立ちである。
くすんだ肌の白色よりも黒みがかかった、灰色の少女の瞳と視線が交わった。
その瞳には宝石のような涙が溢れるほど浮かんでいる。
その瞬間、青年の瞳に光が宿った。
怒り、悲しみ、そして決意と意志の光がまざり、青年の漆黒の瞳を輝かす。
あの人には何もしてやることが出来なかった……。
それは事実だ。
だが、今この子を助けることが出来るのは俺一人だけだ。
十字架を背負っている、俺のこの躰でこの子を救えるのならば、この身など朽ちても構いやしない。
目の前で女性が死ぬのは、こりごりだ……。
十字架を下ろす権利はない。
十字架を背負ったまま墓場まで行く決心はできた……。
すっと立ち上がると、少女に優しく微笑みかけ、頭を撫でた。
薄いクリーム色の髪が指の間をすり抜けていく。
無言のまま手を下ろし、少女を軽々と抱き上げ、大樹の枝の上へ座らせた。
木の上の方へ上がるように指示すると、目線を落とし、少女がでてきた森の方を見つめた。