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[クローク]
‐No.002‐ start
本部に到着した後、イアンが目を覚ましたのは、三日後のことだった。
背中の傷は完全に癒えてはいないが、会話を出来るまでに回復していた。
そして真っ先にお見舞いに行ったのは、彼女だ。
「よっイアン。体の調子はどうだ?」
「良くは無いけど、大分楽だよ。ありがとう。心配してくれて。」
「なっなんだよ! 改まって!」
突然のイアンの感謝の言葉に照れてしまった。
いわゆる、ツンデレというやつだ。ちょっと突き放し過ぎたか? 心のどこかで少し後悔したミランだったが、さすがイアンだ、そんな彼女の気持ちをよくわかっている。
「まったくも〜。本当にミランは素直じゃ無いんだから、僕の感謝の気持ち、受け取ってよね。」
「わっわかったよ! どーいたしまして!//」
クスっと笑いあった二人の間に、もう一人、お見舞いに来た者がいた。
部屋にノックの音が響く。
「失礼シまス……。」
入って来たのは、あの任務で出会った少女だった。ミランの話によると、ここ『ディーバ研究所本部』に着いたあとすぐに、目を覚ましたらしい。一時的な疲労だったので大事には至らなかったという。
「あっあなたは!!」
「そうだ。あの時会った子だ。あれからいろいろ調べさせてもらってな。身元がわかったんだ。」
「イーラ・アイリスと言イマス…よろシくお願いしマす……。」
「と言う訳だ。」
少女の名前はイーラ・アイリス。
しっかりと言葉も話している。体の心配はなさそうだ。
「大丈夫なんですか?わざわざありがとうございます。」
「大丈夫……。」
相変わらず素っ気ない態度だったが、彼女なりに、イアンにも感謝の気持ちを伝えているのだろう。少し顔が染まっていると思ったのはどうやら錯覚ではないらしい。
「それともうひとつ・・・重要な事が分かった。」
「なっなに……??」
真剣な面持ちで口を開いたミランに、緊張気味のイアンが問い掛ける。
「実は、イーラはディーバだったんだ。一緒にいた三毛猫が彼女の式神だった。」
「そうなんですか!? っ・・・痛てっ…!」
「だっ大丈夫か!? いきなり大きい声出すなって!」
あまりの驚きについ大きな声を出してしまい、背中に響いてしまった。
涙目になりながらも、イアンは話しを続けるよう促す。
「っ・・・大丈夫っ。詳しく聞かせて。」
「あぁ・・・。アヤ博士の調べによると、イーラの式神は炎を司る式神だ。私らはまだ彼女の式神のようなタイプを経験していないから重要な戦力になるってさ。」
「で、その張本人は??」
「あの時、力の使い過ぎで今はイーラの中で眠ってる。じきに目を覚ますさ。」
「そうなんだ……。」
イアンは少々ガッカリとした様子だ。
「式神ってナニ?」
「えっ?しらねぇのかよ!?」
「それはね……。」
出番が来たと言わんばかりに、イアンは説明を始めた。
式神というのは、その元になっていた魂がこの世の生物に乗り移り具現化したものをさしている。
時には動物、植物にも魂を宿らせることができる。しかし、何故か人間に宿る事は出来ないという。
そしてその式神を操ることの出来る人間を我々は『ディーバ』と読んでいる。ディーバはある特定の遺伝子を持った者だけが成りうるとされており、女性が多いのだという。
しかし、式神とディーバ、この二つのものが現れたことで、世界に大きな歪み(ひずみ)を生んだ。その歪みを悪用する者が現れ、それを防ぐために我々は戦っている。
この一連の説明を怪我人とは思えぬ口調でイアンは話した。
「本当イアンは式神ヲタだよな〜。」
「ちっ違うよ! 自分達の式神のことをよく知っておいた方が、戦いやすいだろ??それにイーラさんの式神に早く会ってみたかったんだ。」
なんとか取り繕ってはいるが、実際イアンは式神ヲタだった。
しかしイアンの式神に対する知識は役立つ面も多かったのだが、博識故にみんなに頼られるイアンをミランは羨ましくも思っていた。
「ミランももっと勉強して、式神のことやディーバについて学べばいいじゃないか。なんなら、図書室への入室権を与えてもいいけど?」
「けっ! あんなところの入室権なんていらねぇよ!」
ここディーバ研究所本部は、『本部』と名のつく事もあって、重要な部屋が多い。そのため、各部屋に『室長』という者が存在している。
イアンは図書室と資料庫、そして武器庫、他32の部屋の室長であり、部屋に立ち入ることのできる権利が与えられている。
無論、室長が許可をすれば誰でも入室が可能になる。
「あの・・・ワタシに図書室ヘノ入室を、キョカしてくれマせんカ……?」
「えっ? イーラさんが?」「すみません・・・無理ナラいいんですケド……」
「いえ! 大丈夫ですよ! 許可します!」
「おいおいイーラ、あんなところのどこがいいんだ? 訳のわかんねぇ分厚い本が並んでるだけなのに…」
「ワタシも、式神についテ学びタイんでス……。」
「ハァ……。」
ミランが呆れていると、部屋にノックの音が響いた。
「はーい?」
入って来たのは、白衣を身に纏った一人の女性だった。まだ若い。スタイルもいいし顔立ちも綺麗だ。しかしそんなことお構いなしとでも言うように、黒ぶちのメガネをかけている。せっかくの美人が台なしだ。おまけに髪もあまり整えられていない。白衣だって染みだらけだった。もっと女性らしい格好をすればいいのに・・・とイアンは思っていた。
「あら? あなた達? 仲が良さそうね?」
「アヤ博士。研究はどうしたんですか?」
「今は休憩中よ。」
「またかよ……。」
「ミラン何か言った?」
「なんでもないで〜す……。」
彼女は研究所の博士だ。式神やディーバについての研究を主に行っているが、研究に息詰まると『休憩中』と言って抜け出してくることが多々あった。
「イアン。体の調子は?」
「はい。大丈夫です。まだ立てませんけど……。」
「無理しないでね。あなたにはまだまだやってほしいことがたくさんあるんだから。」
「はい。がんばります。」
「それと・・・。たしかあなた・・・イーラさんだったわよね?」
「はイ。」
「ようこそ我が研究所へ。」
アヤは両手を広げて歓迎した。
「あなたには、説明すべきことが沢山あるわね…。」「イーラさんに図書室への入室を許可しました。そこで学べることも多いと思います。」
「あら。じゃあそうしましょう! ミランよろしく。」
アヤは満面の笑みをミランに向けたがその表情には『やってくれるわね?』と脅しともとれる何かが含まれていた。
勿論、即答でミランはokをする。
「はっはい!わかった・・・」
気の強いミランが言い負かされている。それだけの圧力がアヤにはあった。
「んじゃ、図書室行くか……。」
図書室はこの医務室を出て左に曲がり、突き当たりを右に曲がったら、階段を昇ってさらに左に曲がって………。
とにかく本部は広すぎる。ここを知らない人は、図書室へ行くだけで半日かかりそうだ。
しかし、ミランはこの本部の入り組んだ造りを全て把握している。
噂によれば、本部に配属された新米ディーバの最初の任務はこの本部の間取りを全て頭に入れる事から始まるのだとか…。
頭に入れると言っても容易ではない。本部にある部屋の数は、立入禁止の部屋を除いても327部屋あり、全部合わせると、340部屋はあるのではないだろうか?
そういえば、自分もここに配属されたとき、馬鹿細かい本部の見取り図を見せられ、アヤ博士に笑顔で『覚えなさい。』と言われて苦労したな〜。とミランが思い出を振り返えっているうちに図書室に到着した。
目の前には大きな寂れた扉があり、『Books Hall』と書かれている。
「ここだ。扉は寂れてるけど、中は違う。まさにホールって感じだな。」
「どうやっテ入ルノ?」
イーラが疑問に思ったのは、この扉にドアノブが見つからなかった事だ。
押して開けるのかとも思ったがどうやら違うようだ。
「ここに、紋様が書かれてるだろ? ここに、式神のエネルギーを込めるんだ。」
そこには、龍のような紋様が描かれていた。
「込メる?」
「左手をあててみろ。」
イーラは紋様に左手をあて、目を閉じた。
すると、紋様の輪郭が赤く光り、弱い炎をあげた。
「やっぱりイーラの式神は炎を司ってるんだな。」
ミランがそうつぶやいた途端、イーラの体がどんどん薄くなっていき、やがて消えた。
図書室へと入ったのだ。
「え・・・?」
イーラが困惑していると、続いてミランが現れた。
「これで、わかったか? 本部にある全ての部屋はこうやって、式神の力を使って入るんだ。」
ミランがしたり顔で、説明していたが、イーラにはもうひとつ、驚きがあった。
それは、ここの広さだ。ミランが『まさにホール』と言った意味がわかった気がした。
「スごい………! 」
天井は高く、左右には天井まで届きそうな本棚があり、分厚い本がギッシリと並んでいる。
その本棚と本棚の間に木製のはしごが架かっており、2階へ続いていた。
さらに前を見ると、どこまで続いているかわからないほど、奥行きがあった。
そして、数々の机が並べられており、白衣を着た、アヤの部下であろう研究者達が、黙々と作業をしていた。
その中に一際目を引く、背の高い金髪の青年がいた。ミランがその彼に向かって親しげに手を振った。
「おぉ! こんなとこでなにやってんだよ?」
「何って、研究だよ。」
「今は、私達のディーバ化について研究しているんです。」
「また、めんどくさそうなことやってるな〜……。」「ところで、そちらのレディーは? 見かけない顔だが……。」
金髪の青年はイーラを見つめながらそう言った。
「本当、女に対すると鋭いよな〜。」
ミランの言う通り、彼は女性の事になると、異様に鋭くなる。女ッ垂らしってやつですね。
「こいつは、3日前新しく本部に配属された、イーラだ。」
「イーラ・アイリスです……。」
「俺はカイル・レイン。よろしくな。」
「私は、セオ・リャンと言います。よろしく。」
カイルに続いて自己紹介をしたのは、背の少し低い、ショートヘアの日系中国人女性だった。
内巻きにウェーブがかった髪がなんともかわいらしい。
「よろシくおねガイしまス……。」
「ちょうどいい! セオ達にも……。」
「却下だ。」
「却下です。」
二人揃って即答で断られた。
「は!? なんでだよ!?」「言ったでしょう。私達は今、ディーバ化について研究しているんです。ミランさんのお仕事なんだから自分でやってください。」
「ちっ………。」
セオに正論をぶつけられたミランは仕方なく、『イーラに物事を教える』仕事をすることにした。
「お前、頭は良いんだからもっと使えよ……。」
カイルがミランの頭をツンツンしながら言った。実を言えば、ミランもそれなりに、頭は回る方だ。イアンほどには及ばないが…。
「はぁ〜・・・んじゃ、ジェシカにでも、手伝ってもらうか……。」
そう言ってミランはジェシカを呼び出した。ミランの胸元が蒼い光りを帯びる。そしてその蒼い光は、一人の少女へと姿を変えた。
「こんな事だろうとは思ったけど・・・ま、手伝うわ。」
「やっぱ、頼るべきは自らの式神だな!」
ジェシカの肩をミランはポンッと叩き、イーラを連れて図書室への奥へと消えて行った。
その頃、とある実験室では、着々と実験が行われていた。勿論、ごく一部の者しか入ることの出来ない、『関係者以外立入禁止』の部屋だ
その部屋に二人の人間が入ってきた。薄暗い実験室の中に機械的な明かりが灯る。パソコンを開いているようだ。キーボードを打つ音が響く。そして人間は唐突にこんな事を言った。
「いよいよ、始まりの鐘が鳴る………。」
「アレはちゃんと動くでしょうか?」
「動いてもらわなければ困る………。」
「それもそうですね。」
「万が一失敗しても、予備はいくらでもいる……」
そして人間が前を見上げるとそこには、見覚えのある、浴槽のようなものがあった。
中にはヒトが入っているようだ。実験途中なのか、その浴槽は、透明な蓋のようなもので固く閉じられている。蓋には『No.002』……。
同じ物が右側へといくつか続いている。右へ行くほど、数字が増えているようだ。そして中に入っているヒトは小さくなっているようだ。
それは、母体の胎児を連想させた。まるで成長過程のようだ。
右隣りにも一つだけ浴槽があったが蓋が空いている。液体も張られていない。ヒトも入っていなかった。
空いているその蓋には……『No.001』と書かれていた。
どうやら、ヒトは繭の中から脱皮し、蝶になったようだ………。




