赤紙
夕方の夕暮れの日暮れ時の夕映え。真っ赤に燃える犬畜生。はす向かいに見えるはか細い手足の、かつ長いブルジョア階級御用達、ロン毛の白人みてえな不気味な犬畜生でござあ。あれはたしかボルゾイという犬であると近所の顔面神経症のトップブリーダーが真顔で云っていたっけ。馬鹿馬鹿しい。本当にその犬が好みなのかよ。自分の特権的階級を誇示しているだけだろう。車感覚で動物飼ってんじゃねえよ、秋田犬を飼え、秋田犬を。畜生、ヨーロッパがなんだい、ベンツがなんだい、セックスがなんだい、顔面が平面で何が悪い、手足が短くて何が悪い。
俺はなんだか無性に腹が立って、気がついたらボールのへそを下にして慎重にアスファルト面にセットしていた。それは試合中、時折陥る感覚、コンセントレーションが極限まで高められたあの感覚に非常に近いものだった。俺は淀みなくその作業を終えると、5歩後ろに下がり勢い、ボールの中心よりやや右側を下から擦り上げるようにしてインサイドで蹴り挙げていたのだった。
ぎゃん!
断末魔とともに弾け飛ぶ犬畜生。恐らくベスという名前だったのだろう。極限まで集中力が高められているので当然わかる。滑らかなブロンドの犬毛は舞い上がり、それは夕焼けの真っ赤を浴びてアトランダムにさんざめいている。びちびちと音をたてて肉片がアスファルトに沁み入る。内蔵・脳漿・血痕・血痕・肉球。その光景は、この世のものとは思えぬ程美しかった。気がつくと俺は射精していた。
俺がそんな美しくも残酷な光景に見とれていると、いかにもドルチェ&ガッバーナといった風体の飼い主がつかつかと歩み寄ってきて、ピピー、ホイッスルを吹いた。俺は何かな、天気がいいね、とかそういうニュアンスかな、と勘ぐっていると、男はやおら胸ポケットをまさぐり、プラスチック製の赤い文庫本サイズのカード的なものを、まるで名刺を渡すかの如く非常に丁寧に渡してきたのだった。
俺は、なんて腰の低い飼い主さんだろうか、と我が愚行を呪い丁重にかつ極めて穏便にその赤いカード的なものを頂戴したのである。
そのようにして俺はレッドカード一発退場処分を食らったわけであるが、後日JFA(日本サッカー協会)の方からも書面にて厳重注意をされたし、「犬を破裂させると一発退場(犬種問わず)」との規定が公式ルールーブックにも記載されていたので、俺は甘んじて謹慎処分を受けたのであった。
しかし思い返せばあの飼い主、全身ドルチェ&ガッバーナにクロムハーツという出で立ちであったのにも拘らず、日ハムのベースボールキャップを被っていたのは何故だろうか。コーディネートを無視するほどにファンなのだろうか。というかあえてそういうコンセプトなのだとしたら、ファッションとは実に奥の深いものである。