第4章 記憶カタログ作戦
深夜。
家族は眠っている。
リオンだけが起きていた。
机の上には羊皮紙の束。インク壺。羽ペン。
月明かりが部屋を照らす。
リオンはペンを握った。
「全員の名前を書き出す」
つぶやく。
決意を確かめるように。
ペン先をインクに浸す。
羊皮紙に文字を書く。
『1人目:原始人ゴル。狩人。槍使い』
最古の記憶。
言葉もろくに話せない時代。
獣を狩り、火を使い、洞窟で眠った人生。
『2人目:農民トム。畑を耕す。穏やか』
質素な人生。
だが、幸せそうだった。
『3人目:戦士アレク。剣士。古代王国の兵士』
母を襲おうとした人格。
強い。だが、制御が難しい。
リオンは書き続けた。
4人目、5人目、6人目。
商人、学者、職人、盗賊、神官。
様々な職業。様々な人生。
10人目を書き終えた時、手が少し震えた。
まだ6656人残っている。
「続ける」
20人目。30人目。50人目。
時間が経つ。
リオンの目が疲れてくる。
でも止まらない。
100人目を超えた。
詐欺師、暗殺者、王、船乗り、鍛冶師。
人生の多様さに驚く。
自分は、こんなにも多くの人間だったのか。
200人目。
手が痛い。
インクを補充する。
新しい羊皮紙を取り出す。
300人目。
まぶたが重い。
でも、眠るわけにはいかない。
400人目。
ペンを持つ手が震える。
文字が歪む。
500人目を書き終えた瞬間。
激痛が頭を貫いた。
「ぐあ……!」
リオンはペンを落とす。
頭を抱える。
記憶が逆流する。
500人全員の死に様が、同時に再生された。
剣で刺される。病で死ぬ。老衰。事故。処刑。餓死。
様々な死。
痛みが襲う。苦しみが襲う。
「やめろ……やめてくれ……」
リオンは床に倒れた。
体が痙攣する。
「殺される……また殺される……6666回……」
うわ言のようにつぶやく。
意識が遠のく。
暗闇が迫る。
そこで、母の悲鳴が聞こえた。
「リオン!」
扉が開く。
母が駆け寄る。
リオンを抱き上げる。
「リオン! しっかりして!」
リオンは母の顔を見た。
ぼやけている。
「母さん……」
そこで意識が途切れた。
暗闇。
夢の中で、6666人が立っている。
全員がリオンを見ている。
「無理をするな」
「まだ早い」
「体が持たない」
「でも、諦めるな」
様々な声。
リオンは答えられない。
ただ、暗闇に沈んでいく。
目を覚ました時、天井が見えた。
自分の部屋。
ベッドに寝かされている。
体が重い。
頭がぼんやりする。
横を見ると、母が椅子に座って眠っていた。
疲れた顔。
心配させてしまった。
リオンは体を起こそうとした。
痛い。
全身が筋肉痛のようだ。
時計を見る。
3日経っていた。
「3日……」
母が目を覚ました。
「リオン! 起きたの!」
抱きしめられる。
「よかった……ずっと眠ってて……高熱が下がらなくて……」
母が泣いている。
リオンは母の背中に手を回した。
「ごめん……心配かけた」
母が顔を上げる。涙を拭く。
「無理しないで。何をしてたの? 机の上、書類だらけで」
リオンは机を見た。
羊皮紙が散らばっている。
インク壺がこぼれている。
ペンが床に落ちている。
「記憶を……整理してた」
母が首を傾げる。
「記憶?」
リオンは頷いた。
「俺の中に……たくさんの人がいる。それを……把握しようとした」
母は何も言わなかった。
ただ、リオンの頭を撫でる。
「少しずつね。焦らないで」
リオンは微笑んだ。
「うん」
母が部屋を出て行く。
「スープ作るわ。食べなさい」
一人になる。
リオンは羊皮紙を拾い集めた。
1000人分の記録。
まだ5666人残っている。
「まだまだだな……」
でも、諦めない。
ノートを開く。
新しいページ。
『制御法の研究』
『段階的に記録する。無理をしない』
『1日10人ずつ』
計画を立てる。
これなら、体が持つかもしれない。
リオンはペンを握った。
「やり直す」
決意を新たにする。
窓の外、鳥が鳴いている。
朝だ。
新しい一日。
リオンは深呼吸した。
「行ける」
6666人。
全員を把握する。
そして、制御する。
長い道のり。
でも、歩き始めた。
リオンは書き始めた。
1001人目の名前を。




