第33章 治療師人格の限界
宿の部屋。
リオンとミラが向かい合っている。
リオンが口を開く。
「ミラ……話がある」
ミラが頷く。
「何?」
リオンが答える。
「カインに負けた」
ミラが黙る。
リオンが続ける。
「条件があった……お前と別れなければならない」
ミラが目を見開く。
「そんな!」
立ち上がる。
「一緒に戦うって言ったじゃない!」
リオンが視線を落とす。
「ごめん……」
ミラが近づく。
「リオン!」
リオンが首を横に振る。
「俺が弱いから……」
ミラが涙を流す。
「弱くない! あなたは強い!」
リオンが答える。
「でも……カインに勝てない……」
ミラが手を握る。
「一緒に強くなろう!」
リオンが手を離す。
「無理だ……」
立ち上がる。
荷物をまとめ始める。
ミラが叫ぶ。
「待って!」
リオンは答えない。
ただ荷物を詰める。
剣。
本。
薬草。
全てを。
ミラが泣いている。
「お願い……置いていかないで……」
リオンが荷物を背負う。
「ごめん」
扉に向かう。
ミラが追いかける。
「リオン!」
リオンが扉を開ける。
「元気でな」
小さく言う。
部屋を出る。
扉を閉める。
廊下を歩く。
後ろから、ミラの泣き声が聞こえる。
「リオン……」
リオンは立ち止まらない。
階段を下りる。
宿を出る。
街を歩く。
振り返らない。
涙が出そうになる。
でも、こらえる。
『これでいい……』
心の中で言う。
『ミラを危険に巻き込むわけにはいかない……』
数歩進んだ。
その時。
悲鳴が聞こえた。
「きゃああああ!」
ミラの声。
リオンが振り返る。
宿の方から。
黒い光が見える。
窓から。
ミラの部屋から。
リオンは走り出した。
宿に戻る。
階段を駆け上る。
部屋の扉を開ける。
「ミラ!」
ミラが床に倒れている。
左腕を押さえている。
腕が黒く変色している。
不気味な黒。
蠢いている。
広がっている。
リオンが駆け寄る。
「ミラ! 何があった!?」
ミラが苦しそうに答える。
「窓から……黒い光が……」
リオンが窓を見る。
何もない。
でも、残留魔力を感じる。
カインの魔力。
「あいつ……」
小さく言う。
ミラを見る。
黒い変色が肘まで広がっている。
リオンが叫ぶ。
「癒せ!」
目が変わる。
治療師アンナの目。
ミラに触れる。
診断を始める。
「これは……」
顔が青ざめる。
「魔力侵食……」
ミラが聞く。
「魔力……侵食……?」
アンナが答える。
「悪性の魔力が体内に入り込んでいる……」
手を動かす。
魔力を感じ取る。
「でも……この症状……知識にない……」
焦る。
「どうすれば……」
とにかく手当てを試みる。
手を黒い部分に当てる。
治癒魔法を注ぐ。
緑の光。
でも。
黒い変色が消えない。
逆に広がる。
肩に向かって。
「くそ、止まらない!」
アンナが叫ぶ。
もっと魔力を注ぐ。
全力で。
体力を使う。
精神力を使う。
全てを注ぎ込む。
1時間。
2時間。
3時間。
やっと。
黒い変色が止まった。
広がらなくなる。
でも。
消えない。
肩まで黒く染まっている。
アンナが倒れ込む。
「はあ……はあ……」
荒い呼吸。
「戻れ……」
つぶやく。
目が元に戻る。
リオンの目。
「ミラ……」
ミラは気を失っている。
リオンがミラを抱き起こす。
「ミラ!」
ミラが目を開ける。
「リオン……?」
弱々しい声。
リオンが答える。
「大丈夫。魔力侵食は止めた」
ミラが左腕を見る。
黒く染まっている。
動かそうとする。
でも。
動かない。
「腕が……動かない……」
リオンが答える。
「すまない……俺の知識じゃ……完全には治せなかった……」
ミラが微笑もうとする。
「大丈夫……」
涙が溢れる。
「生きてるから……」
リオンが抱きしめる。
「すまない……すまない……」
繰り返す。
「俺が弱いから……」
ミラが首を横に振る。
「あなたのせいじゃない……」
リオンが涙を流す。
「でも……」
二人は抱き合ったまま。
しばらく。
窓の外。
街の屋根の上。
カインが立っていた。
遠くから見ている。
冷たい目で。
「やはり……」
小さく言う。
「仲間は足手まといだ……」
背を向ける。
「リオン……お前はまだわかっていない……」
歩き出す。
屋根を跳ぶ。
消えていく。
部屋に戻る。
リオンがミラをベッドに寝かせる。
優しく。
ミラが言う。
「リオン……行かないで……」
リオンが答える。
「行かない」
椅子に座る。
「ここにいる」
ミラが微笑む。
「ありがとう……」
目を閉じる。
眠りに落ちる。
リオンはミラを見た。
黒く染まった左腕。
動かない腕。
「すまない……」
小さく言う。
「俺が……守れなかった……」
拳を握る。
「カイン……」
小さく言う。
「お前が……やったのか……」
怒りが込み上げる。
でも。
同時に。
無力感も。
『俺では……ミラを守れない……』
『俺では……魔王を倒せない……』
『俺では……』
頭を抱える。
「どうすれば……」
小さく言う。
「どうすれば強くなれる……」
窓の外。
夜が深まっている。
星が見える。
リオンは窓を見た。
「強くなる……」
小さく誓う。
「必ず……」
ミラを見る。
「お前を守れるように……」
そして。
カインを思う。
「次は……負けない……」
決意を新たにする。
でも。
心の奥で。
不安がある。
本当に強くなれるのか。
本当にカインに勝てるのか。
本当に魔王を倒せるのか。
そして。
本当に世界を救えるのか。
リオンは黙って座っていた。
ミラの傍で。
一晩中。
朝が来るまで。
考え続けた。
自分の弱さを。
自分の限界を。
そして。
これからどうするべきかを。
長い夜だった。
朝日が昇る。
新しい日。
でも。
リオンの心は晴れない。
ミラの腕は動かない。
カインは去った。
魔王の封印は弱まっている。
時間がない。
でも。
リオンは弱い。
どうすればいいのか。
答えが見つからない。
リオンは窓の外を見た。
太陽が昇っている。
温かい光。
でも。
リオンの心は冷たい。
「強くなる……」
つぶやく。
「必ず……」
でも。
どうやって。
それがわからない。
リオンは座り続けた。
ミラの傍で。
答えを探して。
希望を探して。
道を探して。
長い朝が始まった。




