第15章 最古の記憶・原始人
数日後。
村で祭りが開かれることになった。
帝国軍を撃退した祝いと、復興の祈りを込めて。
リオンも参加することになった。
母が言う。
「久しぶりのお祭りね。楽しみましょう」
リオンは頷いた。
「うん」
でも、心の中では不安があった。
人混み。
大勢の人。
精神世界での会議以来、人格たちは少し静かになった。
でも、完全に制御できているわけじゃない。
『大丈夫だ。気をつけてれば』
自分に言い聞かせる。
夕方。
村の広場に人が集まっている。
松明が灯されている。
音楽が鳴っている。
笛と太鼓。
村人が踊っている。
リオンは母と父と一緒に歩く。
「すごい人だな」
父が笑う。
「久しぶりだからな。みんな楽しみにしてたんだ」
リオンは周囲を見渡した。
笑顔。
笑い声。
賑やか。
だが、その瞬間。
頭に激痛が走った。
「ぐ……」
リオンは頭を抱える。
母が心配そうに見る。
「リオン?」
「大丈夫……ちょっと……」
だが、痛みが増す。
人混み。
音。
光。
全てが一度に押し寄せる。
リオンの意識が混乱する。
精神世界で、何かが動く。
最古の人格。
原始人ゴル。
彼が、反応している。
『人が……多い……』
ゴルの記憶が蘇る。
原始時代。
部族の集まり。
火を囲んで踊る。
だが、それは祭りじゃない。
狩りの前の儀式。
戦いの前の準備。
リオンの視界が歪む。
「やばい……」
ゴルが前に出ようとしている。
リオンは必死で抑える。
『戻れ! 今は出るな!』
だがゴルの意志が強い。
パニックが引き金になった。
ゴルが爆発的に発動する。
「うああああ!」
リオンが叫ぶ。
視界が変わる。
原始人ゴルが降臨した。
リオンの目が野生的になる。
言葉を失う。
口から、意味不明な音が出る。
「ウウ……ウガ……」
母が驚く。
「リオン!」
だがゴルは母を認識しない。
人混みが、敵に見える。
危険に見える。
ゴルが四つん這いになる。
獣のように。
村人が驚く。
「リオンが……」
「どうした?」
ゴルが走り出す。
全速力で。
人混みを抜けて。
村の外へ。
森へ。
父が追いかける。
「リオン! 待て!」
だがゴルは止まらない。
森に入る。
木々の間を駆け抜ける。
枝を避ける。
岩を跳び越える。
完全に野生の動き。
村人の声が遠ざかる。
森の奥深く。
ゴルが立ち止まる。
周囲を見渡す。
「ウウ……」
うなる。
ここは安全だ。
人がいない。
ゴルは木の実を探し始めた。
地面に落ちている実。
拾う。
匂いを嗅ぐ。
食べられる。
口に入れる。
生で食べる。
リオンの内側で、自我が叫ぶ。
『やめろ! 何してる!』
だがゴルは聞かない。
次は川に向かう。
水を飲む。
手ですくって。
魚を見つける。
素手で捕まえようとする。
失敗する。
「グウ……」
不満の声。
リオンの自我が必死で抵抗する。
『戻れ! ゴル! 俺に戻せ!』
だがゴルは無視する。
木の枝を拾う。
槍のようにする。
魚を突こうとする。
何度も失敗する。
やがて、一匹捕まえる。
「ウガ!」
勝利の雄叫び。
そのまま生で食べる。
血が口から垂れる。
リオンの自我が悲鳴を上げる。
『やめろ! 気持ち悪い!』
夜になった。
ゴルは木の上に登る。
枝の上で寝る。
安全な場所。
獣から身を守る。
月明かりが森を照らす。
ゴルは目を閉じる。
眠る。
リオンの自我は、ただ見ているだけ。
何もできない。
翌朝。
ゴルが目を覚ます。
鳥の鳴き声。
朝日。
ゴルは木から降りる。
また木の実を探す。
川で水を飲む。
完全に原始の生活。
言葉がない。
文明がない。
ただ、生きる。
食べて、飲んで、眠る。
それだけ。
リオンの内側で、自我が疲弊している。
『もう……限界……』
2日目の夜。
ゴルが木の上で眠っている。
その時、遠くから声が聞こえた。
「リオン!」
母の声。
「リオン! どこ!」
父の声も。
「リオン! 返事をしろ!」
ゴルが目を覚ます。
声のする方を見る。
松明の明かりが見える。
人間。
ゴルは警戒する。
だが、その声に何かが反応する。
リオンの記憶。
母。
父。
家族。
リオンの自我が、わずかに力を取り戻す。
『母さん……父さん……』
その感情が、ゴルに届く。
ゴルが混乱する。
「ウ……ウウ……」
母の声が近づく。
「リオン!」
松明の光が、木の下まで来る。
母が見上げる。
「リオン! いた!」
ゴルが木の上から母を見る。
母の顔。
涙を流している。
「リオン……降りてきて……」
その声。
その顔。
リオンの記憶が溢れ出す。
温かい抱擁。
優しい言葉。
愛情。
リオンの自我が、ゴルを押し返す。
『母さん……』
ゴルが抵抗する。
だが、リオンの感情が強い。
母への愛。
それがゴルを圧倒する。
ゴルが引いていく。
「ウ……ガ……」
最後の抵抗。
だが、完全に引く。
視界が元に戻る。
リオンの意識が戻る。
「母さん……」
人間の言葉。
リオンの声。
母が泣きながら笑う。
「リオン! よかった!」
リオンは木から降りた。
ふらつく。
3日間、ゴルに支配されていた。
母が駆け寄り、抱きしめる。
「心配したのよ……」
リオンは母の胸で泣いた。
「ごめん……ごめんなさい……」
父も来る。
リオンの頭を撫でる。
「無事でよかった」
村人も集まってくる。
「リオンを見つけた!」
「よかった!」
リオンは村人を見た。
心配そうな顔。
安堵の表情。
リオンは頭を下げた。
「すみません……心配かけました……」
村長が言う。
「いいんだ。無事なら」
リオンは家に連れて帰られた。
ベッドに寝かされる。
体がボロボロだ。
傷だらけ。
服も破れている。
母が手当てをする。
「じっとしてて」
傷に薬を塗る。
痛い。
でも、リオンは我慢する。
父が言う。
「何があったんだ?」
リオンは説明した。
「原始人ゴル……最古の人格が……暴走した……」
父と母が顔を見合わせる。
リオンが続ける。
「人混みが……引き金になった……」
母が心配そうに言う。
「じゃあ、祭りは……」
リオンは頷いた。
「もう行けない……人が多いと……また……」
父が肩を叩く。
「わかった。無理するな」
リオンは目を閉じた。
「ゴル……」
精神世界を覗く。
原始人ゴルが座っている。
リオンが現れる。
「ゴル……」
ゴルが顔を上げる。
「すまなかった」
低い声。
「俺は……制御できない……パニックになると……出てしまう……」
リオンは頷いた。
「わかった……これからは……人混みを避ける……」
ゴルが言う。
「お前の母の声……あれで目が覚めた……愛は……強い……」
リオンは微笑んだ。
「そうだな……」
精神世界から離れる。
現実に戻る。
母がまだ手当てをしている。
リオンは母の手を握った。
「ありがとう……母さん……」
母が微笑む。
「当たり前よ」
リオンは安心した。
家族がいる。
それが、俺を人間に戻してくれる。
窓の外、夜が明け始めている。
長い3日間が終わった。
リオンは深呼吸した。
「また……一つ学んだ……」
人混みは危険。
パニックは引き金。
制御には限界がある。
でも、愛は強い。
それを忘れない。
リオンは目を閉じた。
疲れた体を休める。
深い眠りに落ちた。




