第12章 商人人格の取引
1週間が経った。
リオンの体は少しずつ回復していた。
記憶の混乱も収まってきた。
文字が読めるようになった。
父を隊長と呼ぶこともなくなった。
でも、完全ではない。
時々、頭痛が襲う。
それでも、動けるようにはなった。
ある日、村長がリオンの家を訪ねてきた。
父と母、リオンが応対する。
村長が深刻な顔で言う。
「実は……村の復興資金が足りない」
帝国軍の襲撃で、村は半壊していた。
家が壊れ、畑が荒らされ、家畜が逃げた。
復興には金がかかる。
「村の貯蓄だけでは足りないんだ」
村長が頭を下げる。
「リオン、何か力を貸せないか?」
リオンは驚いた。
「俺に……?」
村長が頷く。
「お前は特別な力を持っている。村には売れるものがある。備蓄の穀物、森の木材、職人の手工芸品。だが、買い手を見つけるのが難しい。商人とのつながりもない」
リオンは考えた。
商人グレイ。
あの人格なら、取引ができるかもしれない。
「わかった。やってみる」
村長が安堵した。
「ありがとう。倉庫に案内する」
リオンは村長と共に倉庫に向かった。
母が心配そうに見送る。
倉庫には、村の資産が積まれていた。
穀物の袋。毛皮。陶器。織物。
村長が言う。
「これらを売れば、復興資金になる。だが、どこで誰に売ればいいのか……」
リオンは深呼吸した。
「任せて」
商人グレイを召喚する。
「商え!」
視界が変わる。
世界が数字に見える。
全てが商品に見える。
商人グレイが降臨した。
リオンの目が鋭く光る。
計算高い目つき。
グレイが倉庫の中を見渡す。
「なるほど……」
一つ一つを手に取る。
穀物の袋を開ける。
「質は悪くない。だが、量が少ない」
毛皮を広げる。
「これは使える。北の貴族が欲しがる」
陶器を見る。
「素朴だが、それが逆に価値になる」
グレイが村長に言う。
「全て買い取ってもらえます。ただし、私の方法で」
村長が頷く。
「頼む」
グレイが村人を集めた。
「皆さん、聞いてください!」
声が大きい。
村人が集まってくる。
「これから隣町の市場に行きます。村の資産を売ります。高く売るために、いくつか条件があります」
村人が聞く。
「条件?」
グレイが説明する。
「まず、毛皮は全て私が管理します。バラ売りせず、まとめて貴族に売る。次に、陶器は『古代の技法で作られた希少品』として売ります」
村人が困惑する。
「でも、普通の陶器だぞ」
グレイが冷たく笑う。
「商売は演出です。真実より、物語が売れるんです」
リオンの内側で、自我が反応する。
『嘘をつくのか?』
グレイが答える。
『嘘じゃない。誇張だ。ビジネスだ』
村人が不安そうに顔を見合わせる。
村長が言う。
「リオン……それで大丈夫なのか?」
グレイが即答する。
「大丈夫です。私を信じてください。ただし、売り上げの2割は手数料としていただきます」
村人がざわめく。
「2割!」
グレイが冷静に言う。
「私がいなければ、1割も稼げません。2割払っても、8割は手に入ります。計算してください」
村人が黙る。
確かに、理屈は通っている。
でも、何かが引っかかる。
村長が決断する。
「わかった。やってくれ」
グレイが頷く。
「賢明な判断です」
翌日。
グレイは村人を引き連れて、隣町の市場に向かった。
リオンの体を使って。
市場に着くと、グレイは商人たちに声をかける。
「北の村から来た! 希少な品がある!」
商人が集まってくる。
グレイが毛皮を広げる。
「これは雪狼の毛皮。北の山でしか取れない」
嘘だ。
普通の狼だ。
だが商人は信じる。
「本物か?」
グレイが自信たっぷりに言う。
「間違いない。触ってみてください」
商人が触る。
「確かに……質がいい……」
グレイが畳みかける。
「貴族に売れば、倍の値で売れますよ」
商人が食いつく。
「いくらだ?」
グレイが法外な値段を言う。
商人が値切る。
グレイが渋々下げる。
だが、元の値段の3倍で売れた。
次は陶器。
「これは古代の技法で作られた逸品です」
嘘だ。
村の職人が普通に作ったものだ。
だが、グレイの口調が説得力を持つ。
「限定5個しかありません」
商人が争って買う。
元の値段の5倍で売れた。
織物も、穀物も、全て高値で売れた。
グレイの交渉術は完璧だった。
夕方。
市場から村に戻る。
グレイが村人に金貨の袋を渡す。
「売上です」
村人が驚く。
「こんなに!」
グレイが微笑む。
「私の手数料2割を引いて、これです」
村長が金貨を数える。
「すごい……これで復興できる……」
村人が歓声を上げる。
だがリオンの内側で、自我が叫ぶ。
『嘘をついた! 誇張した! これでいいのか!』
グレイが答える。
『結果が全てだ。村は助かった。それで十分だろ』
『でも……』
『感情を持ち込むな。ビジネスは結果だ』
リオンは反論できない。
確かに、村は助かった。
でも、方法が正しかったのか。
グレイが続ける。
「それと、手数料の2割ですが」
金貨を取り出す。
「これは私がいただきます」
村人が驚く。
「えっ? でも、リオンが……」
グレイが冷たく言う。
「契約です。約束しましたよね?」
村長が困惑する。
「そうだが……リオン、お前がもらうのか?」
リオンの内側で、自我が必死で抵抗する。
『やめろ! 村の金を奪うな!』
だがグレイは聞かない。
金貨を懐にしまう。
「ビジネスです。感情は不要」
リオンの自我が限界に達する。
『もう十分だ! 戻れ!』
封印を試みる。
「我が名においてリオンに戻れ!」
だがグレイが抵抗する。
「待て! まだ商談が残ってる! もっと稼げる!」
リオンの体が震える。
綱引き。
グレイと自我の。
「戻れ!」
リオンは全力で叫ぶ。
グレイが渋々引いていく。
「ちっ……せっかくいいところだったのに……次はもっと稼がせろ……」
視界が元に戻る。
リオンの体が元に戻る。
その場に膝をつく。
「はあ……はあ……」
疲労が襲う。
まだ完全に回復していない体。
消耗が激しい。
村人が駆け寄る。
「リオン、大丈夫か?」
リオンは頷いた。
「大丈夫……」
懐を探る。
金貨がある。
グレイが奪った手数料。
リオンはそれを村長に差し出した。
「これ……返す……」
村長が目を丸くする。
「いいのか? お前が稼いだのに」
リオンは首を横に振る。
「俺じゃない……グレイが……」
村長が金貨を受け取る。
「ありがとう、リオン」
村人が感謝の言葉を口々に言う。
だがリオンの心は重い。
嘘をついた。
誇張した。
それで金を稼いだ。
方法は正しかったのか。
リオンは家に戻った。
部屋に入る。
ベッドに倒れ込む。
「またか……」
グレイを制御しきれなかった。
暴走した。
嘘をついて金を稼いだ。
リオンは天井を見つめた。
「俺は……何をしてるんだ……」
母を襲おうとした。
父を隊長と呼んだ。
そして今、嘘で金を稼いだ。
リオンは拳を握った。
「もっと……制御しないと……」
でも、どうやって。
グレイは強い意志を持っている。
簡単には引き下がらない。
リオンはノートを開いた。
『問題点:人格が自我を持っている。抵抗する』
『改善策:?』
答えが見つからない。
リオンはペンを置いた。
窓から外を見る。
村人が歩いている。
笑顔だ。
復興が始まっている。
リオンの稼いだ金で。
でも、その金は嘘で得たものだ。
リオンは目を閉じた。
「すまない……」
誰にともなく謝る。
精神世界を覗く。
商人グレイが立っている。
「いい仕事だっただろ?」
リオンが睨む。
「嘘をついた」
グレイが肩をすくめる。
「誇張だ。ビジネスだ。村は助かった。それで十分だろ」
リオンが叫ぶ。
「お前は俺の一部だ! 俺の意志に従え!」
グレイが笑う。
「俺にも意志がある。お前だけのものじゃない」
リオンは言葉を失った。
そうだ。
グレイにも、意志がある。
6666人全員に、意志がある。
それを無視して、制御しようとしている。
「じゃあ……どうすればいい……」
グレイが真面目な顔になる。
「話し合いだ。お前と俺たちで」
リオンは頷いた。
「わかった……」
精神世界から離れる。
現実に戻る。
リオンは決意した。
次は、人格たちと話し合う。
命令するんじゃない。
協力を求める。
そうすれば、暴走は減るかもしれない。
リオンはノートに書いた。
『次の課題:人格との対話』
ペンを置く。
深呼吸。
「明日から……やってみる」
窓の外、夕日が沈んでいく。
長い一日が終わる。
リオンは疲れた体を休めるため、横になった。
目を閉じる。
眠りに落ちる前、つぶやいた。
「すまない……グレイ……そして、買った人たち……」
深い眠りに落ちた。




