溺愛だってしてみたい
僕が知る限り世界で一番有能な英雄は、僕の部屋に駆け込んでくるなり、頭の悪いことを言った。
「貴様、溺愛の方法を知っているか?!」
「バカですか、閣下は」
王都の元官僚区にある、安くはないが高級でもない独身者用の家具付き下宿。そんなしょぼい場所には不似合いな、この迫力のある精悍な男は、僕の忌憚のない適正な評価の前半を、いつも通りさらりと受け流した。
「俺はもう“閣下”ではない。今は一市民だ」
「知りませんよ。何が一市民ですか、この独裁者」
この男は、もともと王家の姫君の許嫁で艦隊司令官だった。しかし、隣国からの侵略戦争と民衆の蜂起で王家が滅ぶ間際に、こいつはクーデター気味に自分の配下を好き勝手に使い、あろうことか反乱軍のトップになって、“第一市民”などという役職に収まった。
「独裁などしていない。ただときどき全体の総意で議論していては間に合わんときに、効率の良い合理的な提案をしているだけだ」
「やかましい。この専制君主」
「心外だな。王冠をいただこうなどと思ったことはないぞ」
そう。それはその通り。
この男は私欲も権力欲も薄くて、とてもまじめで禁欲的な軍人だった。
王族の姫君との結婚にしても、ただひたすら敬愛しているようにしか見えず、「溺愛」なんて鼻で笑うような男だったのだ。……それがどうして!
「閣下が姫様を救いたい一心で敵艦隊どころか、敵の都も自国の都も落として丸呑みしちゃったリヴァイアサンだってことはよく知っていますけどね」
「噂というのは尾ひれが誇張されるものだからな」
「あなたの場合、噂になっていない水面下の方がバカでかくてシャレにならないからリヴァイアサンって呼ばれているのはご存じですか?」
「そうなのか?」
「なかなかうまいことを言う」と、納得しているあたりが大物なのだが、そこはそんなに裏武勇はないと否定して欲しかった。その様子だとあるんだな?! 僕が知っている以外にもいろいろと!
そこはかとない頭痛を覚えながら、僕はあきらめて相手の用件を聞いてやることにした。
「で、なんでまた、溺愛の方法なんか知りたいんですか」
「うむ。それなのだが……つ……」
上背もあって肩幅も広い男前は、そこで目を泳がせてもじもじと口ごもった。
「なんですか。さっさと言ってください」
「俺の……妻が、どうやら溺愛というものに憧れているようなのだ」
なんだこれ。
話が長くなりそうなので、僕は彼に椅子をすすめた。
§§§
もともと僕は王宮に勤めていて、王族相手の恋愛指南役みたいな役職についていた。
彼との出会いもその仕事の関係だった。姫様と彼はどちらも真面目で奥手過ぎて、にっちもさっちも仲が進展しておらず、強引な政略結婚だの、本人たちは不仲だのといった離間計略の流言が飛びかねない状態だったのだ。
そこで僕が彼に恋愛の基礎を教えに行く羽目になったのだが……。
「姫様が溺愛なんて望むはずはないから不敬だ、高貴な身のお方をゲスな勘繰りで愚弄すると許さぬって、おっしゃっていませんでしたっけ?」
「いやその……妻…も、王族という身分から解放されて市井の身になってから、少しばかり個人的な要望も以前より口に出すようになってだな」
「そのいちいち”妻”って言うたびに恥ずかしがるのやめてもらえませんか」
「ぐっ」
「まぁ、お幸せそうで何よりです。そういうことでしたら、姫様……あー、いや、あなたの奥様のために溺愛方法の基本パターンをお教えして差し上げるのもやぶさかではないですけどね」
「そうか。頼む! 報酬は十分に用意する」
素直に身を乗り出す彼は、この国の実質的最高権力者なので、望めばかなりの額が貰えるだろうが、僕は「いりませんよ」と断った。なんでこんな間抜けなこと、金をもらって教えなければならないのだ。
§§§
「まぁ、あれですね。きっと姫様はあなたの愛情自体は疑っていないんでしょうが、もっとそれを言葉や態度で表して欲しいと、そういうことなんでしょうね」
「今でも十分、言葉でも態度でも表していると思うぞ」
「いいわけ不要! 先に進みます」
「ぬぅう」
こんな男の“十分”なんて取り合っていられない。
「基礎の基礎から行きましょう。まずは手をつなぐ」
「エスコートだな。得意だぞ」
「はい。違います」
笑顔でダメ出ししてやると、閣下はむっとした顔をした。こういうところが“閣下”なんだよな。そんな顔しても、通常状態が怒り顔の人だから怖くないぞ。
「なんでもないときに用もないのに手をつなぐんです」
「なんで?」
「溺愛なんてものを習いに来ているくせに、それを聞きますか?」
「悪かった」
閣下は意外にあっさり承知した。
「それから?」
「向き合って、額をくっつけるとか」
「頭突きはまずいだろう?」
「バカですね? ちょっとは常識で考えなさい」
「溺愛なんてものを習いに来ているときに、常識なんて考えていられるか」
「ごめんなさい。でも、それぐらいわかれ」
僕はしばらく閣下相手に、恋人同士のスキンシップ方法について解説した。
やっていて自分でもだんだん訳がわからなくなってきたが、議題の割にはまともなことを言えたと思う。にもかかわらず、このバカ閣下は「よくわからん」とほざいた。
「言葉で言われても、力加減の見当がつかない。ちょっとやってみるから、みてくれ」
「は?」
「まず手を取るんだったな」
閣下は椅子に座ったまま、いきなり目の前に立っていた僕の手を取ると、ぐいっと引いた。
「で、膝の上に座らせて」
「わ?!」
バランスを崩した僕は閣下の筋肉ガチガチの腿の上に座らされた。
なぜか跨ぐ格好で向かい合わせにだ!
「額もくっつけるんだっけ?」
「な!!」
気が付けば、閣下の無駄に迫力のある黒い目が絶望的な至近距離で僕を見ていた。のけぞって逃げようとしたが、僕の後頭部は閣下の大きな手でがっちりつかまれていて身動きが取れない。
何かしゃべると息が閣下にあたってしまいそうで、僕はただ喉の奥で変な悲鳴を上げた。
「どうした。こんな感じであっているか?」
「全然あってませんよ! なんで向かい合わせなんですか?!」
「その方が顔が見えるし、キスがしやすい」
「~っ!」
「ああ、そういえば耳の後ろや耳たぶもねらい目だといっていたな」
「にぎゃぁぁ~!!!!」
閣下は僕が教えたあれこれを一通り一気に我流でこなし、僕をズタボロにした。
「違ったか」
「……大間違いですよ」
何が怖いって、全部定石から外れていてだめなのに、この男がやると破壊力が半端ないということだ。くそう、ロマンチックをパワーで押しきるとは。このレベルになると男としての格だけで無双できるのか。
「難しいものだな。もう少し練習するか。ワンステップずつ指導頼む」
「お断りします!」
§§§
後日、姫様から僕に感謝のお手紙が届いた。
“今度そちらに伺いたい”と書かれていたので、僕は即座に鞄一つに最低限の荷物を詰めて旅に出た。
やってられるか!
こちとら、実践経験はてんでない理論恋愛指導家なんだよ。こんな不毛な状況に付き合っていられるもんか。僕だって命があるうちに、ちゃんと誰かと両想いになって、まともな溺愛だってしてみたい。
そうだろ?
というわけで、見事にくだらない話で申し訳ありません。幸せそうだからいいですよね。
「溺愛なんてくだらない」(https://ncode.syosetu.com/n0313iy/)のオマケ後日談SSです。
上記に出てくる(元)王室不文律管理指導員(通称:暗黙官)くんが主役です。
本編「溺愛なんてくだらない」はもう少しまともな話です。(まだの方はよろしければそちらもぜひ!)
じつはこちらは、先日、第26回書き出し祭りという匿名企画に参加した折に、25作の中から作者を当ててね!とお願いしたところ見事に当ててくださった方へのお礼SSとして書きました。(書き出し祭りについては活動報告参照)
短編の番外編をどうやって出すか悩んだ挙句に、短編で投稿するという暴挙に出てしまいました。
なお、この書き出し祭り参加作「戦場から夫の鎧が帰ってきました」は連載として掲載中です。
https://ncode.syosetu.com/n1830lf/
お付き合いいただきありがとうございました。
話を見ただけで雲丹屋と当てる方も、本作で雲丹屋を知った方も、どちら様も皆お楽しみいただけたら幸いです。作者も読者の皆さんのおかげで楽しく創作させていただいております。
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今後ともよろしくお願いします。




