八月の終わりと白いページ②
――昼休み。
陽斗が持ってきたタコ焼きを、図書館の飲食スペースで広げる。
甘いソースの匂いが、さっきまでの勉強の空気を一気に溶かした。
朝作ったものらしく、すっかり冷めてしまってはいたが、それでも十分に美味しい。
「これ、普通にお店レベルの味じゃん」
「うん、すごく美味しい」
「だろ?」と、陽斗は満足そうに胸を張り、長い楊枝をくるくると回している。
「なんせ店長直々に仕込まれたからな。文化祭、期待してていいぜ?」
調子に乗る陽斗ではあったが、確かに期待してしまう美味しさだった。
模擬店とはいえ、下手な店より当たりかもしれない。
月島も美味しそうに黙々とタコ焼きを頬張っていた。
――その横で。
「……同志直人」
笑った表情を崩さないまま、陽斗がこっそりと話し掛けてくる。
「何故、宿題の確保ができていないのだ」
「それが、なかなか難しくて……」
と、返すが、やはり気が引けてしまうのだ。
やっちゃいけないという意識が消えない。
「俺があれだけ犠牲になったというのに……よし、午後は逆だ」
被せるように言われる。
「今度はお前が教えてもらうのだ。その隙に俺がカバンから抜き出す。以上」
どうやらこのミッションはまだ終わりそうにないようだ。
――午後。
席を少し詰めて、月島の横に座った。
「……なんで隣?」
月島が一瞬だけ、怪訝な顔をする。
「いや、その……隣の方が聞きやすいかなって」
我ながら雑な言い訳ではあったが、的外れでもないだろう。
「ふーん、まぁ、いいけど」
そう言って月島は少しだけこちらに向き直した。
午前中とは違って、頭がちゃんと回っているのが自分でもわかる。
一度社会に出た経験からか、要領だけは無駄に付いたらしい。
説明を聞いて手を動かすと、意外とスラスラと解けた。
「あんた……やればできるじゃない」
月島が少し驚いたように言う。
「なんで今までやらなかったのよ」
曖昧に笑ってごまかしていると
「ほんと、陽斗と一緒にいるとあんたまでバカになるわよ」
そう言って、月島は小さく笑った。
さっきより、どこか楽しそうに見える。
ふと視線を上げると、陽斗が勝ち誇ったように目で合図してくる。
どうやら宿題の抜き取りに成功したらしい。
その瞬間、胸の奥が少しだけチクリとした。
――ダメだ。
俺は反射的に、陽斗の手首を掴んでいた。
「え?」
「……やっぱ良くない」
「ちょ、なんだよ直人」
焦る陽斗を気にせず続ける。
「こういうの、なんか人をダメにする気がする」
不正をするのはやっぱり違う。
先輩が言っていた「手を抜く」はこういう意味じゃなかったはずだ。
宿題は結果よりも、その過程が大事なんだと今更気付いた。
「え、それ……あ、あたしの数学の宿題!?」
月島の声が裏返る。
陽斗は俺の手を振りほどこうと身をよじり
「すまねえ!補修がかかってるんや!」
と逃げにかかるが、必死さとは裏腹に腕はしっかり捕まったままだった。
ひとしきり抵抗したあと、恨めしそうに陽斗がこっちを向く。
「裏切ったのか、同志直人」
「やっぱやめよう陽斗。一回こういうことするとさ、また同じことやっちゃう気がするんだよ」
「それはさ、俺たちをダメにするんじゃないかって」
どういえば良いかわからず、頭の中で整理しながら話す。
陽斗は視線を逸らし、手にした月島のノートを見る。
「……そうか、そうだよな」
観念したように、大きくため息をついた。
「ごめん!月島!」
陽斗は月島に謝りノートを返そうとしたが、その時、手元が狂って床に落ちた。
落ちた衝撃で、ばさりとページが開く
白紙。
そこにあったのは回答が白紙の数学の宿題だった。
俺と陽斗は一度顔を見合わせてから、ゆっくりと月島に顔を向ける。
月島は目を逸らしたまま、しばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。
「一番めんどくさい数学、まだ手付けられてなくて……」
視線をあちこちに泳がせながら、両手の指をもじもじと動かす。
「美羽にね、教えてもらおうと思ってたんだけどぉ、予定あわなくて……」
耳まで赤くなってきた。
その瞬間、俺は吹き出してしまった。
陽斗も耐え切れずに笑う。
「なんだよ、それ」
「全員アウトじゃん」
「うっさい!私が終わってないの数学だけだからね!」
しばらく笑ってから、俺は言った。
「三人でやれば、なんとかなるだろ」
朝の月島と同じように。
月島は一瞬だけムッとした表情をしてから、小さくうなずいた。
午後の図書館は午前中より少しだけ静かで、さっきよりずっと居心地が良かった。
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