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喫茶店①

「あっつぅ……」


思わず声が漏れた。

俺は炎天下の河原で、意味もなく座り込んでいた。


――夏休み。


俺は超大型連休にテンションがあがり、夏休みに入ってから惰眠に惰眠を貪っていた。

テンション上がって惰眠を貪るというのは、少しおかしな話かもしれないが

大人になると休日を有意義に使わなきゃとか、何もしない時間への罪悪感というか

何かしないといけないという強迫観念に襲われ、かえって眠れなくなるものなのだ。

ただ、これだけ長い休みになると、そんな事は気にしなくてもよくなるので

俺は数日間、布団の中で溶けに溶け続けていた。


で、その生活の末、親に家を追い出された。


仕方ないだろ。

連休なんて就職してからの数十年間、最長五日程しかなかったのだから。


陽斗のところへ転がり込もうとも思ったが、連日バイトだそうだ。

文化祭の模擬店は話し合いの末、たこ焼きに決まった。

陽斗は次の日にはたこ焼き屋でバイトを始め、修行と称して夏休み鬼連勤をしている。


俺はというとバイトも決めきれないまま何もせず。

その結果が、この炎天下の河原で座り込み。というわけだ。


……しかし、さすがに暑い。


ミミズは自ら陽の下に出て、干からびて死ぬという。

炎天下の河原で座り込んでいると、ミミズの気持ちが少しだけわかる気がした。

逃げ場がないわけじゃない。

日陰だって探せばどこかにあるはずだ。

が、照り返す日差しで視界が白く滲んで、思考がとろとろに溶けていく。


このままここにいたら干からびるな。

そう思い、顔を上げた先に古びた看板が見えた。

色あせた文字で書かれた「喫茶」の二文字。


ミミズだって、干からびる前に気付けば土の中に戻るのかもしれない。

俺は立ち上がり、ふらふらとその店の方へ歩き出した。




店の中はもう天国であった。

エアコンによって保たれた快適な温度。

大きなガラス窓は夏のきらめく光だけを取り込み、熱気は全て外に置き去りにしている。


――人類、地球に勝ったのでは?


そう思うくらいだ。

少なくともこの空間に限って言えば、人が歩んできた文明の軌跡は

全てこの快適さのためにあったと断言していい。


そして、アイスコーヒー。

これがまた素晴らしい。


グラスの表面には、細やかな水滴が浮かんでいる。

水滴はゆっくりと重なり合い、やがて一筋の線となって、つぅ……と滑り落ちた。

見ているだけで、体感温度が1度は下がる。


冷たい。

ただ冷たいだけじゃない。

夏そのものを否定してくる冷たさだ。

いや、違うか。

夏だからこそ、より冷たく輝いているのだ、こいつは。


一口飲んだ瞬間、喉を通る感覚がやけに優しい。

苦みが前に出過ぎず、雑味も無く――


――あれ?

なんか、旨過ぎないか?これ。


コーヒーは長年飲んでいたけど、何かが違う。

理由はわからないけど素人目にも確実に違う。

もう一度、確かめるように一口。

やっぱり旨い。


「今日はね、少し軽めにしているんですよ」


ふいに、声が掛かった。

カウンターの向こうでこの店のマスターがこちらを見ている。


「夏はどうしても苦みが立ちすぎるでしょう。だから、ちょっとだけ」


ちょっとだけ。

その言い方が妙に優しい。

俺は「へぇ」と変に気取って返しながらもう一口。

なるほど、肩の力が自然と抜けるようだ。

「ごゆっくり」

マスターは短く告げて軽く微笑んだ。




次の日も。

その次の日も。

俺は変わらず家を追い出されていた。

「外で遊んできなさい」なんて小学生じゃあるまいし。

夏休み明けの日焼けコンクールで上位を狙えとでも言うのか。


そんなわけで

俺は連日河原を経由しここにいる。

落ち着くのだ。ここは。


理由はなんとなくわかっている。

ここ数ヶ月、俺はがんばったんだと思う。

人と関わることをがんばった。

うん、えらいぞ俺。

でも、少し疲れたのだろう。


やっぱり、まだ一人が好きなのだと思う。

好き、ではないか。 楽なのだろう。

ただ気付けば孤独になっていたのも事実だ。

だから、この考え方はたぶん……間違っているのだろう。


カウンターの向こうではマスターが誰かと話していた。

常連らしい年配の男性と、20代くらいの若い女性。


声は大きくないし、笑い声も必要以上に弾んでいない。

それなのに、二人ともどこか楽しそうで、肩の力が抜けているように見えた。

会話が終わると、マスターは自然に距離を戻す。


近すぎない。

でも、遠くもない。

俺もあんな風に人と話せるのであれば、もっと楽なんだろうか。


いっそ聞いてみようかと考える。

いったいどうすれば、そのような話し方ができるのか。

「デュフフ、あの、えっと、人と話すときに疲れない方法ってありますか?」

「えっ……?」

「……ア、イエ。ナンデモナイデス……」

ダメだ。 そんな未来しか見えない。


アイスコーヒーに視線を戻す。

グラスの中の氷は、いつの間にか小さくなっていて

底に溜まった水と一緒にカランと軽い音を立てる。

……帰るか。

と席を立とうとした時

気付けばテーブルの上に、もう一つグラスが置かれていた。

中にはさっきと同じ色のアイスコーヒー。


「あの……頼んでないんですけど」

俺がそう言うと、マスターは少し困ったように笑った。

「間違えて入れちゃってね。

  飲んでくれると嬉しいんだけど」


そんなことあるのか。

……いや、ないだろ。

そう思っているとマスターが続けた。


「それに、何か聞きたいことがあるんじゃないかなって」

独り言とも取れるほど、自然な口調で。


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