演劇部の手伝い④
その日、演劇部の活動は無い。――はずだったが
部長から部室に来て欲しい、と呼ばれていた。
部室に着くと、もう既に部長は待っていた。
けれど、どこか様子がおかしい。
落ち着きなく視線を泳がせ、背中に両腕を回したままモジモジしている。
「どうかしました?」
声を掛けると、部長は一瞬だけ口を開き、またすぐに閉じる。
「……その」
一瞬、言いよどむ。
「誰にも……言わないで」
「なにをです?」 と、思わず聞き返したその直後。
足元で乾いた音がした。
見下ろすと、そこには紙の山。
申請書や領収書、何かわからないメモや、落書きっぽいのもあった。
「これは……」
「ちょっと……わからなくなって」
「書類ですね」
言った瞬間、部長の肩が落ちる。
「……溜めた」
「全部……あと回しにしてた」
段々と声が小さくなっていく。
俺は、こらえ切れず笑ってしまった。
「大丈夫、量は多いですけど問題ないです」
「ほんと?」 と、目が輝く。
「はい、順番にやれば全然」
そう言うと、部長はホッとしたような笑顔を浮かべた。
「一緒にやりましょうか」
部長は一瞬だけこちらを見る。
それから、ほんの少しだけ間を置いて――
「うん」
短く、そう答えた。
「これは提出済」
「これは未処理」
「これは……なんですか?」
聞くと、きまずそうに目を逸らす。
「よく……わからない」
「ですよね」
思わず笑いが出る。
しばらくすると、部長がポツリと言う。
「……君、なんで、慣れてるの?」
「あー……前にちょっと」
「ふぅん」
その一言に、興味と納得が半分ずつ混じっているような気がした。
作業が一区切りついたころ。
部長は整然と並んだ書類にしばらく視線を落とし、こちらに顔を向けた。
それはどこか安心しきったような、柔らかな笑顔。
「……助かった。ありがとう」
「大丈夫ですよ、これも――
――仕事だから。
その言葉を口にしようとした瞬間、昔の記憶がフラッシュバックした。
あれは何の案件だったか。
後輩が大きいミスをして取引先をひどく怒らせてしまった事があった。
間に入りフォローし、なんとか丸く収める事ができた。
上司への報告を終えたあと、後輩は頭を下げて言った。
「先輩、本当にすいませんでした
迷惑かけちゃって……申し訳ないです。今度、何かお礼を――」
「いいよ、大丈夫。これも仕事だからさ。気、遣わなくていい」
――あの時。
後輩の顔が曇ったのは、きっと気のせいじゃなかった。
今、目の前にある部長の笑顔をみて、ストンっ、と腑に落ちた。
後輩は、そう言われた瞬間に線を引かれたように感じたのだろう。
「仕事だから」
その一言で。
あなたのためではない。
ただ仕事としてやっただけなのだと。
……そう受け取ったのだ。
負担にならないように
気を遣ったつもりで選んだ言葉は
俺にとって都合の良い、距離の取り方だったのかもしれない。
言葉一つで気持ちは簡単に変わってしまう。
だからこそ、この頼み事を俺がどう思ったのか。
それを正直に言えばいいだけなのだろう――
「頼ってくれて……嬉しかったです」
そう言って、俺は笑った。
気付けば、窓の外はすっかりオレンジ色に染まっていた。
部室に差し込む夕焼けが、床に長い影を落としている。
「……また、手伝ってくれる?」
どこか様子を窺うような声。
「手伝わないと、また一人で溜め込むんじゃないんですか?」
冗談めかして言うと、部長はほんの少しだけ眉をひそめる。
「……しないし」
短く、むっとした声。
でもすぐに、ふっと目を細めた。
「でも、溜めたら」
「よろしくね、直人」
一瞬、胸が跳ねる。
名前を呼ばれた。それだけの事なのに。
その反応を見透かしたように、部長は小さく付け足した。
「私の方が、おねえさん。だからいいの」
淡々とした口調のまま、ほんの少しだけからかうように。
俺は一度、息を整えた。
「……そうですね」
それから、少しだけ勇気を出して言った。
「いつでも頼ってください。琴音先輩」
俺たちははじめて、ちゃんと名前で呼び合った。




