演劇部の手伝い②
――放課後。
部活棟は普段、ほとんど足を踏み入れない場所だった。
廊下には、ところ狭しと荷物が置かれており、通常の校舎とはまた違った雰囲気がある。
奥の方に進むと、通常の教室より少し広めの部室がある。
「ここか」
――今日の放課後、顔を出してこい。
そう担任に言われたのは、演劇部だった。
演劇部は芝居用の道具を作り慣れていることもあって、大道具まわりの担当がやや多いらしい。
ただ、部自体の文化祭本番に向けた準備も同時に行わなければならないので
手が足りなくなるのも無理はなかった。
「もともとな、男子部員も少なくてな、力仕事頼むぞ」
担任はそういうと「よろしく」と職員室に戻っていった。
部室をノックする。
が、返事は無い。
「まだ誰もきていないのか」と覗くようにゆっくりと扉を開けると
部室の中央、長机の向こうに小柄な女の子がひとり座っていた。
一年生……だろうか、女の子はノートを開き、ペンを走らせている。
何かを書き足しては考え、また書く。その繰り返しだ。
「あの……」
声を掛けても返事がない。
もう一度、少しだけ大きめに声を出す。
「あの、すいません」
それでも気付かない。
どうやら相当集中しているようだ。
近くまで歩み寄ると、ようやくペンが止まり、ゆっくりと顔が上がった。
「……?」
「えっと、文化祭の手伝いにきた更階 直人ってものなんですが……」
「部長です」
淡々とした声。
「……三年です」
何か言いたいことを感じ取ったのか、言葉が付け加えられた。
机の上には、書き込みだらけのノートが広がったまま。
さっきまで、どれだけ深く没頭していたのかがなんとなく伝わってきた。
「ありがと~、ホント助かる!」
あとからやってきた部員たちは、口々にそう言って迎えてくれた。
演劇部に任された作業は、大道具作りが主なもので
作業自体は部活で作るものと、そこまでかわりはないようだ、
とはいえ、内容はほとんど力仕事。
担任の言っていた通り、男の部員は少なく、女の子ばかりの部活でこれを回すのは
正直キツイだろうな、と納得する。
今日の作業がひと段落した頃。
ふと視線を上げると、部長が険しい顔で机に向かっていた。
先ほどと同じように何か書き物をしているのかと思ったが、どうにも様子が違う。
「あれ……何してるんです?」
近くにいた部員に小声で聞くと
「あー、あの顔は事務作業ですね」 と、返ってくる。
「あれ苦手なんですよ、琴音部長」
「書類とか、数字とか、ほんとダメで」
「でも悩んでる姿、かわいいんですよね」
そう言って、他の部員もうんうんと頷く。
……かわいい。 なるほど。
あの人、演劇部のマスコット枠なのか。
と、同時に何であの人が部長なんだろうか……と不思議に思った。
視線を戻すと、机の上には出納帳とレシートと領収書の束が広げられている。
部費。
大道具。
小道具。
衣装代。
表に出ないところで、細かい作業は山ほどありそうだ。
部長は机の上に電卓を置いて、ゆっくりとキーを叩いていた。
たん。
たん。
ゆっくり。
一つずつ、キーを押していく。
……たん。
少し間があいて、今度は
たたたたたた!
クリアキーをやたら連打した。
間違えたらしい。
そんなことを何度か繰り返している。
見ているうちに、なんとなくむずむずとしてくる。
……まったく、これは完全に職業病だ
「……貸してください」
気付いたらそう言っていた。
部長は一瞬だけ目を丸くしたけど、何も言わず電卓を差し出す。
ととととととととととと。
みるみる数字が積み重なっていく。
「電卓って、慣れないとなかなか使いづらいんですよね」
そう言いながら、キーを叩き続けた。
「はい、これで合ってると思います」
電卓を返して顔を上げると、部長が信じられないものを見るみたいに、こちらを見ていた。
目がやけにキラキラしている。
「……君」
少しだけ、身を乗り出して言う。
「演劇部、入る気ない?」
「えっ」
「計算、早い」
そこか。




