花火大会の夜②
小波さんとは、前の高校生活でもほとんど接点がなかった。
月島と一緒にいるところを何度か見かけた記憶はあるが、言葉を交わした覚えはない。
実家がお金持ちで、お嬢様らしい――そんな噂を聞いたこともあった気がするが真相は知らない。
「ごめんな、小波さん。陽斗のやつが強引に引っ張ってきちゃって」
長年染みついた癖か、そんな言葉が口をついて出ていた。
どんなときも、まず周りを気遣え――昔、上司に何度も言われた言葉が頭をよぎる。
「ううん、全然。楽しいよ」
小波さんはにこっと笑って答えた。
この二人とは、最初から一緒に買い物をしていたわけではない。
何軒か店を見て回り、そろそろ昼飯でも――となったところで街中でばったり出会い
そのままの流れで一緒にご飯に行くこととなったのだ。
「それにね……更階くんとも話してみたかったから」
「え、俺と?」
「うん」
予想しない返答に少し驚いた。
「この前のこと……すごいと思ったの」
この前のこと、会費の件か。
まだ記憶は曖昧だが、あの日、俺が何をしたのかは少しずつ思い出せてきていた。
「あれは勢いというか……引っ込みがつかなくなったというか……」と苦笑いする。
「でもね、かっこいいと思ったよ」
一瞬ドキッとした。が、それと同時に感じる異様な気配。
「おい……お前……もしかして、俺より一足早く彼女作ろうってんじゃねえだろうなぁ?」
ホラー映画のワンシーンのように、陽斗が首をありえない角度に曲げて俺の顔を覗き込んでいた。
「ちょっと更階!私の美羽に手、出さないでよね」
続いて月島が美羽の腕を引き寄せる。
「ちょ、ちょっと沙耶」と、小波さんは困ったように笑いながら小さく抗議した。
誰かが噴き出して、その場の空気は柔らかくなっていった。
昼ごはんを食べ終えて店を出たとき、駅前の掲示板に貼られた一枚のポスターに
小波さんの視線が向いていた。
夜空いっぱいに広がる、派手な花火の写真。
「どうかした?」と、声を掛けると小波さんは驚いたように肩を跳ねさせた。
「あ、更階くん。ごめんね、びっくりしちゃった」
「花火、好きなの?」
「うん、でも私、花火大会って行ったことなくて……」
その言葉に、俺はポスターをもう一度見る。
「そっか、花火か……」
「更階くん?」
小波さんが口をひらくと同時に陽斗がなだれ込んできた。
「え、花火!いいじゃん!行こうぜ、夏だし!なぁ佐伯、お前もいくだろ?」
「ぼ、僕は人混みが苦手だから……」
「わかってねえなぁ佐伯!あれはな人混み込みで完成するイベントなんだよ!」
どんな完成形だ。と思ったが、なかなかに本質を付いているような気もした。
「よし!決定な!異議なしってことで!」
パンッと陽斗が満足そうに手を叩いた。
「すごいな、秒で決定したぞ」
無駄な会議を繰り返す役員連中に見習ってほしい。
「どうせ何言っても行くわよ」
月島が呆れたように答えると陽斗は「その通り!」と、即答した。
笑い声が混じって話題は自然と膨らんでいき、みんなそれぞれ楽しみにしている様子だった。
結局、自分のこと――
高校生に戻っている、なんて話は誰にも相談できなかった。
できなかった、というより……しなかったのかもしれない。
もし元に戻れるのだとしても――俺は、それを望んでいるのだろうか。




