まだ、夢の続きにいる②
気付けば、昼休みになっていた。
チャイムの音も、少しだらけた授業も、先生の小言も、現実と変わらない。
拍子抜けするくらい、ちゃんとした一日だ。
……本当に夢か?これ
と、思ったが頭の中には昨日までの仕事の記憶が浮かんでくる。
会議の予定、未処理の書類、数字、終わらないメール。
--あぁ、なるほど。
これが明晰夢ってやつか。
夢の中で現実を自覚しているという、あれだ。
そう結論付けたところで、ふいに声をかけられた。
「あの……更階くん」
顔を上げると佐伯が立っていた。
「えーっと……佐伯?」
「昨日のこと、あらためて……ありがとうって言いたくて」
昨日のこと?
頭の中を探ってみるが、肝心な部分がぼんやりしている。
昨日?と、聞き返そうとしたそのとき。
「いやー、あれは楽しかったよな!」
横から割って入ってきたのは陽斗だった。
机に腰かけながら、やけに楽しそうに笑っている。
「スパイみたいでさ!あれはもう映画のワンシーンだったな!」
「私を巻き込んだこと忘れてないでしょうね。今度絶対にあんたに何か奢ってもらうから。高めのやつね」
と、月島も横から口を出した。
「更階くん?どうかした?」
状況がのめずに黙り込んでいると、佐伯が心配そうに聞いてくる。
「い、いや、なんでもない、気にしないで大丈夫」と、俺は曖昧に笑った。
帰りの電車はいつもより少し空いていた。
昨日の出来事については、その後もクラスメート何人からも声を掛けられた。
自分でも何をしたのか、段々思い出してきた。
そのとき、その思考に割り込むように、やたらと大きな声が車内に響いた。
「おぉい、さっきからなぁに見てやがんだ、何か文句でもあんのかぁ?」
声の主は、酒臭い息をまき散らす中年の男だった。
ふらつく足取りで、中学生くらいの女の子に絡んでいる。
「なんとか言えよ、聞いてんのかぁ?あぁ?」
女の子は何も言えず、ぎゅっとカバンを握りしめて俯いていた。
車内の誰もが気付いている。
でも誰も動かない。
……ま、どうせ夢だ。
そう思いながら席から立ち上がり、そちらに向かう。
「何か問題でも?」
自分でも驚くくらい、落ち着いた声が出た。
酔っ払いの視線が、ゆっくりと俺に向く。
「あぁ?」
その一言で、矛先がこっちへ移ったのがわかる。
「ずいぶん酔っているみたいですね」
「人の夢の中で、迷惑かけるのやめてもらえます?」
言ってから、何を言ってるんだ俺は、と内心で突っ込んだ。
「なんだぁ?なに訳わかんねえこと言ってんだ」
「必要なら、車掌さん呼びましょうか?それとも警察?」
そんな事を言っていると後ろから「直人!」と陽斗が掛けてきた。
「……チッ……めんどくせえなぁクソが」
分が悪いとでも思ったのか、男は捨て台詞をはいてフラフラと別の車両へ消えていく。
「大丈夫か?直人」
「あぁ、ありがとうな陽斗」と、会話をしていると
「あ……あの、あり、ありがとう……ございました……」
と、男に絡まれていた女の子が震えた声で言い、小さく頭を下げた。
「ん、あぁ大丈夫、災難だったね」
それだけ言って、席に戻る。
隣りで様子を見ていた陽斗が、感心したように言った。
「お前さ、あんなことできるやつだったっけ」
--現実だったら。
面倒ごとはできるだけ避けて、見ないふりして関わらないのが一番。って結論を出してたはずだ。
「……まぁ……現実じゃ無理かな」
そう返すと、陽斗は不思議そうな顔をした。
家に帰ると、そのまま自分の部屋のベッドに倒れ込む。
「あー……、なんか疲れた」
夢の中で疲れる、なんて。
冷静に考えるとおかしな話だ。
横になりながら部屋を見渡す。
今の俺の暮らしているワンルームじゃない。
実家の、自分の部屋だ。
机の位置も、棚の傷も、全部覚えているはずなのにすっかり忘れていた。
--懐かしい。
思い出そうとしていたわけじゃない。
ただ一日を過ごしていただけなのに、忘れていたものが次々と浮かんでくる。
くだらない会話。
理由もなく笑っていた時間。
目が覚めたら、また元の生活に戻ってしまうのだろう。
「……戻りたくないな」
そう思いながら、意識はゆっくりと沈んでいった。
朝。
鏡を見ると、俺はまだ高校生だった。




