まだ、夢の続きにいる①
長年の習慣か、目覚ましが鳴るよりも少し早く目が覚めた。
枕もとのスマホの画面を確認すると、まだ十分ほど寝れそうな時間だ。
もう一度目を閉じて、今日の予定を頭の中でなぞった。
……午前中は資産科目の照合、午後からは銀行との商談--
あ、途中に打ち合わせもあったな……
資料はもう作り終えているから、空いている時間にチェックして……。
……それにしても昨日見た夢はなんだったのだろうか。
何度も繰り返し見てきたはずの夢。
声を掛けることも、手を伸ばすこともできず、結局何もできないまま終わる。
なのに今回は違った。
夢の中の俺は、迷わず動いて、手を伸ばして--
間に合った……ような気がした。
俺はとうとう、夢の中に救いを求めるようになったのだろうか。
アラームが鳴る。
仕方無しにベッドから起き上がり、軽く伸びをする。
最近は歳のせいか、起き上がった瞬間から身体のどこかしらが痛む。
腰だったり、肩だったり、理由もなく怠かったり。
しかし、今日はめずらしく調子がいい。
心なしか身体も軽く思える。
半分眠っているような目を洗面所の冷たい水で起こす。
顔を拭い鏡を見ると、視界に違和感が走った。
見慣れない顔--
いや、違う。
見慣れて、いた。
鏡の中に映っていたのは高校生の頃の俺の顔だった。
「おう、直人、おはよー」
通学の駅で陽斗に声を掛けられた。
「お、おう……久しぶりだな、陽斗」
三浦陽斗。
中学からの友達で親友と呼べるくらいの仲だった。
少しチャラそうな見た目と性格をしているが、他人の何気ない一言をいつまでも気にしてしまう、意外と繊細なやつだったな……。
「は?何言ってんだ、昨日ぶりじゃねえか」
俺の言葉に陽斗は首をかしげたが、深く気にする様子もなく、すぐに笑って話題を変える。
気付けば、いつもしていたくだらない会話がはじまっていた。
あまりに自然で、あまりに当たり前で。
だからこそ、余計に現実感がない。
多分、俺はまだ夢から覚めていないのだろう。
教室に着くと、迷うことなく自分の席に腰を下ろした。
下駄箱も、廊下の曲がり角も、教室の配置も、考えなくても勝手に覚えているような感覚。
しかし、懐かしい。
教室の掲示物や雰囲気、匂い。
本当にあの頃に戻ったように感じた。
隣りの席を見ると、見覚えのある女の子が座っていた。
月島、月島沙耶……だったかな。
席が近かったこともあって、授業中によくくだらない話をしては笑ったもんだ。
気さくで明るくて、誰とでもすぐに打ち解けるタイプの子だ。
その顔をじっと見ていると、月島が落ち着かなそうに眉をひそめる。
「……なによ」
「いや別に。そういやこんな顔してたなって思ってさ。今見ると可愛い顔してたんだな」
「…………」
一瞬、言葉の意味を処理できなかったらしい。
一拍置いてから、顔がみるみる赤くなる。
「……はぁ!?」
正直なところ、今の俺から見れば高校生なんてこんなものだ。
少し背伸びして、少し子供で。
だからこそ眩しくもあるのだが。
「子供っぽい可愛さ、ってやつだな」
「こどもっぽ……」
そう言った瞬間、月島が俺の頭をがしっと掴んだ。
「……あんた、今日はずいぶんと攻めたこと言ってくれるじゃない」
ぎりぎり、と遠慮なく力が入る。
痛いというほどではないが、確実に抗議の意思は伝わってくる。
「いだだ、悪かった、悪かったって」
少し大げさにそう言うと、ぱっと手が離れた。
「……ふん」
そう言ってそっぽを向く姿は、やっぱり昔のままだった。




